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第41話《宴を開く者たち》

  雨雲で灰色に染まった空の下、襲いかかってきた熊を撃退し森を北に歩く二人は、ある場所で足を止めた。


  そこには、あるはずのない足跡が地面にくっきりと残っている。


  二本足で立つ爪のない足跡、つまり靴の後だった。しかも複数の人間が同じ方向、今二人が向かっている熊の巣穴の方に爪先を向けていた。


  それを見ながらフォティアが口を開く。


「やっぱりこの森に人間が入って来ているね。一体何者なんだろう」


  ここで生活してから、三年で初めての人間の痕跡だった。


「これだけでは詳しくはわからんが、全員男。そしてかなり重い物を持っているようじゃ」


「何でそこまで分かるの?」


「まず靴跡の幅が広い。これは女性物としては大きく見えるのう。そして靴のめり込んだ深さから見て鎧を着て武器を持っているようじゃ」


「じゃあ、フラスト王国の兵士?」


  フォティアが、この森で一番近くにある最大の兵力を思い出す。しかしコミロフは首を横に振ってその答えを否定する。


「いんや。武装したものはもっと近くにおる。人から力づくで盗み、殺すことをためらわない奴らがのう」


「まさか、盗賊」


「その可能性が濃厚じゃな」


  コミロフは顔を上げて、ある一点を見続ける。その先には熊が冬眠しているであろう巣穴がある方向だった。


★★★★★★★


  地面に残された靴跡を追っていたフォティアとコミロフはまたもや草むらで全身を隠しながら、口を開けた洞窟に目を注ぐ。


  正しくは洞窟の前に居座る人間たちを観察していたのだ。


  二人の目の前で、巣穴前の広場に六人の男たちの姿が認められ、一人の男の周りを囲むように五人の男が座り込んでいた。


  中心にいる、動きやすさを重視したレザーアーマーで身を守るスキンヘッドの男がリーダーのようだ。


  他の五人も汚れた傷だらけの鎧を身に纏い、その辺には槍や長柄の斧などが無造作に置かれ、腰のベルトには小剣や手斧などを挟んでいる。


  六人の男たちは激しく燃える焚き火を囲んでいる。その上には今獲ったばかりなのか、動物の肉が二つ焼かれていた。


  毛皮を毟られて原型を留めていないが、場所から何とか推測できる。


  耳と体つきから見て今焼かれてるのは熊、それも二頭の子熊だった。おそらく巣穴で眠っていたところを盗賊たちに襲われ、食料にされてしまったようだ。


  口から串を入れられ、文字通り串刺しにされた子熊の肉は時々回されて全身を炙られている。


  フォティアはその光景を見ながらあることを考えていた。


(さっき自分たちに襲いかかってきたのは雌の熊。じゃあ、あそこで焼かれている子供の母親……!)


  まるで熊の親子の無念が伝わってきたのか、フォティアの視界に映る熊の肉と自分の姿が重なり、言い表せないほどの激しい怒りが炎となって燃え上がる。


「……許せない」


  その呟きに盗賊はおろか近くにいたコミロフも気づいていなかった。


  焚き火をしながら、男たちの話し声が風に乗って二人の耳に飛び込んでくる。


「いやーあの村貧しい割には、たっぷりと蓄えてましたね」


  盗賊の一人がリーダー格のスキンヘッドに話しかけた。


「ああ、そうだな」


「まあ、その所為で王国軍に追われて、この森に逃げることになっちまったがな!」


「逃げる前にたっぷりと酒も食い物も堪能したじゃないか」


「もちろん女もな!」


「違えねえ。ガッハッハッハッ!」


「「ワーハッハッハッ!」」


  一人が笑い出すと、周りもつられて大笑いする。ただ一人スキンヘッドの男が革袋の中の水を飲みながら小さく笑っていた。


「やはり盗賊か……わしらに襲いかかって着た熊は母熊だったようじゃな。フォティアお前は先に……止せ!」


  コミロフが止めようと大声を出したが間に合わない。


  フォティアは飛び出すと、こちらを見て驚いた表情で固まる盗賊の一人を狙って矢を放った。


  鏃が眉間に命中した男は、まるで引き寄せられるように焚き火の中に倒れる。


  人の肉が焼ける嫌な匂いが辺りに立ち込める中、次にフォティアは、一人落ち着いて座っているスキンヘッドに狙いをつけた。


  フォティアの二射目は真っ直ぐ飛んでスキンヘッドに突き刺さる……事はなく、頭を少し動かすだけで避けられてしまった。


「!」


  まさか避けられると思ってなかったフォティアは驚いて固まってしまう。


「お前ら。たかだかガキ一人で慌て過ぎだ」


  スキンヘッドの一言で部下達が冷静さを取り戻す。


「さっさとあのガキを殺せ……いやまて、どっかの物好きに売れば高く売れそうだ。足の一本でも壊して動けなくしろ」


  男達はリーダーの命令に従い、目の前で立ち尽くす少年を捕らえようと動き出す。


  そのうちの一人が取り出したのは弩だ。フォティアの片足を狙って引き金を引き、弓の矢よりも太い太矢が射出される。


(避けられない!)


「フォティア!」


  思わず目を閉じて視界を遮断してしまったフォティアの耳にコミロフの声が響く。直後、何か硬いものが斬れる音が続いた。


  フォティアは予測していた痛みがやって来ないので恐る恐る目を開けると、目の前に赤いマントをなびかせたフルプレートの姿があった。


「コミ、ロフ」


「目を閉じるなバカ者が! 目の前の敵に殺してくださいと言っているようなものじゃぞ!」


「ごめん」


  突然現れたフルプレートが、飛来する太矢を叩き落としたところを見て、盗賊達はまたもや動揺でアタフタする。


「あいつ何者だ。王国の騎士か?」


「王国軍の追っ手がもう来やがったのか」


「持っている剣で矢を落としたぞ。そんな事ができる奴がいるのかよ」


「どうします? このまま逃げた方が……」


「逃げる?」


  スキンヘッドの男が立ち上がると、盗賊達は喋るのをやめて口ごもる。


「あれがどこの騎士かは知らないが、ガキと一緒にいる王国軍なんて見たことあるか?」


「見たことないっす」


「だろう。それにあの鎧の胸のところを見ろ」


  スキンヘッドが革袋を持った手で指差したのはコミロフの鎧に走る傷だ。


「あんなキズモノを王国軍のやつが着るかよ。あの二人はこの森に住んでる親子かなんかだろ。それで父親の方がどっかで手に入れたガラクタを纏ってるだけ。つまり見掛け倒しだよ」


「なるほど。そう言われればそうだよな。あんな騎士なんているはずがねえ」


「そうだそうだ。驚かせやがって。もう容赦しねえぞ!」


  盗賊達は思い思いの得物を手に持ち、殺意に満ちた顔で二人を睨む。


  「よしお前達全員で、あの鎧を着たおかしい奴をやれ。俺はあのガキを相手にする」


「わかりました!」


  リーダーの命令を素直に受けた四人がコミロフの方に向かってくる。


  コミロフは自分に向かってくる四人の動きを見極めながら、未だに固まったままのフォティアに話しかける。


「……このままでは逃げきれん。剣を抜け!」


「う、うん!」


「大丈夫。あいつ一人ならお主でもなんとかなる。日頃の訓練を思い出すのじゃ」


  そう言ってコミロフは盗賊の四人をフォティアから引き離すように、離れていく。


  残されたのは、スキンヘッドの男とフォティアの二人だけだ。


「ガキ。さっさと終わらせたいから、その場で動かずに立っていろ」


  返事をせずにフォティアは腰の剣と背負っていた盾を持って構える。


  それを見てスキンヘッドは革袋の水を勢いよく飲見ながら無造作に近づいてくる。


(なんの真似だ?)


  何とか恐怖から立ち直ったフォティアは相手の出方が分からず、胸の前で盾を構えて待ち構えていた。


  その時、いきなり視界いっぱいに革袋が迫る。咄嗟に顔面を守るために盾を掲げると、ベシャリと水気を含んだ音とともに、ツーンと果実を腐らせたような甘ったるい匂いが漂う。

 

  その正体はスキンヘッドが投げた革袋に入った果実酒の匂いだ。


  盾を下ろすと、いつの間にか剣を抜いたスキンヘッドが目前に迫っていた。


(まずい!)


  フォティアは何も考えずに、素早く後退する。直後、左足に鋭い痛みが走った。


「チッ」


  舌打ちを放つスキンヘッドから距離を取ってから、一瞬だけ視界を下に向ける。


  痛みが走った左足が浅く斬られていて、そこから血が流れズボンを赤く染めていた。


「俺の一撃をよく避けたな。だが次はそうはいかないぞ!」


  スキンヘッドが右手一本で剣を構えて向かってくる。彼が持つ剣は片刃の湾曲した刀身を持つシミターだ。


  自分の間合いに収めたスキンヘッドがシミターを連続で振るう。


  フォティアは左の盾でその全てを防いでいく。防ぐたびに鋭利な刃が縦の表面を削り取っていく。


  盾が傷だらけになりながらも、フォティアはスキンヘッドの寄せては返す波のような攻撃を全て防御する。


  それに驚いたスキンヘッドが目を見開く。まさか目の前の十代のガキがこんなに対抗するなんて思ってもいなかったからだ。


  そんなことを思いながら愛用のシミターを振るい続けるが、それも全て盾が阻む。


スキンヘッドが中段の横薙ぎから、突然下段の攻撃に切り替え左足を狙う。


フォティアはそれを読んでいた。左足を素早く下げて空振りさせてから、隙だらけの相手にシールドバッシュをお見舞いする。


スキンヘッドの胸に盾が直撃し、肋骨が何本か折れる。


フォティアは追撃しようとしたが、シミターを振るわれて距離を詰めることができなかった。


「ゴホッ。このガキッ! もう容赦しないぞ!」


スキンヘッドが目の前の少年を捕まえることから、殺す事に変更した時だった。


「ギャアアアアアアア!」


尾を引くような長い絶叫が聞こえて、スキンヘッドは思わずそちらを見てしまった。


そこでは、フルプレートが、部下の四人を瞬殺していたのだ。


全員一太刀、中には鎧ごと胴を真っ二つにされたものまでいて、地面は真っ赤な絵の具を塗りたくったように赤い。反対に騎士の白銀の鎧は返り血一つ浴びていなかった。


その光景を見て、スキンヘッドの酔いは一瞬にして覚める。元々彼はあまり戦闘が得意ではない。どちらかと言うと、知恵を出し周りの駒をうまく動かして生きてきた。


だから弱いであろうガキの方を自分が担当してさっさと終わらせる予定だったのに。


「何なんだよ。お前ら人間か? もしかして魔物……?」


「ワシらが魔物に見えるようだったら、お前の目は役立たずじゃな」


コミロフが一歩近づく度にスキンヘッドは一歩後退する。


「フォティア。言った通りこいつはお主より弱い。さっさと終わらせるのじゃ」


「分かってる!」


フォティアは飛びあがるように踏み込んで、怖気付くスキンヘッドに斬りかかる。


それは頭を下げられて避けられ、反撃のシミターの刃が近づくが、それを盾で弾いてさらに剣を振るう。


「ぐっ」


呻いたスキンヘッドの左腕が深く斬れてだらりと垂れ下がる。


フォティアはここで決めると決意して、片手しか動かせない盗賊のリーダーを攻め立てる。


スキンヘッドは右手のシミターで守りに専念するが、フォティアはそれ以上の攻めを見せる。


素早い連続攻撃がシミターの盾をすり抜けて身体にかする度に刃に血がついていく。


「それ、邪魔!」


左の盾をフックを打つようにシミターにぶつけて、相手の防御をこじ開け、剣の切っ先でリーダーの腹を貫いた。


剣を引き抜くと、腹部から大量に血を流しながらスキンヘッドはうつ伏せに倒れる。


「ハアーハアー」


フォティアは大きく息を切らしながら、流れる血で湖を作る男の背中から目を離さない。


右手に目を向けると、持っている剣が初めて人間の血液で汚れていた。


(これが人間を殺す感触……)


今まで動物――しかも弓ばかりで、刃物を使ったことはあまり無い――しか殺したことのない十三の少年には、その感触は衝撃そのものだった。


切っ先が、皮膚を破り、肉を裂き、内臓を貫いていく感触。それはとても気持ちの悪いものだった。


頰が濡れている事に気づき、指で拭ってみると赤く染まっている。フォティアは言葉も出ずに呆然とそれを見つめていた。


「フォティア」


戦いは終わったはずなのにコミロフは剣を納めようとしない。


「まだ終わっていないぞ」


「えっ?」


虚ろな表情のフォティアが、物音に気付いた時には、ソレは覆いかぶさるように襲いかかってきた。


押し倒されたフォティアの顔に生暖かい液体が垂れてくる。スキンヘッドの男の腹から流れる血だった。


「死ネ!」


スキンヘッドが右手を思いっきり叩きつけてくる。咄嗟に左手でそれを受け止めた途端、冷たく鋭いものが貫いた。


「うあぁぁ!」


左手を見ると、鋭利な短剣の切っ先が飛び出てこちらを覗いていた。


「クソ、アノ女ノセイデ、コンナ目ニ……殺シテヤル!」


スキンヘッドは最後の力を振り絞って、フォティアの顔目掛けて短剣に力を込める。


ボタボタと、どちらのか分からない血がフォティアの顔を赤く染めていく。


「コミロフ……助けて!」


「…………」


コミロフは返事をしようともせず、ジッとフォティアに視線を送っていた。


「このままじゃ死んじゃうよぉ。助けてよコミロフ。うぁっ、ぐあぁあああっ!」


助けを求める間も、短剣は左手を抉り、どんどん顔に近づいてくる。


(死ぬ? 僕はこのまま死ぬの? やだ。そんなのやだ!)


その時、フォティアの右手が熱くなっている事に気づいた。その熱は腕の奥から、掌に移動してくるのが感じられる。


そして掌にヒビが入り、炎が噴き出す。


フォティアの頭の中で、それを使え、それを使えと、誰かが囁く。


掌から溢れ出るソレを握りしめると、炎は短剣の形となり、同時にフォティアの黒髪が一瞬にして白くなり、黒い瞳も血のように赤くなる。


その間も短剣はフォティアの左手を貫きながら、遂にその切っ先が額に触れた。


「ああああああっ!」


フォティアは渾身の力を振り絞り獣のように吠えながら、自分に覆いかぶさる男の脇腹に炎の短剣を突き刺す。


刃は体内を一瞬にして燃やし尽くし、その勢いは男の全身を舐め尽くす。


目の前で、スキンヘッドの男は灰も残らず炎に食い殺された。


フォティアが大の字になって右手を見ると、炎は形を失い、巣穴に帰るように自分の右掌に戻っていく。


フォティアの体力は、穴の空いた紙の上にこぼした水のように地面に流れ出してしまい、全く動けなくなってしまう。


そんな心身ともに疲れ果てたフォティアの視界をコミロフの黒い影が埋め尽くす。


兜をかぶっていても、その瞳はとても冷たく自分を見下ろしているなと思いながら、フォティアの意識は闇に堕ちて行った。

 

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