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第4話《道案内は流れ星》

  コウはしばらく自分に何があったか思い出そうと試みていたが、いくら頭の引き出しを開けても何も出てこない。


「一体、僕はどうしてしまったんでしょう?」


  目の前の牝馬に尋ねても答えは帰ってこないと思っていたが、予想とは違っていた。


「きっと死んだ時のショックが大き過ぎて、記憶が飛んでしまったのよ。それは誰にもある事だから大丈夫よ」


  シューティングスターの何の躊躇いもない死んだという言葉に、コウの心に重い石が落ちてきた。


「そ、そういうものなんですか」


  シューティングスターの言葉はコウの心にストンと入り不思議と納得させる力があるようだった。


「そういうものよ。さあずっとここにいてもしょうがないわ。選択の間に向かいましょう」


  シューティングスターは首を動かし、鼻でコウの後ろを指し示した。


  コウは、首を後ろに向け、牝馬が示している方を見る。そこには太陽のように大きく輝く光の塊があった。


「あそこに向かうんですか?」


「ええ、死んだ者はみんなあそこに向かうの。もちろん私達もね。さっ、ついて来て」


  返事を待たずにシューティングスターは歩き出し、コウは後ろをついていく。


  上下左右だけでなく足元まで星空に埋め尽くされた空間を、コウと牝馬はある場所を目指して歩く。

 

  彼の耳に聞こえるのはシューティングスターの蹄の音だけだった。


  今のコウにとって唯一の頼れる存在であるシューティングスターが、フサフサの白い尻尾を揺らしながら声をかけて来た。

 

「落ち着いたかしら?」


「はい少し落ち着きました」


「なら良かったわ。あなたの顔、血の気が引いて真っ青で、とても正視できるものではなかったから」


  コウは自分の顔に触れてみる。しかし自分で触った感じでは、どうなっているのかはよく分からない。分かった事といえば、いつもより肌が冷たく感じることだけだった。


  二人の会話が終わると、すぐ辺りは沈黙に包まれていく。


  カッポカッポとシューティングスターの蹄の音さえも周りの空間が吸い取り、すぐに消えて無くなってしまう。


  沈黙に耐えられなくなって、最初に口を開いたのはコウの方だった。


「あの、シューティングスターさん……」


「さんはいらないわよ。呼び捨てでいいわ」


「じゃあ、シューティングスター」


「何かしら?」


「死ぬ、いや生前は何してたんですか?」


「私はね。レースに出ていたのよ」


  シューティングスターは彼に話をする為に少し歩調を緩めてコウの横につくと、自慢するように鼻を鳴らしてから話し始めた。


「人間を背中に乗せて、一位を競うレース。私はそのために育てられ、トップをとる為に全力を出して走る。そんな毎日だったわ」


(それって、もしかして競馬のことかな?)


  コウは頭の中にある少ない知識を絞り出す。


「私は長年一緒に組んだ人間とともに連戦連勝。観客達もひとたび私が姿を表せば、みんな興奮して熱狂していたものよ」


  シューティングスター自身も興奮して熱を持った口調で自分のことを話していた。


「人気者だったんですね」


  突然、熱く語っていた彼女の口調が一転して寂しさを帯びる。


「……確かに人気者だったわ。けどね。栄光からの転落なんて一瞬なのよ」


「何があったんですか?」


「レース中に足を怪我してしまったの。幸い乗っていた人間は無事だったんだけど、私はもう前のように走ることはできなかった。

  ある日、食事をもらった直後に全身の力が抜けてとても眠くなってね。そして目が覚めたらココにいたの」


  そこまで話し終えたシューティングスターの黒い瞳から一粒の涙が零れおちる。


「人間を恨んでいますか?」


「恨む? そんな事ないわ。むしろ悔しいという気持ちの方が大きいわ。怪我をしなければもっと走れたのにってね」


「でも足の怪我なら治療すれば、また走れたんじゃないんですか」


「それは難しいわ。私達は貴方達よりもはるかに重い。それを四本の足で支えているのよ。だから一つでも駄目になると、他の足にも負担がかかって完治は難しいのよ」


  コウは知らなかったが、競走馬の中にはレース中に大怪我をし、治療を施されて助かった馬もいれば助からなかった馬も沢山いたのだ。


「生まれ変わったらまたレースに出たいわね」


  シューティングスターはそう言いながら、再び自分が走る姿を思い浮かべているようだった。

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