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第38話《狙う獲物は大きく》

  コミロフと別れたフォティアは土をゆっくりと踏みしめて歩いている。


  腰までの高さの草が服の上から擦れて少しむず痒いが、そんな事を気にしている場合ではなかった。


  十メートルほど離れたところに、二つの長い耳を伸ばした白いモフモフとした姿を発見したからだ。


  その正体は食事中のウサギだ。耳をピンと伸ばしているのは辺りを警戒しているからだろうか。


  獲物を発見してからは、出来る限り物音を立てないように近づいていた。少しでも音を立てると、ウサギの耳がピクピクと動くので、更に音を立てないように注意する。


  短弓を持っているのにその場で射たないのは、視界が開けている場所ではなかったからだ。


  発見した時、ウサギの体は半分以上、地面から生える草で隠れていた。


  その場ですぐ射てば、当たったかもしれないが、外れる可能性の方が高い。


  コミロフに勝つ為にも、確実に当たる距離まで近づく必要があったのだ。


  近づくとウサギの大きさが分かって来た。全長は八十センチはありそうでとても大きく、丸々と太っている。


(今日の晩御飯はお前に決めた)


  食卓に大きな兎肉を想像して、フォティアは口にたまった唾を飲み込む。


  それが聞こえたのかウサギがこちらを向いた。


(まずい!)


  慌てて身を低くして草に身体を隠す。それでも真っ暗な小豆のような瞳と目があったような気がしたが、ウサギは何事もなかったかのようにまた食事に戻る。


 フォティアは見つからなくてよかった、と息を吐いて、更にもう少し距離を詰める。


  距離にして八メートル程だろうか。それ以上は姿を隠せるような草むらがない。だが逆に言えば視界は良好であった。


  短弓に矢を番えて、ウサギの首を狙いながら矢を引き絞る。


  限界まで引き絞ってから、心の中で逃げるなよと願いながら、矢を放つ。


  矢を放った直後、フォティアはしまった、と思った。


  ウサギが文字通り脱兎の如く逃げたからだ。フォティアは射つのを止めようとしたが、矢と弦は既に手を離れていた。


  放たれた矢は、ウサギがいた地面にその鏃を埋める。


  当のウサギは、自動車もかくやという早さと小ささで、フォティアの視界から消えようとしていた。


「くそっ!」


  ここで逃がしてなるものか! とフォティアは草むらから出ると、地面に片膝をついて身体を安定させて、次の矢――おそらく最後の矢――を番える。


  フォティアは慌てずに、どんどんと小さくなるウサギの尻尾を視界に捉える。


  コミロフに言われたのだ。『どんなに急いでいても、焦ってはいけない』と。


  その言いつけを守って、フォティアは視界に全神経を集中する。すると周りの音や風を感じなくなり、視界も黒く染まる。見えるのは自分の持つ弓矢と逃げるウサギだけだ。


  しかも、獲物の動きがスローモーションのように遅く見えていた。


  フォティアは逃げる先を予測し距離を測って射つ。


  弦の力を受けて放たれた矢は、その鋭い鏃でウサギの首元を貫いた。


  ウサギは足がもつれたように転がり、動かなくなる。


  視界が正常に戻り、音が戻って来たフォティアは立ち上がり、矢を当てた獲物の元に向かう。


  しゃがみこんで確認すると、ウサギは急所を貫かれて絶命していた。


「や、やったあぁぁぁ!」


  フォティアは初めて仕留めた大きい獲物を持ち上げて太陽に向かってガッツポーズを取った。


  見ると、太陽は 《弟の木》の真上に到達しようとしている。


「そろそろ時間だ」


フォティアは黙祷を捧げると、狩ったウサギを背負って、コミロフに早く自慢したくて全速力で駆け出した。

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