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第34話《天使と騎士》

  早朝、目を覚ましたフォティアは、炎の髪の女性とコミロフと呼ばれるフルプレートの前で座っていた。


  炎の髪の女性は相変わらず息子を見るような微笑みを浮かべている。


「よく眠れたようですね。体調はどうですか?」


「はい。いっぱい食べていっぱい眠ったので、とても気分がいいです。どうもありがとうございます。それで僕に一体何があったか教えてもらってもいいですか?」


  女性は真剣な表情をすると確認するように口を開く。


「はい。これから話す事は貴方にとって、とても辛いお話になります。覚悟して聞いてください」


  緊張感がフォティアの頭に重石のように乗ってきて、それを押しのけるようにしっかりと頷いた。


「はい。教えてください」


「では、ちょっと失礼しますね」


  炎の髪の女性の人差し指がフォティアの額に触れる。


  瞬間、頭の中に電流が走り、カチリと何かの鍵が外れるような音が聞こえる。


  そして少年は村で起きた惨劇。目の前で魔物に殺された母。そして父を殺してニヤニヤと笑うアディヒラスの事を思い出した。


「あっああっ、あああああっ!」


  フォティアは頭を抑えて、両の瞳から滝のように涙を流し、喉が裂けるほど激しく叫んだ。


「あああっ、父さんが! 母さんが! みんな死んだ。殺されたんだ!」


  飛び出すほどの勢いで立ち上がるフォティアを、炎の髪の女性は力強く抱きしめる。


「落ち着いて、落ち着くのです。フォティア!」


「離して、離して! あいつをアディヒラスを……」


「落ち着きなさい!」


  フォティアの目を、赤い瞳が真っ直ぐ射抜く。


「落ち着きなさい。今のあなたではあいつには勝てません」


「でも、ぼくは……ぼくはみんなの仇を打ちたいんだ!」


「ええ、分かっています。あなたがあの悪魔を倒す為に私達も協力します。だから私の話を聞いてください」


  フォティアは抱きしめられたまま、殺された両親達を思って嘆き、自分の無力を呪いながら慟哭するのだった。


★★★★★★★


  太陽が真上から日差しを大地に浴びせる頃。


  たくさんの涙を流し落ち着いたフォティアの対面には、炎の髪の女性が座りその傍にコミロフが付き従うように立っている。


「……教えてください。ぼくにあなた達が知っている全てを」


「では、まず私達の事を話しましょう。知らない人から聞くよりもそちらの方がいいでしょうから。私の名前は……ラストーア」


  ラストーアは胸に手を当てると、額が床につくほど深く頭を下げる。


「そしてこちらにいるのが、天界騎士のコミロフです」


  コミロフは小さく頷いて、また彫像のように立ち尽くす。


「ラストーアさん達は一体何者なのですか? 」


「私達は……信じられないかもしれませんが、天使なのです」


「天使? まさか……」


「信じられないのも無理はありませんね。コミロフ。見せてあげてください」


  頷いたコミロフの背中から、光とともに美しい白い翼が現れ、あたりに羽が舞い散る。


  コミロフが翼をしまうと、何事もなかったかのように舞い散った羽も消えていた。


「ごめんなさい。私は翼を出すことが出来ないのですが、信じてもらえますか?」


  フォティアは頷きながら、母から聞いた天使の事を思い出す。


(確か、天使って……神様に仕える存在だっけ?)


「その天使って天界に住んでいるはずですよね?」


「ええ……その通りです。しかしそれは過去の話。今はもう天界という世界は無いのです」


「無い? 天界が……?」


「はい。天界は冥王に侵略され消滅しました。そして私達の王である神王ヴァシオン含めて全ての神は死に絶えたのです」


 神が死んだ? そんなにわかには信じられない話を聞いて、フォティアは頭が混乱して何も言えない。


「天界を滅ぼされた私達は、命からがら逃げ延びて、冥王が支配するこの大陸に逃れてきたのです」


「この大陸を支配しているのは冥王なんですか?」


「そうです。見たことありませんか? 北の方。高い山脈に囲まれ、一年中黒雲に覆われた場所を」


「あります。あそこに冥王が……」


「高い山と厚い雲に覆われた場所に、この大陸を支配する憎むべき冥王の城があります。冥王は自分では動かず配下の六人の悪魔を手足とし、この世界を支配しているのです。そして彼等の内の一人があなたの村を滅ぼした犯人」


「そいつの名前は……」


「王の五指の一人。《傲慢のアディヒラス》」


  フォティアは歯を食いしばり、両手の拳を握り締める。


「アディヒラス。そいつがぼくの両親と村の人を滅ぼした奴!」

 

 フォティアは憎き仇の名前を自分の頭に刻み付けるように何度も何度も口の中で呟いた。


「フォティア。あなたには自分の中に力がある事はもう分かっていますね?」


  自分の右掌を見て思い出す。今はなんの変哲も無い掌だが、ここから炎が出てきて魔物を倒した事を。


「この炎の力はラトスーアさんがくれたのですか?」


「いいえ。それを授けてくれたのは炎の女神アストラです。彼女は消滅する間際に力を残し、それをあなたの魂が受け継いだのです」


「女神アストラ様の力……」


  右手を握って、フォティアは炎の女神に自分に力を授けてくれた事を深く感謝した。


「この力があれば、僕は仇が打てるんですね」


ラトスーアは頷いて肯定するが、その後にしかしと続ける。


「フォティア。あなたのその力は、まだ生まれたばかり。使いこなすには時間が必要なのです。そこで私達がお手伝いしようと思います。ここにいるコミロフがあなたを訓練してくれます」


ラトスーアに名前を呼ばれて、彼女の側に立っていたコミロフが一歩前に出て、フォティアを見下ろす。


「お願いしますね。コミロフ」


「畏まりました。ア……ラトスーア様。フォティアとやら、わしについて参れ」


そう言うとコミロフは赤いマントを纏う背中を見せて、横に開いた洞窟の奥に進んでいく。


「どうした? 早くついて来い。無駄にする時間は一秒も無いぞ!」


「あっ、はい。それじゃいってきます」


フォティアは立ち上がると、ラトスーアにぺこりとお辞儀して小走りにコミロフの後を追う。


ラトスーアは洞窟の中に消えていくフォティアの背中を、見えなくなるまで見送っていた。

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