第33話《女神?》
フォティアが本日二度目の目覚めを迎えた時、目の前には見目麗しい女性の顔が視界いっぱいに広がった。
「わああっ!」
「落ち着いて。大丈夫ですから。ほら大丈夫だから……」
勢いよく起き上がろうとしたフォティアを、女性は優しく抱きとめて頭を撫でる。
耳に入ってくる女性の母性溢れる声を聞いて、フォティアの心臓はゆっくりとした鼓動に落ち着いていった。
「もう大丈夫のようですね。いきなり気を失うから心配しましたよ」
炎の髪の女性はフォティアを寝かせると、額についた前髪をかき分ける。段々と目の前の女性が、母と面影が似ているとフォティアは思ってしまい、慌ててその考えを振り払った。
「あの、僕は何故ここに……?ここはどこで、あなたは誰なんですか?」
「そうね。それを聞く前に……お腹空きません?」
女性の言葉で、フォティアのお腹の虫が盛大に音を立てた。慌ててお腹を抑えるが、音は外に漏れるほど大きいものだった。
もちろん女性にもそれは聞こえていたらしく、目の前の少年を微笑ましい目で見つめながらこう告げる。
「ふふ。よかった食欲もあるみたいね。もう少し待ってて、今、コミロフが朝食の材料を持ってくるから」
「コミロフ?」
フォティアが知らない人の名前を聞いて首を傾げていると、上から金属と石がぶつかるような硬い音が聞こえてきた。
そちらを向くと、天井に開いた穴から階段を使ってこちらに降りてくる人がいた。
降りてくるのは純白のフルプレートだ。アーメットと呼ばれる顔をすっぽりと覆った兜のせいで、男か女かは分からない。
フルプレートは、フォティアよりも大きな鹿を両手で持ち、危なげなく階段を降りてくる。
「コミロフ。お帰りなさい。いい獲物が捕れたようですね」
炎の髪の女性にコミロフと呼ばれたフルプレートは仕留めた鹿を床に置いて首を小さく縦に降る。
身長は二メートル近くはありそうで、近くで見ると鎧を着ていても分かるほどの逞しい身体つきをしていた。
それよりもフォティアの目に留まったのは、鎧の胸から腹にかけて縦一文字に出来た裂け目だ。
死んでもおかしく無いような傷があるのに、当の本人も、会話している炎の髪の女性も全く気にしてはいないようだった。
「はい。いい鹿が獲れました……目覚めたようですね」
アーメットの兜が寝ているフォティアの方に向けられる。
フルプレートから発せられる威圧感で、フォティアは何も言えずにただ頭を下げて頷いた。
「コミロフ。自己紹介は後で、今は朝食の用意をお願いします」
「承知しました。それでは失礼します」
コミロフは腰からナイフを取り出し、川の水で刃を清めると、手際よく鹿を解体していく。
フォティアの見る前で、みるみる内に、鹿は見事な肉の塊となった。
解体し終えたコミロフは、今度は焚き火の準備を始め鹿の肉を火にかける。
鹿肉から滴る脂がいい匂いを発して、フォティアの鼻から入り、食欲を激しく刺激してくる。
木の皿に盛られたのは、こんがりと焼き目がついた骨つきの分厚い肉。それにコミロフは最後の仕上げに塩をかけて味付けをして完成。
「出来たぞ」
村でも食べたことのないほどの大きな肉の塊に、しばしフォティアは見惚れてしまう。
「おお〜。すごっ……」
「ほら、早く食べないと冷めてしまいますよ」
「は、はい。いただきます」
炎の髪の女性に言われて、フォティアは火傷しないように気を付けながら自分の顔ほどの大きさはありそうな肉を持って一口。
「んまーい!」
たった一口で口の中が幸せに溢れて、フォティアは唸ってしまう。
最初の食感は塩味の効いたパリパリの皮だ。そしてその内側には弾力のある肉で以外に臭みもなく、一口食べるともう止まらなかった。
二人に見られていることも忘れて、鹿肉の塊を貪るように食べていく。フォティアは口の周りを脂をつくのも構わずに、骨に付いていた肉を食い尽くした。
まだ少し足りないな。そう思っているフォティアの前に新たな焼きたての肉が置かれる。
「いいんですか?」
二人が頷いたのを見て、ゴクリと唾を飲んでフォティアは新たな肉を手に取るのだった。
★★★★★★★
「はー、ごちそうさまでした〜」
満足するまで食べたフォティアは水を飲んで一息つく。
たくさん食べて膨れたお腹には、まるまる鹿一頭分の肉が収まっていた。
「美味しかったですか?」
炎の髪の女性は食器を片付けながら感想を尋ねてきた。
「うん。とっても美味しかったです……ああっ!」
「どうしました。お腹が痛いのですか?」
たっぷりと食べたフォティアはあることに気づいて慌てて姿勢を正す。
「あ、あの、もしかして、ぼく二人のぶんまで食べちゃいましたか?」
それを聞いて、炎の髪の女性は優しい笑みを浮かべる。
「私達の事は気にしないで大丈夫。これは全部あなたのなんですから」
「そうですか。よかったー」
フォティアは安堵で姿勢を崩した。
「ふわぁ〜〜……あっ、ごめんなさい」
満足感と安心感で思わず欠伸が思わず出てしまい、それを見られて赤面してしまう。
「お腹いっぱいになって眠くなってしまったのね。ほら、おいでなさい」
女性は座り込んでポンポンと自分の太ももを叩く。
フォティアはまるで何かに憑かれたようにその上に自分の頭を乗せて横になる。
その時は恥ずかしいとか、そういう気持ちは全くなかった。
先ほどまで使っていた布の枕よりもはるかに柔らかく温かい膝枕に、頭を優しく受け止められて、眠気に抗えなくなる。
「あの、聞きたいことが……」
「今はお休みなさい。目が覚めたら、あなたが知りたい事を全部話しますから。ね?」
その言葉がトドメとなり、フォティアは目を閉じてすぐに寝息を立て始める。
「おやすみなさい。せめて今だけは良い夢を」




