第32話《第三章 初対面》
「う、う〜ん。うん、朝……?」
日の日差しを浴びて目を覚ましたフォティアが最初に見たのは、高い高いところにある穴だった。
そこから太陽の光がフォティアの全身を優しく温めていた。身体を起こして今いる場所を把握しようと周りを見渡す。
周りは天然の岩の壁に囲まれていているが、壁に沿って螺旋階段が彫られていて、それが天井の穴まで続いている。
その途中には、手摺のない石の橋が架けられていた。
(あそこから落ちたら助からないだろうな)
次に振り返って見ると、自分が寝かされていたのは石の上に厚い布が引いてあり、同じく布を丸めた枕で寝かされていたようだ。
「この音は……やっぱり、水が流れてる」
次に気づいたのは音だった。 フォティアが四つん這いでそこに近づくと、石の床を分断するように川が流れている。
その清らかな水を見ていると、身体が水を欲して喉が鳴る。
濁りも臭みもない清水がキラキラと光を反射しながら流れているのを見て、フォティアは川の中に両手で作った杯で掬う。
一口飲むとカラカラに枯れ果てた身体に清らかで冷たい水が染み渡っていく。一度では止まらずに二度、三度と水を掬っては口に運ぶを繰り返す。
飲んでいると、両手の杯では少量しか掬えないことに気づく。
(もっと一気に飲みたいな……そうだ!)
そう思ったフォティアは、手を使わずに川の中に顔を突っ込んで水をがぶ飲みする。
「んぐっんぐっ……ぷは〜〜」
満足するまで堪能したフォティアは川から顔を上げ顔を拭かずにその場に寝転がる。
「は〜〜お腹いっぱい……それにしても僕はなんでこんなところにいるんだろう。村に帰らないと……父さんと母さん。心配――痛っ!」
ヴァイス村や両親の事を考えた途端、まるで思い出すなどでも言うようにひどい頭痛が襲ってきて、思わず上体を起こす。
(そういえば、昨日村から逃げようとして……いつっ! また頭痛が……)
そこで自分が昨日何があったか思い出せないことに気づく。
「あら、目が覚めたの?」
「えっ」
痛みを和らげようとこめかみをさすっていた時、突然女性に話しかけられて、フォティアは首をそちらに動かした。
そこにいたのは、身長百七十センチほどの、炎の様な腰まで伸びた赤い髪と同じ瞳を持っている。
身に纏うのは汚れひとつない白い布を使ったキトン。足元は装飾の施されていないシンプルな革のサンダルを素足に履いている。
もし背中に翼が生えていたら、女神といっても差し支えないほどの、神々しく美しい女性だった。
フォティアにとって初対面のはずだったが、どこかで出会った様な引っ掛かりを感じていた。けれども白い靄がかかったように思い出せない。
キトンを纏った女性はそんなフォティアに優しく微笑みかけてきた
「あの、貴女は誰ですか?」
フォティアはその微笑みに顔を赤くしながら尋ねた。
炎の髪の女性は、フォティアの質問を無視して革のサンダルを履いた足を急ぎ足でフォティアの前でしゃがみ込み目線を合わせてくる。
そして、グイッとフォティアに触れるほどの近さまで顔を近づけてきた。
「うわっ。近い。近いよ!」
「そんな事より、顔が真っ赤よ。まだ具合が悪い?」
女性はフォティアの左右のほっぺを手で挟むと、真剣な表情で、そんな事を聞いてきた。
「はい……?」
「だから顔が真っ赤になってるわ。傷が治ってないのかしら? ちょっと見せて!」
「えっ、うわっ!」
そこでフォティアは自分が上半身裸で、首から腹にかけて白い布が巻かれていることに初めて気づく。
女性がジッと首元を見てくるので、フォティアは離れてもらおうと声を出そうとしたが、白い布が赤黒く染まっていたのを見て、言葉を失う。
「……傷は大丈夫みたいね。よかった〜」
肩の傷口の状態を見て女性は安堵したのか、ホッとしたように豊かな胸に手を当てた。
「僕は具合悪くなんてありません! 本当に大丈夫ですから」
「じゃあ、顔が赤いのは何故なの?」
「それは……その……」
まさか、目の前の女性を見て顔を赤くしました。とは言えずフォティアはごにょごにょと口ごもる。
そうしているうちに本人が気づかない間にまた顔が赤くなる。
「また顔が赤くなってる。ちょっと失礼しますね」
そう言うと女性は前髪を上げて、フォティアの額に自分の額をぴったりとくっつけた。
フォティアのおでこにひんやりと柔らかい女性の額の感触が伝わり、心臓が壊れたように早鐘を打ち……。
(もう駄目……)
限界を迎えたフォティアはそのまま仰向けに倒れて意識を手放した。




