第3話《 そこは生者には用がないところ》
コウは口を開けたまま、目の前にいる牝馬を見つめていた。
「ちょっと、聞きたいことがあるんじゃないの? それとも馬の私が人に話しかけるのはいけない事かしら?」
牝馬は不満げに鼻を鳴らす。その風を受けて、石像のように動かなかったコウは息を吹き返した。
「あっ、ごめんなさい! 本物の馬を間近で見るの初めてで、しかも言葉が通じるなんて……」
よく見ると、牝馬の口は動いておらず、コウの頭の中に声が響いていた。
「ちゃんと謝れるじゃない。でも驚くのも無理ないわね。私も、生きている時は人間の言葉は全然分からなかったもの」
牝馬の言葉にコウは引っかかるものを感じた。
「生きている時?」
栗毛色の牝馬は、黒真珠のような黒い瞳でコウの瞳を覗き込む。
「貴方……自分の身に、何が起きてここにいるのか分かってないの?」
今の事態を飲み込めないコウを見て、牝馬は首を傾げる。
「はい。僕は確か本を買いに電車を待っていたんですが……そこで、痛っ!」
コウは、その時のことを思い出そうとするが、途端に全身が引きちぎられるような激痛が走る。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫です……ここは一体どこですか? 宇宙ではないですよね?」
コウは痛みを和らげようと、全身をさすりながら牝馬に尋ねた。
「宇宙? ああ、夜になると見えるキラキラしたものが浮かぶ空の事かしら? 確かに見た目は似てるけど、ここは違うわ。ここはね……」
牝馬は一度そこで言葉を区切り、上を向いた。
「……ここは死んだ者の魂が辿り着くところなのよ」
「死んだ者の魂がたどり着くところ?」
牝馬の言葉が理解できないコウはおうむ返しをすることしかできなかった。
「そうよ。生まれた地で死んだ者の魂は、みんなここに集まるの。貴方のような人間も、私のような動物も分け隔てなくね……聞いてる?」
「僕は死んだ……」
自分が死んだ。そう言われてもコウには実感がわかない。
欲しい本を買う為に家を出て電車を待っていて、気がついたら宇宙みたいな場所で目覚め、更には言葉が通じる馬に、ここは死んだ者の魂が集まる場所だと教えられた。
コウはそんな夢物語のような話を「はいそうですか」と信じられる事はできなかった。
でもよく考えてみれば、電車が目の前に来たところで記憶は途切れて直後、全身を引き裂くような痛みが自分の身体に何が起きたかを物語っていた。
牝馬がコウの顔を覗き込む。最初は気づかなかったが、その黒い瞳は優しさに溢れていた。
見つめられて、コウの気持ちがほんの少しだけ落ち着いてくる。気の所為か痛みも和らいで来た。
「段々と落ち着いて来ました。有難うございます。えっと……」
コウはお礼を言って気づく。目の前の馬の名前を知らないのだ。
「私の名前? 私は生きていた時はシューティングスターと呼ばれていたわ」
「シューティングスターですか?」
「ええ、私の額を見て。白い模様があるでしょう? この模様が名前の由来なのよ」
シューティングスターの言う通り、額には流れ星のように尾をひく白斑がある。牝馬はそれを誇らしそうに少年に見せた。
「私が名乗ったのだから、貴方の名前を教えてくれないかしら? 人間の少年って呼び続けるのも少しめんどくさいの」
「あっ、はい。僕の名前は間宮コウです」
少年は当たり前のように目の前の馬に自己紹介をした。