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第29話《力の覚醒》

「あああああっ、ひぐっぐずっ。母さん。お姉ちゃん」


 フォティアは腰にある、父からもらったダガーの存在を思い出すと同時に父の言葉が頭の中で再生される。


『お母さんを守ってやれ』


  涙とよだれを流したまま立ち上がると、鞘からおもむろにダガーを抜いて逆手に構え、自分よりも数倍大きい化け物を睨みつける。


「返せ。お母さんとお姉ちゃんを返せぇぇぇっ!」


  フォティアは走った。全速力で走り、蛇の魔物に体当たりするようにダガーを突き刺す。


  鋭い切っ先は皮膚を破り肉に深々と刺さるが、厚い皮膚を持つフォグネークには傷を負わせても致命傷とはならない。


「ギュアアッ!」


「うわっ」


  フォグネークは痛みで体をよじりフォティアを体当たりで吹き飛ばす。その衝撃でダガーも根元から折れてしまう。


(くそ。自分はなんで弱いんだ。こんなに弱かったなんて)


 地面に背中から落ちて土に塗れたフォティアは、泣きながら誰も守れない無力な自分を呪った。


  その時、また頭の中に女性の声が聞こえてくる。


『フォティア。このままでいいのですか? あなたも食い殺されますよ。早く力を解放しなさい』


「力。力ってなんなの?」


  二体目の獲物を喰らい尽くしたフォグネークが今度は地面に倒れる小さな獲物に目をつけた。この短時間に美味い肉を二つ食べたが、目の前の肉を残す理由にはならなかった。


「その力を解放すればあいつを倒せるの?」


『倒せます。解放し使いこなせば、この世界の全ての魔物を駆逐することも可能です』


「本当に? その方法を教えてください!」


『右手に宿る内なる力を抑え込まずに外に出しなさい。始めはとても痛みの伴うことですが、無力な自分を嘆くなら、痛みに耐え解放しなさい」


 フォティアは右手を自分の目の前に持ってくる。そこで初めて、掌全体にヒビが走っていることに気づく。


『あと少しでそれは生まれます。右手に全ての力を込めるのです』


「うううぅああああっ!」


  意識して右手に全ての力を集めると卵の殻が割れるように音を立ててヒビが広がり、そこから炎が舌のように蠢く。


  そんな異常な状況にフォティアは動じることなく力を込める。


「僕にあいつを、魔物を倒す力を寄越せぇえええっ!」


  その言葉と同時に掌の殻を破って小さい種火 が誕生した。


  今にも襲いかかろうとしたフォグネークの動きが止まる。臆病な魔物はそれを見て警戒するように小さい獲物の様子を伺う。


「こ、これは炎?」


  フォティアの手から生み出された種火は火傷するほどの熱さを感じず、むしろとても心地よい暖かさだった。


『それで魔物を焼き尽くすのです』


「ど、どうやって?」


『その炎はあなたの刃。武器の形を思い浮かべるのです』


「武器、武器……」


  フォティアが考えている間に、フォグネークは目の前の獲物に危険はないと判断した。そもそも何十年と食事をしていない魔物に食欲を止める術など持ち合わせていない。


  二体の獲物を喰らいつくしたその顎を開いてフォティアに迫る。


  蛇の魔物が迫る中、フォティアの頭の中である一つの武器が思い浮かぶ。それは父からもらったダガーだった。


「ダガーに変われ!」


  それを想像した途端、右手の種火が粘土のように形を変えて鍔と柄と刃を形作る。


『さあ、その力を、自分が一体誰に襲いかかろうとしているか分かっていない魔物に教えてやりなさい』


  フォティアは迫るフォグネークの大きな口目掛けて、炎の短剣を突き入れる。


  短剣が魔物の口に入ると同時に四つに別れた顎が閉じ、フォティアの右腕を万力のように締め付ける。


「うわああああっ」


  肉が潰れ、骨がひしゃげる感触を感じながらも、フォティアは炎の短剣の刃を魔物の喉に深く突き刺した。


  それは一瞬の出来事だった。突き刺したところから炎が爆発するように広がり、フォグネークの十メートルはある体が瞬時に焼き尽くされる。


 蛇の魔物は骨すら残らず燃え尽き、地面に巨大な蛇の形をした炎が走っていた。


「はーはーっ、はー……」


右腕を炎に包まれたフォティアは短剣を持つ手をまっすぐ伸ばしたまま、立ち尽くし肩で息をする。


魔物を焼き尽くした炎は自分の身体の力も全て燃やし尽くしたのか、頭の指令を無視して動こうとしない。


「村に戻らないと……父さんに、母さんとお姉ちゃんの事を話さないと……」


『フォティア今は逃げることが先決です。力を使ったあなたの身体は限界を迎えています」


「駄目だ……村に戻って父さんのところへ行くんだ」


『フォティア――』


「うるさい!」


フォティアは頭から声を追い出す一心で自分の頭を掻き毟る。


「うるさい。さっきから何で僕の頭の中で喋るんだ! 出てけよ!」


『フォティア。掻き毟るのをやめなさい。そんな事をしても私は頭の中にいません』


「僕に指図するなら姿を見せてみろ」


『それはできません』


「何でだよ?」


『私の力は多くはありません。ここで消耗する事は出来ないのです』


フォティアはその言葉の意味を考え、自分の右手にある力と比べる。


「僕の方が力があるって事だな」


『それは違います!』


「だったら僕を止めてみろよ。話しかけるだけで何も出来ないんだろ」


『……後悔しますよ』


フォティアはそれを無視し、頭の中の声もそれ以上聞こえなくなった。


「それにしても、いったい村はどっちなんだ?」


穴が開くほど見つめても、霧は村の方向を隠しどこに進めばいいのかもわからない。


(この邪魔な霧から抜け出すにはどうすればいい……そうだ!)


フォティアは右手の炎で作られた短剣を握りしめ、身体の中の少ない力を振り絞る。


フォティアがとった行動は大胆なものだ。炎の短剣を使って斬り払おうとしていた。


普通の短剣ならそんな事は不可能だ。しかし彼の右手にあるのは強い炎の力。


フォティアは縦横無尽に探検を振るう。


その度にその場の霧が斬り裂かれ晴れて行く。しかしそれもだった一部だ。払われた霧も、傷が再生するように元に戻ってしまう。


「邪魔だ。さっさと道を開けろよ!」


何度も短剣を振るっても、霧はフォティアを嘲笑うように彼の視界を白く染めていく。


「はあっはあっ。邪魔するな……邪魔するなあぁぁぁっ!」


フォティアの叫びに応えるように短剣が力を発揮する。

両手で持ち、縦一文字に乳白色の濃霧を斬り裂くと、刃から現れた炎が食べるように広がっていき、霧を発生させていた魔物(げんいん)を業火で包み込む。


たった数秒でドーム状に村を覆っていた霧はフォティアの炎の力で消滅し、一週間ぶりの夜空がフォティアの視界に飛び込む。


頭上では星々や満月が憎たらしいほど煌煌と輝いていた。


「ここは村の入り口……」


霧が晴れた事で、自分が何処にいたのかがやっと分かった。フォティアが立っていたのは村の出入り口の前だったのだ。


つまりフォティア達は乳白色の霧の中に入ってからずっと同じ所をグルグルと回っていたのだ。


「おやおや。一体誰ですか。霧を晴らしたのは……君かな?」


フォティアが振り向くと、声の正体は村の入り口にいる黒チェニックの男からだった。

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