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第28話《リベス率いる脱出班》

 ゼルト達と別れたリベス立ち三人は村の出入り口まで来て、目の前にそびえる白い壁を前に足を止める。


  リベスは相変わらず無感情で見ているが、初めて近くで見るホルルとフォティアにはとても異様なものだった。


  目の前にあるのは空まで覆う濃密な白い霧だ。まるで上からお椀を反対にして被せたかのように村全体を包み込んでいた。


「リベスさん。私達はこの中を通っていくんですね」


  ホルルの問いにリベスは小さく頷く。


「うん。ここを通らないと村から出れない」


  リベスは、なかなか足を踏み出せない二人に振り向くと、できる限り優しい声音で説得する。


「私達も一度通ったけど何もなかった」


「お姉ちゃん。僕、やっぱり怖い」


  ホルルのそばにいるフォティアの足は誰が見ても震えていた。


「フォティア。リベスはとても強い。魔物がいたらリベスが……なんとかする。だから信じて。ね?」


  リベスはいつもなら「魔物を殺す」と言う所をフォティアのために言葉を選んで話す。


  その甲斐あってか、フォティアの震えは収まり、笑顔が戻ってくる。


「うん。僕お姉ちゃんのこと信じるよ」


「それでいい。じゃあ行こう」


「母さん。手を繋いでてもいい?」


「もちろん。はい」


  フォティアは左手でホルルが伸ばした右手を絶対離すまいとギュッと握りしめる。


  リベスは躊躇うことなく、霧の中へ入り、手を繋いだホルルとフォティアも少し躊躇いつつも霧の中へ足を踏み入れた。


  霧の中に一歩入ると、視界が濃厚な白で塗りつぶされる。


  手を繋いで隣にいる母の姿は見えるが、先頭を歩き少し離れたところにいるリベスの姿は時々白く染まって見えなくなる時があった。


「二人共。リベスの姿見えてる?」


「見えていますリベスさん。けれど霧に隠れて少し見えにくいです」


「分かった。少し速度を緩める」


  一定間隔で、お互い声を出し合い、離れたらリベスが歩調を緩めて距離を調整していた。


  周りは霧で隠れているが、鼻に感じる緑や土の匂いから、ここが村近くの森だとフォティアは思う。


  しかし、いつもは聞こえる梟や虫の鳴き声は全く聞こえず、三人の土の上を歩く足音しか聞こえない。


 十分ぐらい歩いただろうか、突然リベスが立ち止り、辺りを見回し霧に包まれた空を仰ぎ見て呟く。


「おかしい」


「どうしたんですか?」

 

  リベスは言うべきか迷ったが隠してもしょうがないので正直に話す。


「驚かないで。霧が晴れない」


「それはどういう事なんですか?」


「うん。私達が入った時は、すぐ霧が晴れて目の前に村があった。けれど、全然晴れる気配がない。これはおかしい」


「うっ!」


「フォティアどうしたの?」


「ううん。なんでもないよ母さん」


  リベスとホルルの話し声が耳に入らないほど、フォティアは周りに見つからないように自分の右掌を見つめていた。


  霧の中に入ってから突然掌が疼きだした。最初はトクン、トクンとゆっくりとしたリズムだったが、霧の中に進むにつれてトクントクンとリズムが早まり、無視できなくなって来た。


  それ以上にフォティアを困惑させる事態が右手で起きていた。


(何これ……熱い)


  掌がまるで熱した鉄の棒を握っているかのように熱い。けれど手を見ても、何も持っておらず皮膚には火傷した形跡もない。


  ホルルかリベスに言おうかと思ったが、余計な心配させるのは嫌だったので我慢していた。


(大丈夫なんでもない。きっとすぐに収まるよね)


  無事に安全なところまでに脱出できたら、みんなに打ちあけよう。そう思っていたフォティアだが、どんどん掌の熱は強くなっていくのだった。


★★★★★★★


  ホルルとリベスはフォティアが苦しんでいることに気づかずにこれからどうするかを話していた。


「リベスさん。このまま進むべきでしょうか?一度戻って……」


「それも出来ない」


「ど、どうしてですか?」


「戻る方向もわからなくなった。下手に動くのは危険」


「そ、そんな……」


「ううっ。ぐあっ」


  その時初めて二人はフォティアが苦しんでいることに気がついた。


「フォティアどうしたの? どこか痛いの?」


「だいじょうぶ、だよ。何でも――ううっ!」


  ホルルの目にはフォティアの顔から滝のように汗が流れて、痛みに耐えて歯を食いしばっていた。


「フォティア! どうしたのどこが痛いの? お母さんに教えて」


  脂汗を浮かべながら、フォティアは母に熱を発する右手を見せる。


「手が痛いの?」


  返事するのも辛いのか、フォティアは無言で頷く。


「ちょっと診せて……熱っ!」


  フォティアの右手に触れたホルルは慌てて手を引っ込める。自分の手を見ると火を触ったように火傷をしていた。


「か、母さん。大丈夫?」


「私は大丈夫。あなたこそ手は大丈夫なの? まるで炎のように熱いわ」


「それが、分からないんだ。霧の中に入ってからどんどん熱くなって、原因がわからないんだよ。僕死んじゃうのかな?」


「大丈夫よ。あなたは死なない。早くここを出て治癒師の方に診てもらいましょう。リベスさんリベスさん!」


  ホルルは少し離れて霧の出口を探していたリベスを大声で呼んだ。


「どうしたの? フォティア大丈夫?」


  近づいて来たリベスも、フォティアの異変に気付く。


「それが、触ると火傷するほど、彼の右手が燃えるように熱いんです。何か分かりますか?」


「診せて」

 

  リベスはしゃがみ込むと、火傷しないように気をつけながら、フォティアの右手を診る。


  一見すると何も異状はないように見えたが、掌に異変を見つけた。


「これは、亀裂?」


  フォティアの右掌にまるで何かが内部からこじ開けるようにヒビが入っていた。


「えっこれヒビ? リベスさん! 息子に、フォティアに一体何が起きているんですか」


「分からない」


  ホルルに詰め寄られても、リベスの口から答えは出てこない。


「今まで、色々な怪我や毒に侵された人を診た事あるけど、こんなの初めて」


  二人が見ている間も、掌のヒビはどんどん多くなっていく。ヒビが入るたびに激痛が走りフォティアの顔が苦痛に歪む。


「ううっ痛いよ。母さん、痛いよー」


「しっかりしてフォティア。リベスさん。早くここから抜け出さないと、息子が死んでしまうかもしれない。お願い何とかここから出る方法はないんですか?」


「待ってて。すぐ出口を探すから」


  リベスが立ち上がり出口を探そうとしたその時、彼女の聴覚が微かにズルズルと何かが這いずる音を捉えた。


「今の聞こえた?」


「な、何のことですか?」


「何でもない」


  ホルル達には聞こえなかったようだが、リベスは聞き間違いだとは思わなかった。むしろ霧の中に何かあると仮定して、腰の短剣を音も立てずに引き抜く。


  右手は短剣を逆手に構え、左手はいつでも投げナイフを投げられるように空けておく。


  するとまた這いずる音が聞こえた。方向は左側、さっき聞こえた時と反対側からだった。


(何かいる。私たちの周りをぐるぐると回っている?)


  音のした方を見ても、乳白色の濃い霧に遮られて何も見えない。


  今度は正面から這いずる音が聞こえて来た。しかも先ほどより少し音が大きい。相手は近づいているようだ。


(やはり、私たちの周りを回っている。パターン通りなら、次に聞こえるのは……)


  リベスは正体不明の何かの動きのパターンを読んでそちらに意識を集中させる。


「二人とも身を低くして、動かないで」


「どうしたんですか?」


「静かに! 頭を上げないで」


  リベスが語気を荒げた事で、ホルルも何か良からぬことが起きていると気づいたのだろう。それ以上何も言わずに痛みでもがき苦しむ息子をかばうように抱きしめた。


  リベスはホルル達から近づいてくる何かのたてる微かな物音に全ての意識を集中させる。


  そしてリベスが読んだ通り、自分の右側から這いずる音が聞こえて来た。素早く懐から毒をたっぷりと付着させた投げナイフを音に向かって三本投擲。


  放たれた三つ子のナイフは狙い違わず、白い霧を斬り裂きながらそこにいた何かに突き刺さる。


  投げナイフを投げたところから、甲高い不気味な叫び声が聞こえて、ホルルは身を竦ませる。


  そこで初めてホルルの目にも霧の中をズルズルと蠢く大きな何かが一瞬だけ見えた。


「一体何あれ?」


「恐らく魔物」


「ま、魔物」


「まだ、死んだか分からないから。動かないで」


(私達が来た時は何もいなかったのに、まさか誘い込まれた? そうだとしたらゼルト達も危険)


「ぐううっ。うああああ」


  フォティアの悲鳴でリベスの思考が中断される。


(……ゼルト達はきっと大丈夫。それよりも私たちの方が危険。ここに居たら死んでしまう。それに彼の事が心配)


「フォティアの様子はどう?」


「どんどん痛みが酷くなっていてるみたいで、とても辛そうです」


「分かった。でも、ここにいるのはとても危険。フォティア歩ける?」


「ううっうううっ」


  フォティアは酷い激痛で返事もできず、唯々呻く事しかできないようだ。


「ホルルさん。フォティアと一緒に歩ける?」


「はい。それぐらいなら出来ます」


「じゃあ、ここから移動する。出口は分からないけど、ここにいても死ぬだけ」


  二人でフォティアを立たせると、ホルルは息子に肩を貸す。


「フォティア。もう少し頑張ってね」


  相変わらずフォティアは呻いていたが、何とか首を縦に振って返事をした。


「いい子ね。リベスさん行きましょう」


「うん。何が起きてもおかしくないから、私の指示に従って」


  ホルルに支えられながら、フォティアは謎の痛みと戦っていた。


(ううっ。痛い痛い。一体何なのこれ?)


『フォティア……ファティア』


  突然見知らぬ女性の声が聞こえて来た。その声は母ともリベスとも違うものだった。


(だ、誰なの?)


『フォティア。その痛みはあなたの中にある力が目覚めようとしているのです。抑え込もうとしてはいけません。解放するのです』


(解放。一体何を言ってるの。それよりもこの痛いの何とかしてよ!)


『それはあなたが生き抜くために必要な力です。さあ、解放しなさい。今すぐに!』


  頭の中の声は一方的に声を送り続ける。


(うるさいうるさい。力とか何言ってるか分からない! この痛いの何とかしてよ!)


『今すぐ解放しなさい。でないと――みんな死にます』


「うるさぁぁぁぁい!」


「きゃあっ!


  フォティアが大声で絶叫しバランスを崩した事で肩を貸していたホルルと一緒に転び、彼の顔に土がべったりと付着する。


「うるさいうるさい! 僕の頭の中から出ていけ。出ていけ!」


「フォティアどうしたの? 大丈夫、ねえしっかりして! ほらお母さんの方を見て。フォティア!」


(まずい)


「二人とも静かに……はっ!」


  リベスは大声を出す二人を注意したが、時すでに遅かった。


  声に遮られて、何かが自分に近づいてくるのに気づくのに一瞬遅れた。


  それが彼女の命取りになった。


  慌てて、振り向くと、そこにいたのは口を四つに開けた巨大な蛇の魔物だった。


(フォグネーク!)


  フォグネークとは、体長十メートルにも達する巨大な蛇の魔物である。


  この魔物は動きも緩慢で硬い鱗もないが、気配を消す事で霧の中や頭上など獲物の死角から襲いかかる事を得意としている。


  更にこのフォグネークにはどんな猛毒も効かない。毒を使う彼女にとって最悪の相手だった。


  リベスはフォグネークが四つに分かれる顎を開いて自分に迫るのを見ながらこう考えていた。


(私一人ではこいつに勝てない。このまま私は死ぬ。けれどゼルトとの約束だけは守る!)


「二人とも逃げて!」


  リベスはわざと大声を出して、フォグネークの狙いを自分に向けさせた。


  蛇の魔物が大口を開けてリベスに迫る。ポッカリと空いた魔物の口の奥を見ながらリベスはこう思っていた。


(こうなるなら、ゼルトに告白しておけばよかったな)


  ホルルとフォティアの目の前で、魔物の四つに別れた顎がリベスの身体を挟み込む。


  フォグネークは獲物が抵抗しないように強靭な顎で骨を砕き、動けなくしてから丸呑みしていく。


  フォティアの目の前で、リベスの身体の骨が砕かれ痙攣する両足が魔物の口内に飲み込まれていった。


  リベスはゼルトへの想いを秘めたまま、フォティアとホルルを庇い、フォグネークに食われて全身の骨を砕かれて飲み込まれて、死んだ。


「フォティア逃げるわよ」


  ホルルはリベスが死ぬところを見て涙を流しながらも気丈に振る舞い、フォティアに肩を貸して目の前の魔物から離れようと歩き出す。


『フォティア。早くその力を解放するのです。本当にみんな死にますよ』


(うるさい!)


  今もフォティアの右腕全体は中に何かを注ぎ込まれているように熱い。そして本人も気づいていないが、右掌のヒビはもっと大きく多くなっていき、今にも何かが出て来そうだった。


「ギシャアアア」

 

  背後からの不気味な声にホルルは後ろを振り向く。見ると今しがたリベスを食い殺した魔物が目のない頭をこっちに向けている。


 ホルルは背後の恐怖から目を逸らし、息子を抱えてどこにあるか分からない出口目指して走り続ける。


  しかし、フォグネークは速度は遅いとはいえ人間よりもずっと大きい。更に人一人抱えているホルルの速度はどうしても遅い。


  後ろを見なくても、地面を這いずる不快な音がどんどん近づいてくるのを耳が捉えていた。


(このままじゃ二人とも逃げられない)


  ホルルはちらりと最愛の息子の横顔を覗く。


(この子だけは何があっても死なせない。お願いアストラ様。私の命を捧げますから、息子を救ってください!)


『……はい』


  ホルルが女神に祈った直後。幻聴だろうか、誰かが答えてくれたような気がした。でもホルルにはそれで十分だった。


(ありがとうございます)


「フォティア聞いて。お母さんは離れ離れになってもあなたを愛しているわ」


「……母さん。何を……?」


「大好きよ。私の愛しいぼうや。ずっと見守っているからね」


  ホルルは両目から大粒の涙を流しながら笑顔で息子を突き飛ばした。


「ぐっ」


  突き飛ばされたフォティアが見たものは、こちらに笑いかける母と、その母の背後に迫る口を大きく開けた蛇の魔物だった。


 フォティアの目の前で、魔物はいつも優しかった母に食らいつき一息で飲み込んだ。


「わあああああああああああ」


  フォティアは絶叫しながらその光景を只々見ていることしかできなかった。

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