第27話《ゼルト率いる襲撃班》
夕刻。昼を食べ終え、準備を終えた六人は居間に集まっていた。
六人はテーブルを挟んで二組に分かれている。玄関側にいるのが、ラースとジョイ。そしてゼルトをリーダーとした襲撃班。
反対側にいるのが、ホルルとフォティアを護衛するリベスが率いる脱出班だ。
「みんな準備できたな?」
傭兵達は各々の得物を持ち、ホルルとフォティアは必要最低限の荷物を背嚢に背負っている。
二人共荷物は少量だが、ホルルは何があるかわからないために全財産を持っていく。
ゼルトも完全武装だ。肘と膝を保護する鉄板を付け、胸にはブレストプレート。武器は腰の鞘にしまったロングソードとダガー。そして背中にはラウンドシールドを背負っている。
武具は全て、魔物に反撃するこの日のために調整を済ませ万全の状態にしてある。剣の刃は鋭く研ぎ過ぎて、ちょっと触れただけで指を切ってしまった程だ。
全員の準備が整っていることを確認して、ゼルトは扉に手をかける。
「行くぞ」
扉をゆっくりと開けて外に出る。その後に盾を構えたラース、次に弓を構えたジョイが続く。
「リベス。外に出て来ていいぜ」
安全を確認したジョイの言葉にリベス達三人も外に出る。
一週間ぶりに外に出たフォティアは違和感を感じる。いつもの村のままなのに何かが違う。辺りを見回してその違和感に気づいた。
(誰もいない)
自分たち以外に人がいないのだ。だから微かな物音も聞こえず、ひんやりとした空気がフォティアの頬を撫でる。
静か過ぎて自分の呼吸音がうるさく感じるほどだった。
「フォティア。ホルル」
傭兵三人が辺りを警戒する中、ゼルトは最愛の家族の方を振り向く。
「ここでお別れだ。しばらく会えなくなるが元気で」
「あなたもご無事で、皆様の無事をフォティアと一緒にアストラ様に祈っていますわ」
ジョイが辺りを鋭く見据えながら声をかけて来る。
「ホルルさん。無事に終わったらオレ達に手料理ご馳走してくださいよ」
「はい。もちろん腕によりをかけて作りますね」
「うおおっし。楽しみだぜ!
ホルルの言葉にガッツポーズをとるジョイ。
「リベス。二人の事任せたぞ。無事に脱出させてくれよ」
「リベスに任せて。ゼルトにラースも無事で」
「おい。リベス。オレには言ってくれないのかよ」
「ジョイはどうでもいい」
そんなやりとりを聞いて、六人は声を抑えて笑った。そのお陰でフォティアを含めみんなの緊張感が少しほぐれて来た。
「じゃあ、そろそろ行く」
「ああ、三人共、また会おう」
「あなた!」
ここまで感情を抑えていたホルルがゼルトに勢いよく抱きつく。
「死なないでくださいね。私達のこと迎えに来てくださいよ。迎えに来ないなんて許しませんから」
ゼルトはホルルの黒髪を撫でながら、彼女の気持ちに答える。
「分かっている。俺はちゃんと生きて帰って、お前達を迎えに行くから。ほら、泣くなって」
ゼルトはホルルの両目から流れる涙を指で優しく拭ってやる。
「ホルル。いってくる」
「いってらっしゃい。あなた」
「フォティア。少し寂しいと思うが、俺のあげた剣で母さんを守ってやれよ」
フォティアは誕生日にもらったダガーの柄を握りしめながら大きく頷く。
「うん。父さんも頑張ってね」
村の出入り口にむかう三人の背中を見えなくなるまで、目で追っていたゼルトは自分と共に残った二人の方を見る。
「じゃあ、俺たちも行くぞ。ラース、ジョイ」
「ああ」
ラースを先頭に、ゼルト、ジョイと続いて歩く。ゼルトはいつでも魔物が現れていいように剣の柄に右手を置き、左手には円形の盾を持つ。
「なあ、オレ達勝てるかな」
そんなことを言い出したのはジョイだ。
「恐らく死ぬ確率の方が高いな。しかし、俺たち三人がいれば、勝てる可能性がないわけじゃない」
ゼルトは隠してもしょうがないので、自分の思ってる事を正直に口に出した。嘘をついて励ましても勝てる相手ではないことは自分が一番分かっていたからだ。
「俺は腕一本ぐらいなら失っても惜しくはない」
ラースは先頭を歩きながら、そんな物騒な事を口に出した。
「おいラース。気分が下がること言うんじゃねえよ」
「魔物を殺せるなら、例え相打ちでも俺は構わない」
ラースが持っているメイスを一振りすると、まるで強風のような音が鳴り響いた。
「二人ともおしゃべりはそこまでだ。着いたぞ」
ゼルトに指摘されて、二人も口をつぐむ。彼らの目の前に現れたのは村で唯一石造りで出来ている教会だった。
普段は村の人達が中にある炎の女神アストラの像に祈りを捧げる場所だったが、今はどこかおぞましい雰囲気を醸し出していた。
突然ジョイがスンスンと鼻を動かして何かを感じ取る。彼は傭兵をやる前は狩人をしていて、嗅覚も優れている。
「微かだが、教会から血の匂いがする」
「確かか?」
「ああ、嘘なんかつかねえ。血の匂いだ」
「そうか……」
中にあるはずの村人達がどうなったか、ジョイの話を聞いてゼルトの声音に落胆の色が混じる。
「ゼルトどうする。リベス達と合流するか?」
「ラース。お前から撤退を提案するとは珍しいな」
「それはそうだ。魔物を倒すことも大事だが、お前達が死ぬのは気持ちのいいものではない」
「ありがとな。だが俺は引き返すことはしない。今奴を倒さなければ、妻達に危険が及ぶ可能性が高い。例え死ぬことになっても足止めぐらいはできるだろう」
「そうと決まれば行動開始しようぜ。いつも通りオレは遠距離の狙撃でいいのか?」
「ああ、ジョイは上に登って入れるところを探せ。俺の合図で弓を喰らわせろ」
「了解」
「ラースは俺と共に来てくれ。盾としての役割期待してるぞ」
「任せろ。全ての攻撃は俺が受け止めて、このメイスをお見舞いしてやる」
「じゃ、オレは先に行くぜ」
ジョイはできる限り物音を立てないように走り、教会の壁に取り付ついて危なげなく登って行く。そして空いている鎧窓を見つけてスルリと中に入った。
それを見届けた二人は両開きの扉を押し開けて正面から教会の中に足を踏み入れた。
教会は一見すると何も変わっていない。中は淡い蝋燭の灯りに照らされ、村人達が腰掛けるベンチは整然と並んでいる。
しかしいつもと違うところがある。それは鼻に付く鉄錆のような匂いと、本来女神像があった所に一人の男が座っている事だ。
ゼルトとラースは臆する事なくその男に大股で近づいて行く。チラリと上を見ると、ジョイが天井の梁の上でこちらを見ていた。
「おやおや、ゼルトさんではないですか。今晩は。そろそろお呼びしようと思っていたのですよ」
最初に口を開いたのは、一週間前からこの教会の主人となった黒チェニックを纏い、金糸のような金髪と細めの整った顔立ちに、鍛え上げられた肉体を持つ人間そっくりの魔物アディヒラスだった。
「そうか。呼ばれる前に来れてよかったよ。でなければ俺の家族が、他の村人達と同じ目にあっていただろうからな」
「その言い方。村の人たちに何があったのか気づいているようですね」
「ああ、貴様が殺して食らったのだろう。村の人間を全て!」
「ふふっ正解ですよ。私が美味しく頂きました。しかし量が少し足りないので、あなた達家族を招待しようと思っていたのですが……そちらの方はどなたです?」
アディヒラスはゼルトの前に進み出たラースを指差す。
「俺と同じ傭兵だ。魔物殺しのスペシャリストだよ」
「ふーん。そうですか。そんな不味そうな方がお仲間ですか。でも二人で私に勝てるとでも」
ラースに興味をなくしたアディヒラスは顎をさすりながら、ゼルトの方を見る。
「ふん。二人で勝てるなんて思ってない!」
腰の鞘からロングソードを抜いたゼルトはそう言うと同時に、天井にいるジョイに合図を送った。
弦を引き絞って待っていたジョイは合図を受けて、矢を解き放った。解き放たれた鏃は深々とアディヒラスの左肩を貫き心臓まで達する。
「何……?」
突然の出来事に動かなくなったアディヒラスにラースがメイスを振り上げて突進。
「うおおおおりゃあっ!」
頭上から勢いよく振り下ろされたメイスはアディヒラスの頭に直撃し、原型を留めずに叩き潰す。
頭から肉片を撒き散らしながらアディヒラスは仰向けに倒れた。
ゼルトは頭を失い肩から矢を生やした死体に近づくと、躊躇う事なく剣を突き刺す。一度では終わらず、何度も何度も原型を留めなくなるほど、胴体に切っ先を突き通した。
「はあっ。はあっ。これは、村人達のぶんだ! 死ね死ね。化け物が!」
ゼルトは荒い息を尽きながら、破壊し尽くし肉の塊となった魔物の死体から離れた。
「やったなゼルト。案外あっけなかったな」
ラースも呆れるほど、アディヒラスは簡単に殺すことができた。
「ああ、お前とジョイがいてくれたからさ。俺一人なら勝てなかったよ。ジョイもありがとな!」
ゼルトが、天井の梁で弓を構えて警戒するジョイに手をあげる。
それに応えようとしたジョイの目がありえないものを見て限界まで見開き、下の二人に大声で警告を発した。
「二人共逃げろ! そいつ生きてるぞ!」
「何!」
「退がれ!」
ゼルトが振り向くより早く、ラースが前に出てタワーシールドを構える。その所為でゼルトの視界は遮られ、何が起きたかわからなかった。
構えた大楯にとてつもない衝撃が襲いかかり、盾はひしゃげ、大の男二人はベンチを破壊しながら吹き飛ばされる。
「くそ。何が起こった。ラース無事か……おいラース!」
ゼルトは自分が無傷なのを確認し起き上がると、近くで倒れているラースを見て絶句した。
彼の盾を持っていた左腕が、まるで岩で潰されたように砕け、骨が露出し無残な状態なっていた。
「俺は大丈夫だゼルト。それよりも奴はまだ生きてるぞ!」
ラースは右手一本で何とか起き上がり、前方を睨みつける。ゼルトもそちらに目を向けた時、信じがたいもの見てしまった。
アディヒラスを殺した場所に一体の人の形をした肉が立っているのだ。頭は砕け、左肩から心臓まで矢が貫き、そしてゼルトが何度も突いたあの死体が起き上がり、無事な右手を伸ばしていた。
どうやらその手でラースの盾を殴ったらしい。それ以上に驚愕することが、三人の人間の目の前で起きる。
ボコボコと音を立てて、胴体に空いていた十ヶ所近い穴が塞がり、潰れ砕けた頭がまるで時を遡るかのように元に戻っていく。
「全く痛いですね」
三人が殺したはずのアディヒラスはものの数秒で肩に矢を生やしたまま、元の姿を取り戻していた。
「どうしたのですか。ああ、私を殺したと思ったのですね」
「何故生きているのだ。頭を潰されて生き返る魔物など見たことないぞ!」
ゼルトは何とか立ち上がると、武器を構えるのも忘れて、目の前の魔物に大声で叫ぶ。
「並の魔物なら致命傷ですが、私はそれ以上の存在なのですぅ!」
アディヒラスは声のトーンを上げて、パニックになって動けない三人を嘲笑する。
「下等なぁ人間がぁ!我々の餌がぁ! よくも私には向かいましたねぇ! だからぁお返ししますよぉ!」
「うぅ、う、うおおおおおおお!」
ラースが右手一本でメイスを持ち上げ、アディヒラスに迫る。その目はアディヒラスに対する恐怖で狂気に染まっていた。
「よせ! ラース!」
ゼルトが叫んでも、ラースの耳には届かなかった。
「ふん。まずはぁ、お前からだぁ!」
「!」
アディヒラスは肩に刺さった矢を引き抜くと、ラース目掛けてそれを投擲した。鏃は狙い違わずラースの鉄仮面に空いている穴に入り、その奥にある目から脳までを貫いた。
ラースは人形のように崩れ落ちそのまま動かなくなる。
「あああっ!ラース!」
「ハッハッハァ! ゼルトさん!あなたのせいでまた一人死にましたよぉ」
「アディヒラスゥ!」
「良い絶望です。かかってきなさい……とその前に……」
アディヒラスはまるで後ろに目があるのか、無造作に手を伸ばすと、ジョイが放った矢を軽々と掴む。
「お返ししますよ」
魔物が放った矢は、ジョイの目でも捉えることが出来ない。
「ぐあっ? 何だこれ……?」
昔魚料理を食べて、喉に骨が刺さったことがあったが、それの数十倍の痛みがジョイの喉を襲う。
触れてみると、首に深々と自分が放った鏃が突き刺さっていた。
「ジョイ!」
自分の身体を支えきれなくなったジョイは頭から下に落ちていく。
この時、彼の頭の中に浮かんだのは、村に残してきた料理下手の元狩人の妻のことだった。
(あいつのまずい飯もう食えそうもないな)
ジョイは頭から十メートル下の床に激突し真っ赤な花を咲かせて死んだ。
「ジョイ。あああっ……許してくれ……」
ゼルトは後悔の念に襲われて敵の存在も忘れ、何度も謝ることしかできない。
「さて、これで残すはあなただけですね」
アディヒラスはニコニコしながら、ラースの死体の脇を通って仲間を失い意気消沈のゼルトに近づいていく。
アディヒラスが後一歩のところで止まってもゼルトは頭を上げようとしない。
「何だ。壊れてしまったのですか? つまらないなぁ」
「ゼルト!」
くぐもった声に呼ばれて後悔の海に沈んでいたゼルトの意識が浮かび上がる。
頭を上げると目に矢が刺さったラースが、アディヒラス目掛けてメイスを振り下ろしていた。
「まだ生きているのですか? 図体がでかいのはこれだからめんどくさい」
「お前を殺すまで、俺は死なない!」
ラースが渾身の力を込めてメイスを押し込むが、片手一本で止められてビクともしない。
「無駄ですよ。下等な人間ごとき、いくら鍛えても私の足元にも及びません」
「なら、これはどうだぁ!」
ラースはメイスを潔く捨てると、アディヒラスに抱きつくようにその全身を拘束した。
「私は男に抱きつかれる趣味はないのですが……」
「ゼルト。逃げろ! 俺がここは抑える。早く奥さんたちのところへ……ぐっ!」
「ラース? おいラースどうした! ラース!」
言葉を詰まらせたラースの身体が膨らんでいくようにゼルトには見えた。
「に、逃げろ。こいつには勝てな――」
そこまで行ったラースの身体が爆発するようにバラバラになる。拘束されていたアディヒラスが内部から彼の身体を力任せに四散させたのだ。
ラースの頭が床に転がり落ちる。
この時ラースは、魔物の襲撃で自身も大怪我を追い守れなかった妻と娘のことを思い出していた。
(二人共俺も今そっちにいくぞ)
ゼルトの目の前でラースはアディヒラスに頭を鉄仮面ごと踏み潰されて死んだ。
「全く、すぐ壊れてしまいますねぇ。人間というモノは」
「うわああああああああああっ!」
ゼルトは血の涙を流しながら吠えた。仲間を守れなかった自分の弱さと、目の前の残忍な魔物を呪い剣と盾を構えて走る。
「死ねえぇぇっ!」
ゼルトは嵐のようにロングソードとラウンドシールドの乱打で魔物に仕掛ける。
今までなら大抵の魔物を倒すことが出来たそれもアディヒラスの素手で全て防がれてしまう。
それでも、せめて一太刀と攻撃し続けるゼルトを見ながらアディヒラスは口を三日月の形にして笑う。
「いい絶望ですねぇ」
「黙れ黙れ黙れだまれだまれだまれだまれ!」
アディヒラスに防がれて、ゼルトの愛用の剣は根元から折れ、円形の盾は砕け散った。それでも攻撃の手を緩めず、拳で殴る。殴る。殴る!
「そろそろ終わりにしましょうか。少し疲れました」
アディヒラスはゼルトの怒りを全てを防ぎきると、彼の両腕を掴んで簡単に引っこ抜いた。
ゼルトの両肘から先がなくなり、夥しい鮮血を吹き上げる。
「ぐあああっ!」
腕を失ったゼルトは口を大きく開いて魔物の首に噛み付こうとする。
アディヒラスは迫るゼルトの頭を両手で抑えると力を込めて顎の関節を破壊した。
「ごっろす。ご、ろす」
顎が砕けてろくに喋れなくても、ゼルトは両足で蹴りつける。
「往生際が悪いですよ。ゼルトさん」
魔物は笑顔で、ゼルトの蹴りを避けて両腕で腹部を貫く。そして腹のなかの腕を上下に動かして、上半身と下半身を一気に分断した。
ゼルトの視界が何度も何度も縦に回転していた。
「ぐばっ。ごっはっ。ごろすごろす」
下半身を失い、腹から内臓を撒き散らしながらもゼルトは怨念のこもった言葉をアディヒラスに浴びせ続ける。
しかしだんだんと意識が遠くなり口からは血の泡しか出てこない。
彼が最後に見たのは、とても幸せそうに微笑む妻のホルルと、宝物である息子のフォティアだった。
(ホルル、フォティア。俺はもう駄目だ。許してくれ。神よ二人にご加護を)
ゼルトは神に家族の無事を祈りながら、血の海の中に意識を沈ませ死んだ。




