第20話《来訪の目的》
ヴァイス村は森に囲まれているためにそれが外敵の進入を防ぐ壁になっている。しかし街道に通じる道はそうはいかない。
なので村の男達はゼルトに指導を受けて自警団を組み、入り口を警護していた。
しかしここ数年は何の事件も起きず、欠伸をしてしまうほど暇を持て余していたのだが、突然現れた人間によって、自警団達は慌てふためいていた。
「どうもこんにちは」
入り口に立っていた二人の自警団の元に突然現れた男は、訝しむ自警団にこう切り出した。
ゆったりとしたフード付きの黒チュニックを纏った男は村に来た目的を告げる。
「私はある人を探して旅をしているのです。すぐ済みますので、中に入れてもらえないでしょうか。どうか宜しくお願いします」
自分たちで決めるのは難しいと感じた門番達は、来訪者を入り口で待たせ、ちょうど帰って来ていたゼルトに相談しに行った。
暫くして、帰って来た門番と共に、ゼルトが入り口にやって来る頃には、何事かあったのかと、村の人たちが作業をやめて、遠巻きに男の事を観察していた。
ゼルトが到着すると村長もそこにいて、来訪者と話をしているようだった。
「村長」
ゼルトが声をかけると、村長はゼルトの方を振り向いた。
「おお、ゼルトか」
「そちらが村を訪ねて来た人ですか?」
ゼルトは来訪者と思しき、黒チュニックを着た男の方をチラリと伺う。目線に気づいたのか、男は小さく頭を下げた。
「そうだ。こちらの方がこの村に訪ね人がいるとかで、訪ねてきた人だ」
ゼルトが話を聞こうと前に出ると、村長は一歩後ろに下がってその場所を譲る。
「こんにちは。旅のお方」
黒チュニックの男は、新たに現れた銀色の髪と髭を持つ男の腰のあたりに視線を落としすぐに戻す。
「申し訳ない。あなたが村に危害を加える可能性があるので、これは自衛のために提げている。気分を害したなら許してほしい」
ゼルトは男の視線の意図に気づき、先に謝罪する。
「いえいえ。気分を害するなど滅相も無い。今の世の中はとても物騒ですからね。私が山賊か何かと思って用心する。それは、とても大事な事です」
男は首を左右に動かし、ゼルトや自警団に目を止める。
「いついかなる時も備えをしておく。こういう事ができる村は今まで見た事がありません。私が旅して回った村は無防備もいいところでしたよ」
来訪者は一瞬だけ冷たい笑みを口元に浮かべる。それを見逃さなかったゼルトは不快感を表に出さないように注意しながら話しかける。
「ところで旅のお方。名前と目的をお聞きしてもよろしいかな?」
「これは失礼しました。私の名前はアディヒラスと申します」
来訪者アディヒラスは、フードを被ったまま、口元に笑みを浮かべ、深々とお辞儀をした。
「私はゼルト。この村の生まれで傭兵をやっているものだ。それでアディヒラス殿。フードを取って顔を見せてくれないだろうか?」
「何ですって?」
アディヒラスの声音を聞いた人々は、冷たい刃が首筋に当たるようなそんな冷たさを感じた。
そこにいる全員から嫌な汗が身体から流れてくる。そんな中、ゼルト一人だけ冷静だった。
「すみません。失礼な事なのは承知していますが、人間に化ける魔物も実在するのです。あなたがそうだというわけではありません。ですがやましい事がなければ、フードを取ってお顔を見せてください。出来ないのならこのままお引き取りを」
ゼルトは汗ひとつかかず、フードの奥にある相手の顔を睨みつけた。
その堂々とした姿勢に、村人達の寒気も治っていく。
「ふう」
先に折れたのはアディヒラスの方だった。彼は息をひとつ吐くとフードに手をかけて下ろす。
「「「わあっ」」」
フードから現れた顔をまた村の女性達から感嘆の声が漏れる。
現れたのは太陽の光を浴びて金糸のように輝く髪を持ち、細めで微笑みを絶やさないその顔はどんな女性をも一瞬にして虜にしてしまった。
逆に首は筋肉で大木の幹のように太い。ゆったりとしたチェニックで隠れてはいるが、どうやらかなり身体を鍛えているようだった。
「どうやら、私の容姿は目立つようで、だからいつもフードで隠しているのです」
「そうなのですか。怪しいものと疑って申し訳ありませんでした」
ゼルトは内心この男に妻を合わせたく無いなと思いながら、丁寧に謝罪する
「いえ、気にしてません。怪しい格好をしている私が悪いのですから。それで旅の目的なのですが、私は《可能性のカケラ》を持つものを探しているのです」
「可能性のカケラ?」
アディヒラスの発したその言葉に、ゼルトも村人達も皆揃って首をかしげるのだった。




