第15話《お昼を食べたらまた遊ぼう》
石造りの教会には、お昼を食べて身体を休めた人々が集まり、フォティアの誕生日を祝うために、会場となる教会に花などで飾り付けをしていたのだ。
みんなが忙しそうに働く教会の傍らで、今日の主役はヒィトと二人である事をしていた。
「エイッ!ヤッ!」
教会がある広場で、フォティアは持っている木の剣を、思いっきりヒィトに振り下ろす。
ヒィトも同じく木の剣を持って、その一撃を弾く。攻撃を弾かれたフォティアはバランスを崩して尻餅をついてしまう。
「まだまだだな。大丈夫か?」
ヒィトがフォティアを起こそうと手を伸ばす。
「うん。ありがと……ティッ!」
「甘い」
フォティアの不意打ちは空を切り、避けたヒィトは彼の臀部を軽く叩く。
「おいおい。不意打ちは卑怯だろ。それが将来の騎士様の戦い方か」
フォティアは起き上がって、負傷した腰のあたりを手でさすりながら反論した。
「父さんが言ってた。『実戦では何が起きてもおかしくない。油断した方が負けだ』って」
「確かに言ってたけどよ。不意打ちも当てないと意味ないんだぞ。フォティア」
「分かってるよ! これは兄ちゃんが避けると分かってやったんだ!」
目に涙をためたフォティアは、木の剣を構えて突っ込む。
ヒィトはがむしゃらに突っ込んでくる彼を見ながら不意打ちを避けられて反撃されちゃだめだろうと思っていた。
流石にそれを言うと、フォティアの両目の堤防が決壊しそうなので、口に出さない。
ヒイトが口に出す事をしなかったのはもう一つあった。目の前の鋭い一撃を防ぐためでもある。
全速力で振り下ろされたフォティアの一撃を、ヒィトは先程とは違い、剣で弾かずに受け止めた。
「ぐうっ」
ヒィトは十歳の力に押されそうになり、歯を噛み締めて耐えて、勢いの弱まったフォティアの剣を押し返した。
「いてっ」
フォティアまたもや尻餅。
「ちょっと休憩しようぜ」
ヒィトは剣を置いて、教会の壁に背中を預けて休憩を取る。かれこれお昼を食べてからすぐ訓練を始めて、もう一時間経っていた。
フォティアも負けっぱなしで納得していなかったが、渋々ヒィトと同じように壁に背中を預ける。
そこはちょうど日陰になっていて、 石造りの壁のひんやりとした感触が、運動して火照った二人の身体を癒していく。
フォティアは自分が持つ木の剣を眺める。これは去年、父から九歳の誕生日に貰ったものだ。訓練をしているヒィトを見て、自分も欲しいとおねだりしたら、父が作ってくれたのだ。
フォティアの夢は、悪を倒す正義の騎士になる事だった。母が夜寝る前に読んでくれる絵本に出て来るような、悪の竜を倒し麗しき姫を救う騎士に憧れていた。
それを口に出した時、ヒィトは大笑されたが、フォティアは本気だった。
(ヒィト兄ちゃんは傭兵になる。だったら僕はもっと鍛えて、悪い奴をやっつける絵本のような騎士になってやる!)
それは十歳の少年が目指す未来。彼にはそれが無茶で無謀で不可能な事だとは思っていなかった。
『フォティア……フォティア』
「えっ?」
不意にフォティアの頭の中に女性の声が響く。辺りを見回すが、近くにいるのはヒィトしかいない。
幾ら何でも、男性と女性の声を聞き間違えるはずがなかった。
「どうした?」
「ううん。母さんに呼ばれたような気がして」
「そうか? 近くにはいないみたいだけど」
「うん。気のせいだったみたい。さあ兄ちゃん。そろそろさっきの続きやろうよ。もう僕負けないからね!」
「分かった。分かった。よし来い!」
二人は休憩を終えて、再び木の剣で打ち合う。
フォティアを呼ぶ声。毎年誕生日になると聞こえるその女性の声は、何処かで聞いたことがあるような気がしたが、全く正体がわからないままだった。
(あの声は一体何なんだろう? 女の人みたいなんだけど、全然心当たりないんだよな)
「危な……」
ヒイトの警告で我にかえるが、気づいた時には、目の前に木の剣が迫っていた。
「痛っ」
ゴツンと痛そうな音がして、ヒィトの剣が避け損なったフォティアの額に当たってしまう。
「悪い! 大丈夫か?」
「いてて。うん。大丈夫だよ」
ひたいを押さえた手を見ると、赤く濡れてべったりとしていた。
「血が出てるぞ! 手当てしないと!」
「大丈夫だよ」
フォティアは傷口を数秒手で押さえてから離す。すると勢いよく血が流れてフォティアの鼻のあたりまで垂れてきた。
「大丈夫じゃない!ほら婆さんの所に行くぞ!」
「わっ! 僕走れるよー!」
ヒィトはフォティアを抱きかかえるようにして連れて行く。
たとえ軽い怪我でも、村のみんなに可愛がられている彼に怪我をさせたとなれば、村中を敵に回すことになるのは分かりきっているからだ。




