4.それは希望という名の…
「キュイィィィィン……いたた、痛い、痛いデス先生……」
いつ聞いても不快な音が耳の奥まで響き渡っている……痛かったら手を上げてねとか、申告してね。なんて言った所で何も意味ないんじゃないのか?
「ちくしょう……何でこんな目に……」
歯医者なんて何年ぶりに行ったんだ? ついでに虫歯も見てもらってしまったじゃないか。
なんで俺は可愛い女の子にいきなり殴られなければいけなかったんだろうな。というより、俺が弱すぎるのかよ。泣ける話だ。
そもそもの始まりは何だったのか? ……よく思い出せないな。というか、歯を治したんだから姿を見せてくれてもいいんじゃないかな?
「わたし、彼方です。ケントさん、早速ですが……頬を殴っていいですか? いや、殴ります」
「ほう! カナタちゃんと言うのか。やはり可愛い名前を……っておい! 何故早速、殴ろうとしてい…や、やめてぇぇぇぇぇ……ん? え? おや……?」
有無も言わせない間に頬を殴られた。しかも歯を治した所を! な、何てことしてくれるんだコノガキャー……と思ってたが、お? おぉう? 何だ、何かが違う気がするぞ。
「今……確かに殴られたよね? もしかしなくても何かの域を越えてしまったのか!?」
い、痛くないぞ! それどころか快感さえ感じる……のは言い過ぎか。……それはやばい方向だ。
「気のせいではありませんよ。可笑しな人ですね、ケントさん。それは変態な能力を……いえ、不変能力を目覚めさせたんです。殴られても、叩かれても殴られる前と同じように状態が変わらなくなったということです。決して、ケントさんが強くなったわけではありませんので誤解しないでくださいね」
「うぅ、ちくしょう……何だよ、その使えねー能力は! 何かこう、もっとババっとか、ズドーンとか何か出来そうなものは目覚められないのかよ…凡人でごめんなさい……はは……は」
――犬人は、能力に目覚めた。使えねー能力者として。
「そんなに残念ですか? この能力は素晴らしいと思います。いくら殴られても笑っていられるんですよ? 敵……というか、他の子たちに仮に殴られても痛くないんです」
「殴られて笑うとか……俺はどんな究極の変態ですか……」
いや、待てよ。ってことはこの子、カナタちゃんの怨恨は消したことになるのか。
「ええ、消えました……というか、私には元々そんなのどうでもよかったです。私が『妹』扱いされて、それでケントさんが喜ぶならそれだけでいいんです」
「んん? カナタちゃんは結局、何なの? 人? 猫? それとも……?」
「ケントさんは決してイケメンではありません。ですが、寧々子さんと再会するまでに何人かの女子と付き合っていたはずです。その時も『妹』にこだわりを持って。そしてフラれるという繰り返しをして来ましたよね。私たちはいわば、彼女たちの無念の想い……妹たちの残滓です。そうして残された残りカスの想いが怨恨として現れたんです。きっかけは呪術……その腕輪に込められた念です」
「そう何度もイケメン否定しなくても理解してるから。んん~? つまり……かつての『妹』たちの残りカスが今になって現れたと。マジかよ……まさに自業自得じゃないか」
※
俺は9歳の頃に出会った寧々子に一目惚れをして、その時から妹として接してきた。その後、何故か知らんが、同じ学校に通うことなく大学に入るまでに一度も会うことが無かった。
例えイケメンじゃなくても学校に通ってた間は何人かの女子と付き合ったりもしていた。しかし、当然のことだが『彼女』ではなく、『妹』として好きになり、付き合っていた。
――結果、すぐにフラれ……時を経てまた付き合うも、フラれる、を繰り返した。原因は勿論、『妹』という扱いにこだわっていたからだ。
そういう意味では非道い男だと自負出来る。彼女たちがどんな想いで俺の事を好きになり、付き合うまでに至って、想い続けていた……なんて、今まで考えたことは無かった。だが、まさかこんな形で戻って来るなんて思わなかった。
「ケントさん。そんなことになって、それでも彼女としてではなく、妹にしたい……ですか?」
別に寧々子の母親の事なんぞどうでもいいが、怨まれたままでは萌え続けることが叶わない。そんなのは俺が俺を許さねえ。それに、むしろ望むところだ!
「当然だろ! こうなったら覚悟決めて、彼女が出来なくてもいいから『妹』しか愛せない体になるのも悪くないな」
「ふふっ、バカ……ですね。そんな犬人さんには、私から最後のアドバイスを贈りますね」
「最後? もしかして、カナタちゃん消えちまうのか? お兄さんは悲しいぞ泣いてしまうぞ……」
「ええ。なんせ残りカスですし。そんなものです」
「……随分とアッサリしてるなぁ。それで、俺に助言とは?」
今、確かに目の前に存在している、1人目の妹? のカナタちゃんはもうすぐ消えてしまうようだ。殴られたりはしたが、もしかしたらこの子が一番優しくていい子なのかもしれない。そう思うと涙が出そうで出なかった。恐らく実感が持てないからだ。
「まず、ケントさんは次の子に会う為に、仕事を見つけて下さい。すでに認識していると思いますが、あなたの見た目は30の大人の方です。いつまでもここに寝ていては追い出されてしまいます」
「へ? ってことはここは、借りてるアパート? で、俺、無職なの? 俺の家……家族はどうなったんだ。10年も眠っていたと言っても、親はまだ生きてるはずだ」
「……ケントさんのご両親は、10年も眠っている息子の状態に堪えられなくなりまして、海外へ越したようです。ここは、アパートではなく寧々子さんの家だった場所です」
「あいつの家か。あぁ、だから妹の残滓が出て来たわけか。なるほどな。あぁ、それにしても中身は二十歳で遊びたい盛りなのに、見た目は30のおっさんか。何が出来るっていうんだ……」
「不変能力が活きる仕事はどうですか? ボクシングとかスポーツなら賞金稼げそうな気がします」
「カナタちゃん……それは無理だよ。寝起きの俺は体力がない。賞金稼げるようになるまでにかなり老け込むよ」
賞金稼げるようにって、それはプロにならなきゃ駄目じゃないか。何年かかるんだよ……
「いいえ、それ以上は老けません。腕輪を着けている限り、見た目そのまま、中身もそのままなんです。それに……私がいなくなった時点で1歳、若返ります。どうです? 希望、見えました?」
何とも切ない話になっちまうな。出会った妹は俺を襲って、何かを残して消える。それで俺自身が戻るのか。しかしまぁ、やるしかないか。見た目年齢が若返るならやりがいはあるな。
「ああ、うん。少しは見えた気がするよ。ありがとな、カナタちゃん」
「次も頑張ってくださいね。そして、仕事も探してください! 念として応援します(全てを消した時に後悔するかもしれませんがいずれ分かるでしょう……」
「えっ? 何か言ったかな。名残惜しいような何とも微妙だが、ありがとな」
妙な感じではあるが、俺は一人目の『妹』カナタちゃんを消すことに成功した。目の前からパッと消えることはもの凄く不思議なことのはずなのに驚きもせずに、だ。
そして、とりあえずは当面の仕事を探すしか俺には手段がないようだ――




