3.こ、これがモテ期!?
俺は不思議な夢を見た。どういうわけか、寧々子が命令形女子になって俺に眠れだの、走れだのいや、それはそれでイイこと尽くめだったんだが問題は後半だ……
どこかで長く眠っていたらしい俺は、目を覚ますと見知らぬ家の部屋で寝ていて、沢山の女の子達に見られているじゃないか! これがモテ期というやつなのか!? そうだとしたらこの機会を逃すわけにはいかないぞ。
まぁ、それは置いといて。ともかく、そろそろ目を開けて起き上がるとしようか――
「うーーん……重い気が……する」
無理やり体を起こそうとしているのだが、どういうわけか首の下辺りに重さを感じる。ネコか何かが乗っているのか? もしかしてどこからか入り込んだのか。
ふっ、仕方がないな。俺の得意技でもある猫の言葉で追い払うとしようか。
「ごろにゃ~……ふにゃふにゃ~にゃうにゃう!」
可愛げのない猫言葉すぎるだろ……
自分でも理解出来ないのに本物のネコに分かるわけないよな。アホか俺は!
「ふふっ、私は猫ではありませんよ。犬人さん、そろそろ起きて頂けませんか?」
お? 何やら可愛い声がしているな。ふっ、俺ほどの男になると目を閉じていても声だけで可愛いかどうか分かるのだ。はははっ!!
「起きないと、痛い、ですよ」
「も、もうちょっとあと、5分~……」
起こされたらお決まりの返事を返す。これはもはや定番の返しだ。現実問題、あと5分がどんなに嬉しく、そして心地よいのか――
それはもう学生時代における禁じられたお約束ってやつだけどな……俺は謎の可愛い声にもあえて、禁じられた抵抗のお約束をして反応を待ってみることにした。
「……仕方がありません。注意はしましたからね? では、覚悟してくださいね」
そんな憐れみの声の直後、いつまでも目を開かない俺を待っていたのは、後悔と激痛だった……
「バシッ、バシバシッ……バチン!!! バキッボキッ」
「いたた、痛い、痛いぞ? いや、痛いって痛い痛い……やめて~~許して!!」
頬の辺りにそっと冷たい手が置かれた。これは優しい女の子の手だ。そう思った瞬間、音を立てて何度も何度も頬を叩かれた。しまいには歯が一本折れたような鈍い音まで聞こえた。
いやいやいや、待て。何の冗談だよこれ、痛いぞ本当に。
「お、起きます。起きますから、もう許してくださ~い。あぅぅ」
「もう音を上げるなんて、……随分と弱っちいわんこですね。それでは今後生きていけませんよ」
何がなんだって? 弱いも何も一方的に、しかも寝た状態は無防備だぞ? 弱いに決まってるだろうが! くっ、可愛いかもしれないが、凶暴にも程がある子は説教だ!
「こらっ!! 可愛い声のキミ! 寝ている大人を殴ってはいけませんよ。……って、んん? いや、あのさ、どうして俺の胸の上に座ってんの? 重くて動けないよ?」
そ、それに女の子が上に乗ってるとか、何だかエロい気がする。いやいや違うだろ! 単に遊園地にあるような乗り物扱いされているだけだ。
重いと言う言葉に反応して更に拳を振り上げようとしたので、その子を丁寧に払いのけてから慌てて飛び起きた。
「えーーーと、キミはどこの子? というか、何で俺殴られたの?」
殴られるまでの数秒前、この子は確かに可愛い声をしていた。今はまるで印象が異なる……
見た目は中学生くらい。顔を見るだけで判断すれば、大人しそうで真面目で勉強はそこそこ出来そうで、委員長と呼んでもおかしくないような外見だ。
「私、優等生です。そこそこなんて失礼ですね。そして懲りない人ですね……」
うぉっ!? 心の真実なる声を読まれた…だと? これではあんなことやそんなことを思えないじゃないか。
「ご、ごめん。それで、君は俺のことを知っていて、しかも起こしてくれたんだよね? ぶん殴って歯を折ってくれてまで、痛かったよ、俺……」
「はい。知ってますよ、犬人さんのことなら全て」
「モ、モテ期ですか! いやー嬉しいな。でも出来れば耳元でお兄ちゃんって起こして欲しかったな。せっかく可愛い声をしているんだし勿体無いじゃないか」
「ふふっ相変わらず、妹想いですね。ところで、何か体の変化に気付きませんか?」
妹想い、か。想いの意味は似てるようでそうではないんだがなぁ。ともかく、体は元気! いや、何かがおかしい気がするな。俺であって俺じゃないような……
「もしや、これは俺の体じゃなくて他のおっさんの体?」
「いいえ、間違いなくあなたのお体ですよ。ただ、体は正直なだけなんですよ――」
一体何を訳の分からんことを言ってるんだこの子は。確かに腕には恥ずかしい刻印のされた腕輪が付いているから俺の体で正解だが……って、なんか歳くったのか? いつもの肌にハリが無い気がするな。
「あなたの意識と内面は20歳のままです。でも、体は10年経っています。だから、です」
「ってことは、寧々子が言ってたアレか? 10年眠れみたいなセリフのやつ。いや、待って。マテマテマテ、何の冗談だよ。そもそもあいつはただの女の子で、俺の彼女だったはずだ。しかもアイドルで!」
「スゴイべた褒めなんですね。羨ましいです。だけど、寧々子さんは普通の女の子ではないです。正確にはだった、です。寧々子さんのお母さんのこと、覚えていますか?」
「まぁ何となく、な。ん? 母親が何かアレか!? 怪しいアレだろ!」
「正確に言いますと、ケントさんは呪術を施されたんです。約束を破ったその時点で、寧々子さん自身の意識はお母さんになり、そのままケントさんとお話を続けていた、ということになりますね」
「マジか? 寧々子がとうとう命令形女子に目覚めたと思って萌えたのに……母親かよ~俺は妹萌えであって、母親萌えじゃないんだが正直キツイな」
いつから寧々子じゃなくて母親だったんだ? あの会話が俺と母親だとすると寒気がするな。なんて恐ろしい。ううっ想像しちまった。
「と、とにかく、寧々子と母親はどこにいるか分かるのか?」
「それは私には分かりません。私を含めて複数の女の子たちはケントさんを襲うように指示されているだけですから。もっとも、私はそこまでケントさんに憎しみも感じず、むしろあまりにバ……いえ、調子のいい人なので襲う気も起きませんでした」
「俺は襲われましたよ? 可愛い女の子にボコボコにされるくらいに。ふっ、心も身体も染みるぜ……」
「とにかくですね、10年眠っていたケントさんは10年分の時と体力を取り戻したいですよね? ですので、私たちの怨恨を断ち切って、取り戻してください。そうしたら、その先がきっと見えてくるはずです……」
10年の怨恨が何だって? その先? ……つまりそれっていうのは寧々子に会えるって奴だよな。
「いや、何となくは分かる。けど、俺は言っちゃなんだけど凡人ですよ? 特殊能力も無ければ犬でもありませんよ? 何故関係のない女の子たちが俺に恨み持ってるかなんて知らんけど、どうやって断ち切れと? これから修行して最強になるんですかね…」
成人なりたてだった俺は普通すぎる男だ。アイドル級の彼女というか妹がいただけだ。それが何故、こうなった。
「……そうですね。ケントさんは恐らく努力しても凡人です。だけど、何とかしてみて下さい。出来るはずです…」
「体が老けたってのに戦えとおっしゃるのですかい? それはあまりなお話ですわ~おほほほほ」
「……ケントさん。もし、『妹』のこだわりを捨てるのなら道があります。その腕輪を外して、普通の人生を歩むだけです。その代わり、歳は重ねたままですし、『妹』も萌えられず、寧々子さんにも会えません。どうしますか?」
「腕輪を外せば歳を重ねる、か。何よりも妹萌え出来ないのか……なんてことだ。うーーん……」
痛い目に合うが、少なくともあと9人? の妹には会えるということか。選ぶまでも無いな。
「もちろん俺の答えは……妹の怨恨を断ち切る! これ一択だぜ!!」
「そうだと思いました。分かりました。ひとまず私は一度去ります。またお会いするまでには歯を治しておいてくださいね」
お、おい、っていうか、消えたぞ。歯を治せって、また折られるのかよ。嫌だな……
何だか妹萌えの俺にはいいようなよくないような展開になってきたが、とりあえず歯医者に行くことにした。いつ以来なのか分からないが、歯医者に行かないと間違いなく顔はひどいままになるだろう――




