アフターストーリー2
アフターストーリー【西川美青】
私は西川美青医者だ。昔はちっとばかし悪さしてたけどな。今はまっとうな人間だ。
たまに昔の野郎言葉が出ちまうが、今はおしとやかな女性だ。
私はこれまで我慢に我慢を重ねてきて、キレるのを我慢して医師となった。そしてとうとう担当の患者を受け持つことが出来た。
それは良かったんだが。何の為の担当なのか、普段関係の無い上の人間の命令により、私はワケありな患者の担当を任されることになった。
そして隔離された病室に”彼女”は眠っていた。上からの話によれば、彼女は10年以上目を覚ますことなく、眠り続けているということだった。あらゆる処置をしても絶対に目を覚まさない。それはいわゆる……
死人と同じだ。体だけが”そこ”にあるだけの、状態。正直言って、担当をつける意味なんてない。それなのに私はこの変わった髪色、赤色をした少女を見守るだけの医師だ。
精神はその辺の奴等よりは強い私でも、さすがにこれは辛い……どういう命令なのか知らないけど、何故私なんだ? もう限界だ。担当を外してもらおう、そう思った時だった。彼がこの病室に運ばれて来たのは――
この子、中犬人は鉄骨が足に刺さって、怪我をした。だけど、足の怪我に担当が付くことははっきり言ってあり得ない。足の怪我とは別に、余程の難病を抱えていれば別だ。でも、そうではない。
特別、格好いい顔をしているわけじゃないけど、妙に気になる奴だ。どんな奴なのか? でもこいつがここに運ばれて来るということも常識では考えられなかった。
目を覚まさない”彼女”と、足の怪我で運ばれて来た”彼”は、上からの命令で同室になった。何かの意思と思惑が働いているとしか思えなかった。だが、いち医者の私がどうこう出来ることじゃない。
出来るのは、目を覚ました彼の話し相手となるだけだ。さて、どういう男かな?
「犬人さーん? 目を覚ましてくださいー! 大したことないんでしょ?」
実際は結構な出血だったらしいけど、不思議な現象が起きていて流れていた彼の血は、彼が身に着けている、腕輪が吸い取るようにして出血を止めたという、オカルトなことが起きていたらしい。
理解フノウだ。私には理解出来ねえ。つまり、こいつはそういうワケありな奴なんだ。
「女の声? しかし俺の範囲外だな」
は? 範囲外? なんだそりゃ。こいつ、なめてんのか?
「おい、こらぁ! 早く起きろっつってんだろうが!!」
あ、やばいやばい……昔の癖が出てしまった。
「へ? 旧世紀のヤンキーか!? どこの姉ちゃんだよ、全く……」
「あら~ようやくお目覚めですかぁ? 駄目ですよ? お姉さんを困らせちゃ……」
無理があったか? 私らしくないが、ここはひとつ穏便に……
「ご、ごめんなさい!! 怖い夢を見てました。それに、ま、まさかこんな目の前に綺麗なお姉さんがいるなんて思わなくて」
こいつ、棒読みじゃねえかよ。でもまぁ、怖い夢ってのはマジだな。オカルトだしな。
「うふふっ! 嬉しいことを言ってくれるわね。私は、あなたの担当医、西川美青先生よ。ミオって呼んでね!」
「その年でミオ? 無理がありすぎなんじゃ……」
「あ? んだとこらぁ! 何か言ったか、今?」
「ひっ!? いえっ、こちらこそよろしくです。ミオセンセー」
案外素直な奴だな。コイツ、嫌いじゃないかも。可愛げがあるし、舎弟にしたいな。
しかし、聞けば聞くほど不思議な話だった。鉄骨はこいつの頭上に落ちて来た。しかし、顔から鉄骨が跳ね上がり、結果として足に刺さったということだった。こいつ、何者なんだ?
「ところで、センセーあそこで眠ってる女の子は?」
やはり気付くよな。全く目を覚まさない女の子がいたら気になるよな。
「あの子は朱里ちゃんね。ずっと目を覚まさないの。もしかして、ケント君は小さい子が好みなの? そうだとしたら妬けるわね」
何バカなことほざいてんだ、私は。しかし、こいつはマジっぽいな。
「どうしてずっと眠ってるんですかね?」
「それ以上知りたかったら、ミオが手取り足取り教えてあげなくも無いけど~」
「いや、いりません。俺は妹萌えなんすよ。妹以外、眼中にないんですんません!!」
うわっマジかよ? マジきもい……モテそうなツラでもねえのによ。
「じゃあ、そこの朱里ちゃんが好みってこと?」
「はい! 一目惚れですね。妹決定ですよ。不思議な感じだし、今まで見た中の妹の中でも美少年系はいなかったので、これはこれで!! 髪の色も赤髪なんて珍しいですけど、外国の子か何か?」
「えー? あー……うん。彼女の素性はわたしにも分からないの。ここに、ううん就任する前からいたみたいだし。10年前くらいかな」
さすがに詳しくは言えないな。コイツはマジもんだ。やばい男だ。何としても女の子には近づけさせてはダメだ。
「10年? まさかな。とにかくっ! ミオちゃんには悪いですが、オレは妹、ここに眠ってる朱里ちゃんが大好きです。眠っていても、優しく眺めて生きていきますから」
何だ? 10年って言葉に引っかかったのか? だからマジでキモイって。
「くすっ、面白い子。気に入った! わたしはケントくんを絶対諦めないよ? そして舎弟に」
「ん? 何か言いました?」
「う、ううん。でも、正直言ってこの病院にいるってだけで彼女は起きれる保証はないわ。どこからか入院費は送られてるから、維持はしてるだけで何も手の施しようがないのが現実だし」
「俺なら……朱里ちゃんをどうにか出来る気がするんです」
「どうにか? 手を出したらサツを呼んであげるわ。呼ばれたくないなら、大人しく傍にいてあげてね」
サツねぇ。私も出来ればサツに関わりたくないんだよなぁ……絶対、昔のことを覚えられてるしな。
※
「ケントくーん。起きてる~? 朱里ちゃんに何もしてないよね? してたらシメてやるけどぉ」
何かしてたら間違いなくシメてやるけどな。コイツ、私のことを自称美人ってほざきやがった。
「はぁ? 聞こえてますよ? どう見ても美人だろうが! ケント、いつかお前の口からあねさん素敵です! って言わせてやんぞこらぁ!」
「素敵デスネーカッコイイデスネー! キャーキャー」
この野郎! マジでシメるか? おっと、つい本音が……さすがにビビったようだな。
「……とまぁ、じゃれ合いはこれくらいにして、どう? 足の具合は」
「足、痛いっす。泣きそうです。お姉さんの胸で泣きじゃくって白衣を汚していいですか?」
「来ていいぜ? 妹じゃなくてお姉さんの胸に来るか?」
恥ずかしいけど、胸元を開けて待っといてやるか。これは私のサービスだ。
「いえいえ、結構です。まぁ、生まれ変わったら姉に萌えるかもしれないですが今は無いんで」
このガキが。くそっ! 意気地なし……
「ま、足は痛いですけど俺は朱里ちゃんの方が心配なんですよ。どうすれば目を覚ますのかな、なんて」
「マジで、キモイ」
「いや、真面目っすよ? だって、ずっと眠ったままなんて可哀相じゃないですか! 俺、変な意味じゃなくて何とかしてあげたいって思ってるんですよ」
意外といい奴なのか? 正義感てやつか。にしても、妹萌えって言ってる奴が真面目とか言ってもな。
「眠り姫にキスをするとあら不思議! 長年の眠りから覚める!! てやつ、試すとか?」
「キスっすか? それなら今すぐにでも……」
「お前いくつだ?」
「えーと、確か今は、26に戻ったばかりですね。もうすぐ20に戻る予定なんすけど」
はぁ? 今は? もうすぐ二十歳だと!? 何て可哀相な奴だ……
「お前足だけじゃなくて脳もやられてんのな。ううっ、可哀想な子ね……ここはお姉さんが何とかしないと駄目かも」
「いやいや、マジっすよ! とにかく今は26ですけどそれが何か?」
「歯ぁ食いしばれよ? オラァァアァ!!!!」
こいつには一度痛い目を見せないと変態が治らないだろう。ということで顔に思い切り私の鉄拳を……って、あれ? 何コイツの顔、全く凹まないんだけど?
「へ? 何かアタシの拳、というか手が思い切り痺れてるんだけど……ケントの顔はアレか? 鉄板入ってんのか? それ反則すぎんだろー」
顔に鉄板入れてる!? こいつ、実はやばい系なのか? それともアタシのように昔はヤンチャしてたクチか?
「俺、顔は最強なんすよ。で、何で殴ったんですか?」
「犯罪野郎には鉄拳制裁が基本だろ? だから殴ったまでだ」
ううっ、今すぐにでも泣きたい。痛すぎる。鉄板野郎に敵うわけがない……
「俺、年齢はあれですけど、助けられる手段が王道のキスならやりますよ。見逃してもらえないっすか?」
「ほう? じゃあ賭けるか? ケントのキスで目覚めたらアタシは何も見なかったことにする。だが、何も起きなかったら、腹を殴る。そして、アタシの舎弟な! もう妹萌えとか言わせねえ。それでどうだ?」
うーん……こんな変態野郎を野放しにするのはどうなんだろうか? マズイよな……
「いいでしょう。でも医者が患者を怪我させたらまずくないですか?」
「自信あるんだろ? ケントの男を見せてみろ。この子にキスして目覚めさせればいいだけだ」
ふふっ。ビビったか? キスをするのにさすがに躊躇してんな~
「どうしたのかなケント君は? もしかしてびびってんですかぁ? 妹萌えとか言ってるくせにキスも出来ないのかなぁ……くくっ」
「じょ、上等だこらぁ…男には準備ってもんがあるんだよ! 雰囲気を出して優しく……」
「めんどくせー野郎だな。ちっちゃい女の子にムードも何もないだろうが! 早くやれ!!」
そして、彼女は目を覚まさなかった。当然だな。そんな簡単に行くわけがない。
「なぁ、ケントくんよ。覚悟はいいか?」
「この子が目を覚ましたらナースコールします。それならどうです?」
「……分かった。絶対コールしろよ? 今晩中に目を覚まさせろ! それなら勘弁してやる」
「ありがとうございます!」
※
深夜――
うーん? 仮眠も取れないくらい寝付けないな。それに体が妙にだるい。どうなってんだ? ここで私の意識は失われた――
目を覚ますと、私は病室で倒れていた。あれ? 何でこんな所にいるんだろう? 寝惚けてたかな? それはともかく、ケントは必死に彼女を目覚めさせようと努力しているみたいだった。
「ケントくーん? 朱里ちゃん、起きなかったみたいね」
「げっ……ミオセンセーか? いやっ、あの、さっきまで起きてたんですよ? 朱里ちゃん」
「うんうん。分かってるよ。ケントくん、しばらく寝てろ!!」
まぁ、そんなもんだろ。私はこいつの腹に鉄拳をくらわせた。このロリコンが!
※
さすがに腹を殴ったのはやりすぎたか? ケントは足だけじゃなくて、腹の痛みも訴えやがったことで長期の入院に変わってしまった。まぁ、そんなにやわじゃないだろうが――
当然だけど、私は医師。患者さんの巡回もしている。そんな中、たまたま通りがかった廊下で暴れている男を見つける。それが、まさかケントだったなんて思わなかった。
「ふざけんな!! 見せものじゃねえぞ。散れよ! さっさと戻れよお前ら」
「何ですかこの騒ぎは? えっケント君?」
「引っ込んでろババア!!」
あ? ババァ? この野郎! また殴られたいのか? いいぜ、やってやるよ。って、何だこの破壊力!? ケントの拳が私の真後ろの壁を殴って穴を開けた。嘘、なにこれ!?
「あんた……その拳、やばい、さすがに手に負えないわ」
思わず、後ずさりしていた私の前に外国の女性が声をかけてきた。どうやらコイツを何とかするらしい。私は黙って頷いた。そして、巻き添えはごめんだから、距離をとった。
外国の女性は襲い掛かるケントを交わして、あっという間にその体ごと回転させていた。アレは合気道?
※
私は外国女性を信用して、ケントの病室に案内した。そして何故か会話を始めた。
「あんな恐ろしい力を秘めていたなんてね」
「ケンはなぜここに入院をしておるのだ?」
「足を怪我したの。ところであなたはケント君の何?」
変な日本語で彼女は言った。彼の妹と。はぁ? 日本人とは年齢の差なんて関係ないとか? いやいや……
「あなた明らかにケント君より年上よ? 残念だけど、彼は姉じゃなくて妹萌えの変態なの」
「確かワタシとケンは同じトシだったはず」
同じ歳だの、ケントが若返っているだの、何なの? この二人……
「割り込んでごめんなさい。あなたたちは妹と兄? 全然似てないしそれ以前に国が違うわよね?」
ロシア人の妹と日本人の兄? 何それ、意味不明なんだけど。
「そ、そうなんだ。よく分かんないことが終わったら教えてくれる?」
これはもう医師とかじゃない話だ。ここは気持ちよく、引っ込もう。うん、それがいい。しばらくしてケントは退院して行った。そして、あの女の子は正式に亡くなった。
ケントはあの子と話をした。なんてほざいていたが、それが本当だとしたらやはり私の手には負えなかった件だったんだろう。これであいつ、ケントと会うことも無い、か?
しばらく、つまらないって言ってはいけないが、平穏な医師生活が続いた。もうあんなインパクトの強い男に出会うことなく、あたしの独身は続くのか?
そう思いながら、私は一服するために外へ出ようとした。するとどこかで見たことのあるガキが女連れでここに来ていやがった。ケントか?
「あっれ~? そこにいるのって、ケントじゃん! あんた、何してんの? しかも女連れとはいい度胸してんなぁ?」
「おっ!? 自称美人すぎるお姉様、ミオせんせーじゃないですか!」
この野郎! 顔を思い切りぶった。無駄だったけど、相変わらずの反則野郎だ。
「相変わらず鉄板入れやがって反則野郎が! で、その姉ちゃんと何しに来た?」
聞けばあの子、朱里が化け物だということらしいが、でも……
「あの子が化け物だっていうのか? しかもお前とその姉ちゃんを狙ってる? お前、あの子に手を出しちまったんだろ? だからキレた。そうだろ?」
バカな? あの子はもう……でも、こいつは嘘を言っている目じゃない。どうする?
「いや、もうそれでいいです。と、とにかく俺と朱里が寝ていた病室にかくまって欲しいんです。可能ですか?」
あの病室は閉鎖されて入れないのに。ケントとこの女をかくまう? マジかよ。そんなことしたら私はクビになるぞ。しかし必死の形相で訴えて来てるし、妹萌えの奴に『好きです』なんて言われちまった。
これはもう覚悟を決めるしかないか。一晩だけ貸すしかないな。あぁ、あたしのバカバカ……なんで。閉鎖された病室で何が起きていたかなんて、私の知る所じゃない。だけど、もうすぐ朝になる。
さすがに声をかけないとバレる。あたしは思い切って、病室のドアを開けて入った。
「おい、ケントぉ! 病室使いすぎだぞこらぁ! って、あれ? 子供が一人……?」
あれ? ここにいた見知らぬ姉ちゃんがいなくなってる? それにこの子供は誰だ?
「お姉ちゃん、だれ?」
いや、それはあたしのセリフだよ。
「えっと、ボクは何でここにいるの? ここに男の子と女の人がいなかったかなぁ? あ、ボクのお名前は何て言うのかな?」
「ボク……ぼくは、けんと」
何だって!? ケント? どう見ても子供だ。幻でも見てんのか?
「えっ? け、けんと!? 夢でも見てんのか? でも何となく面影があるようなないような……ケントか。うーん参ったな。あたしがけんとを引き取るか? 親とかどうなってんだ? 仮にこの子があのケントだとすると、やはり家なし子だよな…望んでた舎弟じゃねえけど、結果的にケントがあたしの元に来たのか。ぬぅ……」
くいくいと弱い力であたしの白衣が引っ張られている。間違いなく子供だな。もしかしてこれもオカルトの結果なのか? そして理解のできないことがここで起きた。ケントの身に何かが起こったんだ。
「お姉ちゃん? どうしたの」
「えーと…そ、そうだね。けんとくん。わたしはミオ。けんとくんのお姉さんだよ」
「ミオお姉さん? うん、ミオお姉さん、ぼくはけんとだよ」
「うあああーーーか、可愛すぎんぞ。あたしを慕ってやがる。妹萌えしてたケントとはエライ違う。と、とりあえず、アレだ、引き取れるか分からねえけど、色々手続きをしねえとな……」
あたしが、独身のあたしがけんとを引き取る? それは無理だろうな。恐らく身元引受人てのが現れるはずだ。それがケントにとって最善かもしれないが、あたしはケントが好きだった。変態野郎だったが、話しやすいし、絡みやすいし、本当に楽しい奴だった。……あぁ、何であたし泣いてんだよ……
正直、医師のあたしが身元の分からない子供を引き取って世話をするのは困難だ。それが例えあのケントだったとしてもだ。だったら諦めるか? いや、あたしは諦めねえ。ケント……あいつはひどく傷ついている。子供になっても、きっとさっきまで起きたことの記憶がふと甦ることがあるかもしれない。
そうなった時、あたしがケントの心を癒やしてやりたい。そしてまた、お前と出逢いたいんだ……
今度は、きちんとお前と出逢うよ。なぁ、ケント、あたしが惚れた可愛いケント――




