シスエン~妹怨~
最終章
俺はこれからどうすればいいんだ? このまま朱里を迎え撃っても撃たなくても、子供のままなんだ。あれだけ頑張って……ん? いや、何故だろうな。後半はほとんど頑張ってないな。もっと妹たちと戦うはずだったんだが、俺が弱すぎて情けをかけられちまったのか。
もっと疑問なのは妹たちの異能力を全て得たとして、そのまま俺は元の20歳に戻っていたのかどうかだ。もう普通じゃいられない。そういう運命だったのか?
それとも10年眠って目覚めてればそうなるのか? 体だけは正直――か。心だけが10年進むことを拒んでしまった。だから、逆行することを望んだ……そういうことなのか。
全く、何でこうなったんだろうな。俺は普通の子供だったはずなのに……
「にゃ~~……」
ん? またネコか? 病室にどうやって入ったん……いや、お前は寧々子? いや、もう名前は違うんだったな。でも、俺の目は最初に出会った時のお前が見えてるぞ。
「にゃ……」
「って、真実の姿は確かに見えるけど、さすがに言葉までは分からないのか。そう万能でもないのか……ははは」
よしよし……可愛いなぁ。こうやって頭を撫でても逃げないんだから、小さい頃のお前そのままだな。俺がお前のことを気に入って通って、好きになったんだからしょうがないよな。
「俺は妹とかじゃなくて、一緒にいられればそれでよかったのに……何でこうなったんだろうな。お前への想いが結果的に、他の関係ない子たちに無駄に注がれちまっただけなのに……それだけなのに」
「……にぅ~」
「はぁ、嫌だ。子供に戻りたくねえよ……元の、バカみたいな俺に戻りたい……」
「フー……!! ウウウウウ……」
ん? あぁ、朱里が来たのか。いいよ、俺の為にそこまで怒らなくても……
「兄様は生きることを諦めた? それだとつまらないですね。どの道、兄様は消えてしまうけど、憐れすぎるしボクが消し去ってあげます」
「……朱里か。お前が俺を消し去ってくれるんならそれでもいいかな、もう。このまま生きても俺が俺じゃなくなるしな。誰も傍にいないし、味方も敵もいない世界だ……」
「そうですか。分かりました。では、ここで永遠の眠りにつかせてあげましょう。ボクの傍で――」
永遠の眠り? いや待てよ。朱里の姿をこの目で見てみてから決めるか。真実の瞳で俺は朱里を見た。
残滓そのものなんじゃなかったのか? どう見ても、お前。その辺の女の子いや、カナタか? 何でだ!?
「あははっばれちゃった? そうですよ、わたし彼方がお兄さんを縛ってました。最初にわたしは言いましたよ? あなたのことは全て知っていると。そして、全てが終わったら後悔するとまで」
「ええっ? いや、だってあれ……お前が1人目の妹として俺を諭してくれたり、能力くれたり、そもそも怨みとかどうでもよくて『妹』扱いされたかっただけって言ってたよな?」
「ええ、そうです。わたしは普通の子供です。そして、ケントさんも普通でした。でも、わたしはあなたの『妹』になり損ねたんです。ケントさんは一人っ子。だけど、本当はわたしが後から生まれるはずでした。つまり、あなたの妹として」
「え? そ、そんなの初耳だぞ? 俺の両親は何も」
「そこのネコ。つまり、ケントさんと出会った女の子。その子に出会えさえしなければ、ケントさんが道に迷ってさえなければ、このネコと、呪術師に出会うことも無かったのに!! わたしは生まれたのに! どうしてあんな約束をしたんですか! 子供だからってあんな約束をするなんて」
「だってガキの頃なんてそんなもんだろ。可愛かったんだよ、この子が! それだけだ。それがどうしてお前が生まれないことに繋がるんだ?」
「約束したのはこの子にでは無くて、呪術師ですよね。『ぼく、お兄ちゃんになってずっと守ってあげる』と。一生、この子の兄でいてあげてね。そして常に、傍にいて『妹』を守って。って言われて、それを守ってしまった。そこからケントさんには呪いがかけられたんです。そして、わたしは魂ごと拒まれた……」
ということは、全ての元凶は呪術師ではなく、俺なのか!? 俺がこの子のいるあの場所に迷ったせいでカナタが生まれなかった……そ、そんな馬鹿なことってあるのかよ。
「そ、そうだとしても何でそこまでになる? そして、何で他の関係のない子たちを巻き込んだ?」
「関係はありますよ。あなたとの関係がね。彼女になりたくてもなれなかった怨み、想い、結構辛いんですよ? あなたは単に妹として扱っていましたけど」
「そこまで……か。ってことは、『妹の怨み』は、カナタ……お前自身。……全てお前だけの怨みだったってことなのか? でも今は、そこに存在してるじゃないか。だったら」
「ケントさんの目はやっぱり節穴だらけですね。真実の目で見えてるだけであって、わたしは生まれて来れなかったって言ってるじゃないですか。この身体は朱里、いえ、無関係の女の子ですよ。ここの病室でどうしてずっと眠っているのか気付きませんでしたか?」
「……え」
「原因不明の難病です。死んだも同然なんですよ。そして今は閉鎖されている。もう、亡くなっています。オカルトですよね。死者の魂がない身体に入って会話するなんて、わたしも罪が深いです……」
ああ、だからここだけ離れ小島みたいになってるのか。医師も西川先生しか来なかったしな。最後まで直接、朱里の状態で西川先生と話をすることもなかった。案外、気付いていたのかもしれないな。さすが伊達に年を食ってないよな。
「そんな難病な子と同室にさせたのは、もちろんわたしの指示です。たかが足をケガしたくらいで入院こそさせても、レベルの違う人と同室なんてありえません。頭はやっぱり悪いままなんですね、お兄さん」
「おいおい、そりゃあないだろ。もしかしたらアニキになってたかもしれないのに、兄をディスるのか? お兄さんは悲しいぞ? 泣くぞ、本当に」
「ふふ、やっぱり憎めませんね。妹としての怨みは強いままですけど、おバカなお兄さんは許してあげるしかなさそうです。こうして、お話が出来るのも思い出ですし、最後ですからね……」
「ん? 最後最後って、今度こそ消えるのか? 妹としての怨みを残したままでか?」
「ええ。妹の怨みは消えないですけど、それを知らない子供に残すのは違いますから。おバカで、どうしようもなくて、優しくて、そして一途なケントさん。出会えてよかったです。私たちは消えます。この子の体と共に……そして最後に助言です。このネコさんと最後に素敵な時間を過ごしてくださいね。応援してます。最後の呪いを解いて上げて下さい……それじゃあ、ケントさん『さようなら』」
「お、おいっ!? って……何もない。影も形も――」
あぁ、もうすぐ朝か。でもそんなのは関係なしに消えちまった。知らない子供に怨みは残せない、か。俺はもうすぐ消えるのか。今の犬人としての思い出、記憶、人生。全て消えちまうのかよ。
「にゃ……」
カナタはその子の呪いを解けって言ってたが、どういう意味だ? 消える前に分かるように教えて欲しかったな。俺ももうすぐ消えちまうってのに。呪い……うーーーーーん分からん。こういう時に頭の回転が速ければなー何でこう、顔だけは無敵なんだよ。腹いせに自分の顔を壁にぶつけた。
「いってぇぇぇぇ……あれ? 痛いぞ? な、何でだ? 顔だけは最強の筈じゃ……ま、まさか」
壁に顔をぶつけた俺はものすごく痛かった。カーテンで仕切られた病室は暗くて良く見えないし、握力も上手く入らないでいる。そして、ネコはそのまんまネコにしか見えなくなっている。ま、まずい。そろそろ俺も終わるのかよ。
カナタは妹たちの残滓ごと消えた。つまり、妹の能力も残さない。俺だけがその能力を持ったままになるわけがないってわけだ。後はこのネコの呪いを解く……?
俺には分からねえよ。どうすりゃあいいかなんて。頭を思い切り掻きながら両手で抱え込む俺。すると、ネコが俺の元にすり寄って来た。まぁ、ネコだもんな当然か。ん? 腕輪を爪でカリカリしてるな。爪とぎか? 腕輪……? ん? そういや、この腕輪だけは貰い物だったな。しかもすでに消えた呪術師の……
もうこれしかないな。どうせ俺自身が消えちまうんだ。効力の消えかかった腕輪は必要ないだろ。俺はずっと外すことの無かった、腕輪を外した……腕輪は見る影も無く、灰となって消えた。
「……? 何か変わった……か?」
「(ケントくんがこんなに近くにいるのに、わたしはネコの姿のままなんてあんまりだ。もうあの女は消えたのに。やっぱり、ケント君自身が気付かないと駄目なのかな)」
「あなた、その姿は真実じゃないよね? 分かるよ。私は夕映っていうの。そこにいるケントさんの付き添いなの。彼の事、気になってるし好きになりつつあるわ。でも、きっと叶わない」
「(え? どうしてわたしのことが視えるの? それにケント君のことも。これから何が起ころうとしているの? でも何かが起こってもわたしの力では何も出来ない……)」
「あなたはケント君の大事な人だったのかな? うん、きっとそうだよね。分かるよ。だったら、ネコさんは、機会を待ってて。そして、最後にケント君からあなたを解放してもらうしかないよ。頑張ってね」
「(え、あ……ありがとう。彼女は異能力者なのかな? よく分からないけど、全て見えているって顔してたし、悲しそうな表情も。ケント君はやっぱりモテるんだなぁ)」
腕輪を外し、ものすごく久しぶりに腕輪を付けていた肌は正常に戻った気がする。それと同時に、俺の体は徐々に縮んできているような感覚だ。もうすぐ俺が俺じゃなくなるということか。
「ケントくん――」
「え」
俺に残っている記憶、幼き頃に出会った女の子の記憶――
「わたし、ケントくんの『妹』になっちゃったけど、わたしだよ」
「ねねこ……いや、名前は今から付けるよ……キミは咲楽。そう、さくらだよな」
「さくら。うん、いい名前貰っちゃった。嬉しい! 会いたかった。会えて嬉しいよ、ケント君」
ああ、最後の賭けに出て良かった……腕輪か。そう言えばかつての寧々子に直接着けてもらったのが腕輪だったな。アレが発動条件だったってことか。そしてそれが永遠に続く枷に、か。
そして――中犬人としての記憶はここで終わりを告げた――
「ふふっ、ケントくん、まるであの頃の姿に戻って来ているね。わたしと初めて出会った時みたいに」
「うん、そうだね。初めて会った時。それは、いつなのかな? もう分からないよ。僕はケント。キミは誰?」
「ケント君はわたし、さくらのこいびとなの。好きだよ、ケントくん。大好き……」
「えっ? あ……さくらちゃん? だれ」
わたしは記憶も失い、身体も10歳に戻ってしまったケント君を優しく抱きしめた。出会った頃は9歳だったケントくん。でも、記憶も体も、今は何歳なのかなんてどうでもいい。生きていてくれた。最後に犬人くんとして話が出来て良かった。これで、わたしは悔いなくネコに戻れることが出来る。もう、十分すぎる思い出を貰えたのだから――
「おい、ケントぉ! 病室使いすぎだぞこらぁ! って、あれ? 子供が一人……?」
「お姉ちゃん、だれ?」
「えっと、ボクは何でここにいるの? ここに男の子と女の人がいなかったかなぁ? あ、ボクのお名前は何て言うのかな?」
「ボク、ぼくは……けんと」
「えっ? け、けんと!? ま、まさか? いやでも、んなアホな。夢でも見てんのか? でも何となく面影があるようなないような……ケントか。うーん参ったな。あたしがけんとを引き取るか? 親とかどうなってんだ? 仮にこの子があのケントだとすると、やはり家なし子だよな。望んでた舎弟じゃねえけど、結果的にケントがあたしの元に来たのか。ぬぅ……」
くいくいと弱い力であたしの白衣が引っ張られている。間違いなく子供だな。
「お姉ちゃん? どうしたの」
「えーと、そ、そうだね。けんとくん。わたしはミオ。けんとくんのお姉さんだよ」
「ミオお姉さん? うん、ミオお姉さん、ぼくはけんとだよ」
「うあああーーーか、可愛すぎんぞ。あたしを慕ってやがる。妹萌えしてたケントとはエライ違う。と、とりあえず、アレだ! 引き取れるか分からねえけど、色々手続きをしねえとな……」
「……これからよろしく――」
「ケント君、また、わん君に会いに行くからね。それがわたし、鈴音の最後の転生――」
シスエン~妹怨~ 終わり




