朱里(しゅり)と木葉(このは)
自分の最強な部分が仇となって、まさか足を怪我することになるとは思いもしなかった――
……顔だけは何が当たっても、殴られても変わらない能力を得ている俺。しかし、それ以外の部分は生身の状態だ。つまり、弱いままだ。
視界の能力そのものに期待していたのだが、夜でも昼と変わらない状態で見ることが出来るこの能力は、妹たちに対しては有効であって普段は通常と変わらないのが残念なところだった。要するに視力が上がって遠くまでハッキリ見える……ということではなかった。
基本的に夜に襲ってくる妹たち。そういう意味では使える能力なのだが、木葉の能力には全く関係が無く、これから出てくる妹たちが夜に出てくるかと言えば微妙だ。
現時点で使えそうな能力は、力だけだ。俺は異能力者!? 否、弱いままですよ。
顔に直撃した鉄骨は顔には刺さらずに、足に突き刺さり、見事に怪我をしてしまった。そして今、病室に無理やり入院させられているわけだが。
同じ病室にはどう見ても俺よりも重度の患者さんである次の妹らしき女の子が眠っていた。何故、同じ病室にさせられたのか全く持って不明だ。
俺としては、すぐ近くに妹がいる方がいいわけだが……しかし、この赤い色の髪をした朱里ちゃんはどうやったら目を覚ますのだろうか?
それとも目を覚まさない方が俺にとってはいいのか? などと考えに考えを巡らせていた。
「ケントくーん。起きてる~? 朱里ちゃんに何もしてないよね? してたらシメてやるけどぉ」
「相変わらず、ネコ被りが出来ない自称美人看護師ミオせんせーの登場だ」
「はぁ? 聞こえてますよ? どう見ても美人だろうが! ケント、いつかお前の口から姉さん素敵です! って言わせてやんぞこらぁ!」
「わー素敵デスネーカッコイイデスネー! キャーキャーサイコーサイコー!!」
「コロス……」
「ひっ!?」
「……とまぁ、じゃれ合いはこれくらいにして、どう? 足の具合は」
今のがジョーク? 嘘をつくなよ嘘を。目が完全に居座ってたじゃないか。やはり元ヤンというのは伊達じゃないな。隠そうともしない殺気がひしひしと肌に突き刺さって来る。
「足、痛いっす!! ……泣きそうです。お姉さんの胸で泣きじゃくって白衣を汚していいですか?」
「お? 来るか? 来ていいぜ? 妹じゃなくてお姉さんに変えたか」
ミオセンセーは、両手を広げ胸元を少し開けて俺が飛び込むのを待っている……だが、この胸に勢い余って飛び込んでしまえば、俺のこれからは最悪な物となるだろう。
「いえいえ、結構です。まぁ、生まれ変わったら姉に萌えるかもしれないですが、今は無いんで」
「このガキ……! んんっ、少し言葉が悪すぎましたわ。ホホホ……」
もう遅い。本性出しまくりだ。何で俺にはこういう態度なんだ? 他の先生や看護師、患者にはネコ被ってるくせに……もしかして、気を許してるとでもいうのだろうか。いや、無いな。
「ま、足は痛いですけど俺は朱里ちゃんの方が心配なんですよ。どうすれば目を覚ますのかな、なんて」
「ケントお前……マジで、キモイのな」
「いや、真面目っすよ? だって、ずっと眠ったままなんて可哀相じゃないですか! 俺、変な意味じゃなくて何とかしてあげたいって思ってるんですよ」
「んーー……それが分かれば医者なんていらないよね。あ、でも簡単と言えばコレかな。眠り姫にキスをするとあら不思議! 長年の眠りから覚める!! てやつ。ま、ありきたりすぎだね」
「キスっすか? それなら今すぐにでも……」
「おい。お前いくつだ?」
「えーと、確か今は……26に戻ったばかりですね。もうすぐ20に戻る予定なんすけど」
「お、お前……足だけじゃなくて脳もやられてんのな。ううっ……可哀想な子……ここはお姉さんが何とかしないと駄目かも」
「いやいや、マジっすよ! とにかく今は26ですけどそれが何か?」
ミオセンセーは何故か握りこぶしを作り、息を吹きかけて、その場でパキポキと指を鳴らし始めた。一体、何をするつもりなんだ?
「てめぇ歯ぁ食いしばれよ? オラァァアァ!!!!」
ミオセンセーは思いきり俺の顔を殴って来たらしい。当然だが、俺は痛くもなんともない。
「へ? 何かアタシの拳……というか手が思い切り痺れてるんだけど……ケントの顔はアレか? 鉄板入ってんのか? それ反則すぎんだろーー」
顔に鉄板ってむしろどうやって入れるのか興味あるな。
「顔だけ最強なんで、すんません。……で、何で殴ったか聞いていいですか?」
「犯罪野郎には鉄拳制裁が基本だろ? だから殴ったまでだ……うぅっなのに何で……」
殴ったミオセンセーは泣きそうになりながら、殴り終え赤く腫れあがった拳にふーふーと息を吹きながら俺を睨んでいる。
「俺、年齢はあれですけど、助けられる手段が王道のキスならやりますよ。そこらへん、見逃してもらえないっすか?」
間違いなくキスで起きると思うが……
「(ふふっ、兄様は面白いですね。キスでボクを目覚めさせる。でも、例え解呪方法がキスじゃなかったとしても、ボクは兄様のキスで無理やりにでも目を覚まします。だから、ドキドキしながら待ちます。兄様)」
「ほう? じゃあ賭けるか? ケントのキスで目覚めたらアタシは何も見なかったことにする。だが、何も起きなかったら、腹を殴る。そして、アタシの舎弟に決定な! もう妹萌えとか言わせねえ。それでどうだ?」
腹か……腹は弱いからなぁ。嫌だなぁ。舎弟って何だろう? 妹萌えってことを言葉にしなければいいだけだよな? よし、問題ないな。朱里ちゃんならきっと起きてくれるはずだ!
「いいでしょう。でも医者が患者を怪我させたらまずくないですか? 足はともかく、腹は言い訳できないでしょ。その辺は平気なんですか?」
「自信あるんだろ? だったらまずはケントの男を見せてみろよ。朱里ちゃんにキスして目覚めさせればいいだけだ。目覚めなければ、そん時はそん時だ」
この野郎……じゃなくて、この年増が! やってやろうじゃねえか! 俺をなめるなよ?
ということで、俺はミオせんせーが後ろで見守る状態で、朱里ちゃんの顔の近くまで来ている。いざここまで来ると、何だか緊張してしまう。しかも人が見てる前で女の子にキスをするとか。
「おう、どうしたのかなケント君は? もしかしてびびってんですかぁ? 妹萌えとか言ってるくせにキスも出来ないのかなぁ……くくっ」
「じょ、上等だこらぁ! 男には男の準備ってもんがあるんだよ! もっとこう、雰囲気を出して優しく……」
「めんどくせー野郎だな。ちっちゃい女の子にムードも何もないだろうが! 早くやれ!!」
「くっ……朱里ちゃん、目を覚まして……」
俺は優しく、眠っている朱里ちゃんの口に軽くキスをした。
「(兄様、ボクは……2人きりの時がいい。どうしてこの人が居る前で目を覚まさせるのですか? ボクは、雰囲気作りをしてくれることを期待しています。どうか、兄様)」
「なぁ、ケントくん。覚悟はいいか?」
「ちょちょちょ……お待ちいただいてよろしいですか? おかしいなぁ? あっ! あの、言い訳でもありませんが、恐らくは、ミオセンセーが見てるからだと思います」
「へぇ……? するとアレかな。アタシが見てなくて、いない状態? つまり、ケントとこの子が二人きりなら起きるってことかな? で、そうだとしてどうやって起きたかどうかをアタシが分かる?」
「モニターで見るというのはどうでしょうか? それならわか……」
「バカか、お前は! モニターでアタシ以外が目撃した途端、お前連行されんぞ? キスの件は、アタシだけがいいって言ってるだけであって、他の先生はそんなことすら許さねえぞ。強制退院だ」
くっ……どうすればいいんだ。間違いなくこの子は俺と2人きりじゃないと目を覚まさないと断言できる。今までの経験が俺にそう教えてくれている。
「あ! じゃ、じゃあこの子が目を覚ましたらナースコールします。それなら大丈夫ですよね? というか、それだけでも大騒ぎになりそうですが。ど、どうすか?」
ミオセンセーはしばらく黙り込んで何かを考えているようだ。この人のことだから、きっとよからぬ企みを考えているに違いない。それに賭けるしかない――
「……分かった。絶対コールしろよ? 今晩中に目を覚まさせろ! それなら勘弁してやる」
「ありがとうございます!」
って、何でそんなことを言わなければいけないんだ。今晩中かよ! 何でそんな急に……
「よし、じゃあ俺……じゃなくて私は戻りますね。うふふっ……楽しみね。ケ・ン・ト、くん……」
不敵に笑いながらミオセンセーは部屋を出て行った。何であんなのが医者なんだろうな……
「(兄様。安心してください。ボクは兄様のキスで目を覚まします。そして手始めに……手始めに、ボクは彼女を消して見せます。きっと、ボクの元へ来るはずだから)」
「朱里ちゃん? お、起きたかな? 起きるかな? ど、どうでしょう」
「あ、兄様……? こ、んにち……は」
あぁ、やっと会えた。本当はキスなんかしなくても良かったんです。でも、その気持ちがボクは嬉しかったです。
「おぉ? 朱里ちゃん……目覚めたんだね? よ、よかった。嬉しいよ」
「ケント兄様。初めまして……ボクは朱里です。この時を待ってました」
「俺を待ってた? も、もしかして10年も? なわけないかな~あはは……」
朱里ちゃんはニコっと口元を緩ませて、その通りです。と、頷いた。マジかよ……俺と同じ時を眠りながら過ごしていたというのか?
嗚呼、こうしちゃいられないな。ナースコールして証拠を見せないと。
「兄様、それを押さなくても、この部屋にもうすぐ来ますよ。彼女が」
「え? 待ってたのか……マジか。ミオセンセーはマジでやばいな」
そう思っていたが、朱里ちゃんはいつの間にかベッドから起き上がっていて、俺の傍に立っていた。
「……兄様はボクが守ります」
「へ? あ、うん」
部屋のドアの前にはミオセンセーの影が見えた。が、すぐに見えなくなったと思ったらすでに部屋の中に入っていた。嘘だろ? 素早すぎるだろ……。
「朱里も目を覚まさせたんだ? お兄ちゃんは抜け目ないね。ふふっ」
「ん? もしかして……」
「兄様。すぐに沈めます……そこで見ていてください」
「ふぅん? 朱里がわたしを沈めるの? 出来るのかな。目覚めたばかりのあなたに――」
なるほど。ミオセンセーに入っているのは木葉か。深夜だもんな……そりゃそうか。
「兄様からキス……をもらいました。これでボクは怖いことなんてない。木葉は、ここで消します」
そう言うと朱里ちゃんとミオセンセーの体のまま、木葉は部屋から姿を消してしまった。ええ? ど、どうなるんだ。木葉は相当危険なはず。勝てるのか?
「朱里、何でお兄ちゃん。いや、犬人を助けようとする?」
「兄様はボクの大切な人。理由なんて……ない」
「あの男を助けたってどうせ最後は……」
「木葉。暗く、深く、黒い地へ……堕ちて下さい。あなたはそこから這い上がれない……そこで、結末を見ていてください――」
朱里の言霊と同時に朱い髪が木葉を締め上げ、木葉から何かを吸収している。締め上げられた木葉は手足の自由を失い、身動きが取れずにいる。
「……力が……抜け……グググ」
木葉……残滓の力を多く取り入れた存在。人形……人の感情など持ち合わせていない。それなのに、何故、兄様を惑わす言動を繰り返す? ボクはそれが許せない……
「兄様。木葉を……僕が消します!」
「グググウ……お、おのれ――死者の分際で」
ボクの能力は、残滓の吸収。憎悪の量……木葉の残りカスはあまりに多すぎた。ボクは木葉の残滓を自分の中に取り込んだ。これでしばらく大丈夫のはず。
病室に一人取り残された俺は、何も出来ず何も分からずに結果だけを待っている状態だ。目覚めたばかりの朱里ちゃんか。ここに木葉が来るのを知っていて目を覚ましたのか?
「木葉を沈めるか。そこまで強いのか? 朱里ちゃんは……」
「兄……様」
朱里ちゃんが戻って来たみたいだ。だが、様子がおかしいな。木葉は倒したのか?
「お、おい朱里ちゃん? ど、どうした? 大丈夫か? って髪の色が銀色になってるぞ!?」
「兄様……木葉は封じ……ました。でも完全じゃ、ないです。ボクの能力は、まだ解放されてない……」
「完全じゃない能力で倒せなかったのか?」
「ボクは少し、眠ります。兄様……またあとで(後で、兄様も沈めますから……)」
ええっ? 朱里ちゃんどうしたんだ? 俺が無理やりキスで目覚めさせてしまったから力不足なのか。だから倒せなかったのか? しかも朱里ちゃんまた寝ちまった。うーーむ……
「ケントくーん? 朱里ちゃん、起きなかったみたいね。約束守ってね!」
「げっ……ミオセンセーか? いやっ、あの、さっきまで起きてたんですよ?」
「うんうん。分かってるよ。ケントくん、しばらく寝てろやごらぁ!!」
直後、俺は腹を思い切り殴られた。痛みを感じる前に、俺は自分のベッドにそのまま倒れ込み、しばらく目を覚ますことは無かった――




