10.思い出は、塵となりて…
俺の職場にいる女性、妹をよろしくさん。もとい、妹尾志久さんが、自分の妹と会って欲しいと言い出した。聞けば、俺の高校時代の元カノで名前は未来。うん、覚えが無いな。
俺は過去に付き合ってきた彼女……というか妹たちのことをほとんど覚えていない。妹扱いしてきてるだけに、罪悪感もあるし何よりもフラれたショックが大きすぎて、記憶から消去しているというのが正しい。
それに追い打ちをかけているのが、10年の眠りだ。今は3年分の時を取り返して年も若返ったが、明らかに呪いの腕輪が関係している。少なくとも、楽しい思い出なんかは覚えていてもおかしくないのだが、その辺の思い出がすっぽりと抜けている。いや、かき消されたと言った方がいいか。それに引き換え、妹たちは俺のことを覚えていて、その想いや思い出の差で襲ってくる時の行動が異なっているようだ。
「中さんにお願いがあるんですけど、妹……未来の姿を見て驚かないであげてくれますか?」
「それはどういう意味です? 実は男になってたとか!?」
「そんなことあるわけないじゃないですか! ……あの子は普段、夜の仕事をしているので昼間はほとんど出て来ないんです。なので、あの……そういう外見ってことで認識をお願いしますね」
おいおい夜のお仕事、だと!? ま、まさかアレか? 男の欲望を抑えてくれるそっち系? いやいや、今や夜は色んな仕事があるじゃないか! 俺の警備も夜だし、コンビニ、飲食、その他もろもろだ。
というか、仮にも俺の元カノが男のエロさをアレする方にはなって欲しくないな。頼む、間違いであってくれ!! 絶対違うはずだ。
俺は妹尾さんの指定した喫茶店に、昼の11時頃に入店した。
「中さーん、こっちです!!」
恥ずかしいので呼ぶのやめてくれよ。マジで空気読めないんだな姉の人は。
「あ、ど、ども。こんにちは……」
昼間に会うのがそんなに恥ずかしいのだろうか。妹尾さんの妹……未来さんは、全身真っ黒な服装にサングラスを着けていた。夜のお仕事してるからやはり、あっち系の人なのか?
「中さん、この子が私の妹、妹尾未来です。可愛いでしょ」
「え、あ、はい。よ、よろしく。未来さん」
目元が見えないのに可愛いも何も分からんぞ。何考えているかも分からんが、妹尾姉がショートヘアに対して、未来さんは黒髪で長髪……しかもポニーテールだったので可愛いというか綺麗系だな。やはり黒髪にポニーは萌えるな。
「に、兄さん……お久しぶり……です」
未来と呼ばれているこの子は恐る恐る、サングラスを外した。どんな色の眼をしているかと思えば、何だ、普通じゃないか。しかも可愛い部類だ。というか、今、兄さんって言ったか? 確か俺とは高校の時に付き合っていたんだよな。そこから10年だから、今の俺の年齢より下……26くらいか。面影どころか記憶にないな。
「えっと、久しぶり。って言っていいのか分からないけど、実は俺、記憶が……」
「……はい。知って、ます」
ん? 俺の今の状況を理解しているのか? ってことはやはりこの子が5人目の妹か。
「中さん、何で私の妹に兄さんって呼ばせてるの? も、もしかして当時からマニアックな関係を?」
「い、いや、そういうわけでは。少なくとも志久さんが思っているような関係ではないはず」
ああっ、ウザいな。姉はいなくてもいいんだが。しかし、この子にとっては姉さんだ。そう邪険に出来ないか。だが、姉がいるとなると突っ込んだ話が出来ないな。どうすればいいんだ?
「兄さん。私は兄さんとの思い出、よく覚えていますよ。彼女として、妹として沢山、キスしてくれましたよね。何度も私の胸を……おかげでバストアップしましたし……愛してくれて嬉しかったです。でも、兄さんってそういうプレイがしたくて私と付き合ったんですか?」
姉のいる前でなんてことを言うんだこの子は! ん? そういうプレイって何だ?
「あーえーおー……プ、プレイって何のことでしょう?」
「私のことを妹と呼びながらその……上を主にまさぐりました……私は先輩のことを兄さん、と。もしかしなくてもアブノーマルな関係を望んでいたんですか?」
「断じて違う! 俺はそんな邪な思いで君と付き合ったわけじゃない。俺は単純に……」
「中さん、あの~私、しばらく外に行って来るので、未来のことよろしくね! じゃっ! またね」
俺と未来の会話を聞いていた姉の志久さんは顔を真っ赤にして、慌てて席を立ち、店から出て行ってしまった。もしかしなくてもそういう経験がないのか。何だか申し訳ないな。後で謝ろう。
「……で、続きだけど俺は、俺には人に言えない習癖というか何というか、子供の頃からそういう風になってしまったんだけど、俺と付き合う女のコは彼女としてじゃなく、妹として接するようにしているんだ。でも、やることはやるわけだから矛盾はしてるかもしれないけど、俺にとっては女の子は『妹』なんだ」
「――やはり」
「え?」
何だ? この子は何か知っているのか。俺が妹にこだわることになった経緯でも知っているような言い方だな。それに、俺に会いたがってた理由も知りたいところだ。
「なぁ、君、いや未来は俺に何か話したくて呼んだんだろ? その姿のことも……」
「……私は兄さんが10年眠り始めた頃から、陽の光を浴びては生きて行けなくなりました。これはきっと、呪いを受けた……そう感じました。兄さんに聞きますけど、今まで妹として付き合って来た女の子たちとは、体の接触はありましたか?」
「体の接触……いや、キスくらいは。というか、ガキの頃からしてたわけじゃない……未来だけだ」
「私だけ……そうですか。そこまで愛してくれてたんですね。私、心も身体も全て兄さんに預けていました。きっとその想いが誰よりも強すぎたんだと思います」
「呪いって言ったか? それはこれのことだよな?」
俺は今の今まで他人に堂々と腕輪を見せたことが無かった。恥ずかしい刻印のこともあるが、それを見せたところで何かが変わるわけじゃないからだ。
未来は俺の腕輪を見ながら、刻印の所もまじまじとみつめている。
「間違いないです。私の呪いは兄さんが受けている呪いの一部を貰ってしまっていると感じました」
「理屈が分からんが、その、俺と何度も唇を重ね合わせたことが未来にも影響を及ぼしている。ってことで合ってるか?」
「そうです。私、兄さんが眠ってからずっと夢の中でも想い続けていました。そして願ったんです。私を置いて行かないで!! と――」
「そ、そうか。しかし俺だけならともかく、妹にまで影響と言うか迷惑をかけているとはな。夜は平気なんだな? それはどういうことなんだろうな……」
「兄さんは今まで遭って来た妹たちとはいつ遭いましたか? 全て夜ではなかったですか? 昼間、彼女たちは姿を現わしません。いえ、それは出来ないからです」
何? 夜だけ現れていただと? 彼方は幻の家の中、鈴音は夕暮れから。双子は深夜だったな。……そ、そうか!
「そうか、そうだったのか。しかし、君は出て来れているじゃないか」
「それで平気かと思っていましたが……じ、実は、体が焼けるように熱い、です……」
「お、おいっ!? ど、どうすればいいんだ……」
未来は、はぁはぁと息を切らせながら苦しそうにしている。
「に、兄さん……わ、私に触れてくれませんか?」
「えっ? ふ、触れるってどこに……」
未来は心臓の辺り……胸の辺りを指している。これはもう、やるしかないな! 俺は、腕輪を着けている方の手で未来の胸に触れた。俺は遠慮なく優しく揉んであげた。って、おいおいおい!? こ、この熱さはシャレにならないぞ? もしかして俺が来る前からこういう状態だったのか?
「み、未来……お前、この体の熱さは何だ!? 火傷しそうなくらい熱いじゃないか!」
「……ん……ひ、昼間はこう、なの……」
未来のカラダは全体的に熱く、火照った状態。例えるなら茹でガニのような……いや、それよりもどうするべきなんだ?
未来の胸に手を置いたまま、迷いに迷っていると外から妹尾姉が戻って来た。何でこんな時に! って、俺も急いで手を離さないと。
「ふぅん……まだ、貰ってないんだ?」
何だ? 様子がおかしいぞ。苦しいんでる妹を見ようともしないで、俺に話かけてる?
「お兄ちゃん、早く能力を回収しないと、未来さん……溶けて消えちゃうよ?」
何? お兄ちゃんだと? 何故姉にお兄ちゃん呼ばわりされなければならんのだ。だがことわ……いや、この口調、まさか……? さっきまで普通に客もいたはずなのに、突然店内から人の気配が消えた――!?
「お前……木葉か? どうしてお前が。いや、姉に乗り移ってるってことはそれがお前の能力だな? 姿を見せないと思ったらそういうことか。それよりも、回収? 溶ける? どういうことだ」
「もう分かってるよね。お兄ちゃんの呪いが未来さんを苦しめているって。だから、未来さんの呪いを回収するの。そうすれば能力が手に入るよ。それに……未来さんは夜しか出れないのに、お兄ちゃんに会うために無理して出て来た。これがどういうことか分かる? 熱で焼けて、骨まで溶けるの。早くしないといなくなっちゃうよ?」
や、やはり無理をして出て来ていたのか。そんな苦しい思いをしてまで俺に伝えたかったというのかよ。何でだよ? し、しかしこのままじゃ未来が危ない……
「どうすれば……?」
苦しそうにしている未来を見ると、彼女の指先は俺の口へ触れて来た。な、何だ? 何を……
「――あ」
「正解! 当然だね。お兄ちゃんと未来さんは誰よりもキスを重ねて来た。それなら、最後もキスで終わらせてあげなきゃ!」
「……最後? 俺がキスするとどうなるんだ……」
「もちろん、未来さんは普通に戻るよ。あとはお兄ちゃんとの思い出、記憶、全て消えるの。でも、問題ないよね? お兄ちゃん、未来さんの事、覚えてないんだし」
確かに俺は未来との思い出はおろか、キスを重ねたとか、バストアップの協力をしたとか、記憶には残ってない。しかし、せめて未来が覚えてくれてれば……そう思ってた。それが消えるというのか。
「くっ、くそっ……」
「早く助けてあげてね。そしてもっと能力を手に入れてね、お兄ちゃん。じゃあまたね……」
言い放った木葉が、体から抜けた反動か、妹尾姉の体が崩れて席のソファに倒れた。やるなら今しかないのか。
――許してくれ、未来。俺は未来の前髪を手ですかしながら、未来の唇に近付く。
「未来、ごめんな……これで終わらせるから……」
俺は未来と唇を重ねた。体の熱さも相まってるせいか、吹き込んでくる息が熱い。
「に、兄さん……好き……だよ」
「俺も、好きだ……」
互いに言葉を交わしたのが最後ともいうべきか、直後に未来は気を失った。熱かった未来の体は平熱のような体温に戻ったように感じる。治った……のか。
同時に、俺には新たな能力が宿ったような感覚を覚えた。今の時点ではどういう能力かは分からない。だけど、確かに彼女が宿していた能力は俺に戻された。それは間違いない。
少しして、妹尾姉が目を覚ました。
「うーーん……あれ? 私、どうして店内で寝てたの? 恥ずかしいな。あはは……って、未来? この子、どうしたの? ま、まさか中さん……」
俺と彼女の話を途中まで聞いていた姉からしたら、俺があの後に何かしたんじゃないかという疑念の目を俺に向けている。だけどそれは……
「あ、いや……」
誤魔化そうとした時、未来が目を覚ました。
「……ん……あれ、お姉ちゃん? どうしたの? 私、どうしてお店の中にいるの?」
「何言ってるの。中さんに会いたくてここに来たんじゃない。高校の時の先輩、目の前にいるよ」
「……あの、どなたですか? 姉とはお知り合いなんでしょうか……」
「――っ」
「な、何言ってるの? あんたの元カレで、高校の先輩よ! あんなに会いたがってたじゃない」
「そう、なんだ……ごめんなさい。わたし、何も覚えてなくて……でも不思議な事に何だか体がとても軽い感じがします」
ああそうか。やはり何もかもが消去されちまったのか。呪いも消えて、体も治ったみたいだな。それなら俺は、もう、何も……くっ、ううぅ……
「泣いて、いるのですか? 何があったか分かりませんけど……元気、出して下さいね」
「あぁ、うん……大丈夫。ありがとう、未来さん」
「中さん、元気出してね。妹のこと、ありがとう。また仕事で会いましょうね! じゃあ、また」
気まずくなったのか、足早に店を出て行く妹尾姉。そして――
「中さん。あの、ここで何があったのかなんて覚えていないですけど、でも、ありがとうございました。では、また……」
深くお辞儀をして、未来も店を出て行った。覚えてなくてもお礼、か。彼女らしいな。俺は初めて現実での妹を記憶の消去と共に失った。呪い、か。俺の罪はどれほど重いのだろうか。
木葉の存在、そしてこれから出会う妹たち。考えるだけで心苦しいが、くじけずに新たな妹たちとの出会いに期待しながら店を後にした。




