9.シスターズ【後編】
はぁはぁはぁ……お、俺の家……どこだ……?
叔父さんからもらった家までの地図ははっきり言って、字が汚すぎて読めなかった。近くまで来ているのか来ていないのかすら判断出来ずに、ひたすら辺りを走りまくっている。おまけにマンション建設予定っていう看板は至る所にあって、特定出来ずにいた。
気付くともう何時間も彷徨っていて、夕暮れが近くなっていた。ただでさえ、記憶が曖昧で場所も分かってないのに、薄暗くなってきたんじゃどうしようもないじゃないか。もしかして自分の家にすらたどり着けないんじゃないだろうな?
こんな時になぜ俺はケータイを持っていないのか……色々ありすぎて買う機会を失ってしまったってのが理由だが、無くても妹が自動的に姿を見せてくれるから必要ないといえば無いけどな。
ん? どこかから音が聞こえて来るような……建設現場の金属音か? こんな遅くまでやってるもんなのか。それにしては音が半端なくデカいな。
……んなわけないか。もうすぐ夜7時くらいだしな。現場にいる人間も帰る頃だ。ってことは、俺に家の位置を知らせてくれてる親切な誰かがいるってことだよな。まぁ、薄々は気付いているが。
こ、ここが俺の家……なのか!? 叔父さん……全然原型留めてないじゃねえかよ! 骨組みってか、思いきり鉄骨組立て中なんすけど! 分かるわけねえだろ。
俺の家は、工事現場でよく見るようなシートで覆われてて解体途中だった。カギをもらったが、無くても入れるレベルだった。
さて、と入るか。ここが玄関か? まさか崩れて来ないだろうな? 思い切り不安だ。そろりそろりと足の力を抜いて玄関から家の中へ入ると、予想通りだが彼女(妹)が出迎えてくれていた。
「君は雫ちゃんだな。ここを教えてくれたのもキミだろ? ありがとな」
「……ん」
「木葉ちゃんは来ていないのかな?」
ふるふると首を左右に振っているだけで返事なしか。双子って聞いてたが仲は良くないのか? どうやらこの子は俺に味方してくれているようにも思えるが、あの子は明らかに俺に憎しみを抱いているようだしな。
雫ちゃんに手を引かれながら、俺の部屋だった場所にたどり着いた。あぁ、うん、ほとんど破壊されてるな。ううっ、俺のコレクションが粉々になってるなんて、あんまりだ……。
さぞ俺の親は触れたくなかっただろうな。せめて俺が眠っている間に枕元に置いておくとかして欲しかったぜ。あぁ、でもすぐ海外に飛んじまったんじゃ無理か。それに俺が眠っていた所が普通の人間が入れたかどうかは微妙だしな。仕方ないか……
俺の秘蔵コレクションのほとんどは形を成していなかったが、唯一、まともに残っているものがあった。それが、双子シリーズ。そうか……和服の妹、雫か。
「キミ……いや、雫はどうして俺にキスとか、その、ここまで案内してくれたの?」
「すごく……可愛がってくれた……雫、覚えてる……犬人はフラれた後、必ず……わたしを抱きしめた。一番」
「マジかーーー!! え、俺、フラれた後にそんなに君を抱きしめてたの!? まるで覚えがないぞ? いや、むしろ忘れたままでも良かったのに。ん……? そういやキスも? あぁぁぁぁ!!! うああああああ」
な、何て恥ずかしい奴なんだ俺は!! た、確かにぬいぐるみの子にそんなことをした記憶だけは鮮明に覚えているぞ。そんな記憶こそ完全に消去させて欲しかった――
「一番……して……くれた。アレは……忘れ……ない」
俺は寧々子に出会わなくなってから、大学に入るまでの間、何人もの女子と付き合ったりしてきた。しかし、結果は妹……以下略。
俺は何も本物の女子ばかりを妹にしてきたわけではない。叔父が店長なのは知らなかったが、ゲーセンでゲットした双子シリーズ……ネコのぬいぐるみのことだ。
さすがにキャラものの人形相手に妹として抱きしめてると通報されかねん。その中でも、双子のネコに忍装束と、和服を着せたぬいぐるみがお気に入りだった。和服に何か思い入れがあったわけじゃないが、いつも抱きしめていたし一緒に抱いて寝ていた。
さらにいうと、雫の言う通り妹扱いしてこっぴどくフラれて泣いて帰って来た俺は、忍装束の木葉ではなく、和服姿の雫ばかり抱きしめていた。キスというのは恐らく口というか、顔全体で抱きしめていたせいもあると思う。
そうか、まさかなぁ。ぬいぐるみにも妹の念が入っていたとは驚いた。まぁ、それが原因で泣きついてたり抱きしめてたから当然っちゃ当然か。あああ、不覚だ……
「いや、しかし……雫が俺に好意の念を抱くのは理解出来るんだが、木葉は何故だ? 俺は木葉にも抱きついてたし、可愛がってたはず……んん、いや、待てよ? ここには雫しかいないな。木葉のぬいぐるみはどこにいったんだ? 双子なんだから一緒に置いてあったのに。……ここに無いなんておかしいぞ」
「木葉は、浴室……の」
「浴室? げっ!? ま、まさか……」
嫌な予感がする。浴室は奥だったか? せめてソレが……残ってりゃいいが。
「あああぁ……そ、そうか。思い出した。涙と唾液で汚したから洗ってやろうとして浴室に持ってきて、そのまま置いたまま。そして俺は行方知れずになっちまったのか……ってことは10年以上も水の中に浸かっていたのか」
木葉と呼んでいた忍装束ネコのぬいぐるみは浴槽の中に沈んでいた。しかも、雨にも降られ、浮き上がることなく……たっぷりと水を含んでいた。こ、これは確かに憎まれてしまうな……
「犬人……雫を可愛いってありがとう……わたしの能力、あげる。わ、たし……満足……けど木葉、きけん。気を付けて、バイバイ……」
「あ、お、おいっ!」
雫と呼んでいた妹は、ぬいぐるみもろとも姿を消してしまった。あの子の能力って何だ? ん? もしや、破壊か? 俺は家の外へ出てから、試しにその辺の鉄骨を触ってみた。
「うぉっ!? 鉄がエライ軽いぞ! それに簡単に折れる。そ、そうか……力か。ようやく俺も強くなってきたのか。いや、でも……部分的すぎんだろ。相変わらず体は弱いし、体力も人並み、頭も……いや、これは言うまい」
とりあえずだ。雫ちゃんは消えちまった。木葉はどこにいるんだ。危険な能力と言ってたが、どんなやつなんだ。そもそも何故、姿を見せない。ここには現れないつもりか?
――仕方ない。もう夜だし、寮に戻るか。
「もっと力をつけておいてね、お兄ちゃん……」
※ ※ ※ ※ ※
しばらく自由に休めると思っていたのに、思いの外早く制服が届いてしまった。俺は警備の現場に戻ることになった。木葉は姿を見せていないままだ。俺は能力も手にして、年齢も27になったのだが、だからといって特別変わったわけじゃない。
どうやら思ったよりも木葉の俺への闇は深いようだ。はっきりと俺を倒すなんて言った妹はあの子が初めてかもしれない。
相変わらず、俺は深夜の現場に行かされている。その度に警戒をするようになったのだが、一向に姿を見せない。木葉のあの目……冷たく、俺を蔑んだ目は確かに危険な感じがする。とにかく、俺は警備を続けながら木葉が現れるのを待つ以外、なかった。
「中さん、最近また若くなったように見えますけど、もしかしてエステとかに行ってたりするんです~? いい店知ってたら教えて下さいね」
「え、あ……そ、そうですね。えっと、妹尾さんはこの仕事、長いのです?」
「いえいえ、そんなことないですよお。それよりも、中さん、お休みの日にご飯行きません? 美味しいお店、知ってるんです。どうですか?」
くっ……!? なんだこの偽の妹は。なんでこんなに親し気に話しかけてきやがる。いっとくが俺には妹が……いるわけじゃないが、妹しか愛せないぞ? なのに俺のことがもしかしなくても好きなのか?
……んなわけないか。まぁ、適当に話を合わせてるだけだしな。
「は、はぁ……まぁ、都合が合えば」
「それに……会わせたい人がいるんですよ。最初に中さん、私の名前を妹をよろしくさん。だなんて言ってましたよね? 面白いな~なんて、思ってましたけど。あれ、あながち嘘じゃないんですよ」
何……? どういうことだ? まさかこの女、妹を俺に紹介してくれるのか? そうだとしたら……
「あ、あの~……それはどういう意味なんですか? 妹さんがいて、俺に会わせたいと?」
「ええ、そうなんです! 私の妹……中さんと昔、付き合ってたって言ってて。一緒に仕事してるって教えてあげたら、久しぶりに会いたいだなんて言ってたんですよ。覚えてませんか?」
「……えっ? あ、あの……お名前は」
「私の妹の名前は、未来です。確か、中さんとは高校の時に付き合ってたって言ってました。確か未来が16で中さんが18の時です。年下がお好きなんですね。ふふっ……」
「名前が未来? 高校……?」
ち……単に俺のことが好きで近付いて来てると思ってたのに、まさか関係者かよ。偽の妹ではなかったのか。まさかと思うが、俺が警備員になるのも仕組まれてたんじゃないだろうな。
この女の名前が志久なだけに。いやいや、そんな馬鹿な。それにしても妹か。2つ下ってことは今は……いや、待てよ? 妹か。まさか現実に存在してる妹が5人目とかじゃないだろうな? それにこの姉も油断出来ん。とりあえず話を合わせるか。
「えっと、会えるもんなら会いたいもんですね。でも、すみません……実は俺、あまり覚えてなくて。俺、確かフラれたはずなんですよ。フラれた時点で記憶から消去してしまうので、正直言って妹さんの事は面影すらも覚えていない可能性がありますが……それでもいいですか?」
「え? あ、そ、そうだったんですね、ごめんなさい。そこまでは聞いて無くて……でも、一度だけでもいいので妹と会ってくれませんか? ど、どうですか」
1度だけ、か。どうする、会うか? 普通の妹なら適当に話をすればいいが、現実にいながら5人目だとするとどう相手すればいいんだ……。
倒すとか消すとか、そんなわけには行かないだろ。それに木葉のことも解決してないってのに。何だかな~急に難易度が上がりすぎだろ……だが、俺は時を戻さねばならねえ。この恥ずかしい腕輪といい、寧々子の母親と言い、逃げ出すわけにはいかない――
「分かりました。その妹さんに会います」
「ホントですか! 良かったです。では次の休みの日、空けといてくださいね」
「はい」
まさか警備の職場の人間に妹関係がいたとはな。上等だ! 5人目かどうか分からんが、妹か。会ってやろうじゃないか。少なくとも力では負けんし、顔も最強だ! やってやるぜ。
次の休日を利用して、俺は姉妹とメシを食べることにした。どう展開するか楽しみだ――




