旅立ち前
私は、渚の町を鬼の脅威から守る陰陽師の家、儀万家に生まれた。私の生まれた家以外にも、陰陽師の家はあったが、私の家ほど勢力はなかった。
私の家には,四つの分家がある。その家にはそれぞれ守り神がいるそうだ(といっても動物の神様だが)。
北に家がある「千守」家には「亀」が、西の「十時」家は「梟」、東の「百瀬」家には「兎」、最後の南の「一色」家には「狐」がいる。
分家に守り神がいるのだから、本家である私のところにも守り神がいるのかと思っていたけれど、なぜか守り神がいないようだった。
私が教育係の楪にどうしてか聞いてみたところ、「分家四つ全てに守り神がいること事態が奇跡なのにそれ以上何を望むのですか?」と言われてしまった。
守り神がいること事態が珍しいことらしい。
分家四つ改め、陰陽四家は当主になるには守り神を呼びだし契約を結べることが必須らしい。
どんなに優れた人でも、守り神と契約できなければ当主になることは出来ない。例外はないそうだ。
本家の当主は、陰陽四家の当主に認められた者だけがなれるので、時によっては本家に当主がいない状態が続いたこともあったと聞いた。
本家に当主がいないで困らないのかと思ったけれど、陰陽四家だけで京都を守ることは優に出来るそうだ。
ではなぜ、本家があるのか?というところだが、それは鬼の大将が本格的に攻めて来たとき、以前互角に渡り合えるのが本家だけだったからだそうだ。
陰陽四家はそれぞれ得意分野があり、人によってはそれ以外が普通以下だったり人並みには出来たりもする。
儀万家は当主として全盛期の状態であれば、陰陽四家に引けを取ることはない。
私は当主に成るための教育を受けてきた。
当主を決める時に候補が何人もいることは少ない。一人の子供をもうけて、その子を大切に育てる。
そして、その子が陰陽四家の当主に認められるとめでたく儀万家の当主となれる。
陰陽師の子供は少ない。特に名家と言われる家ならば一人か二人くらいだ。
子供が多いと目が行き届かないで、気が付いたときには鬼に食べられてしまっていた、ということ防ぐためだと言っていた。
陰陽師の力を持っているのだから、その力を使って子供を守ればいいのでは、と思うが鬼は基本陰陽師の子供を見つけたときに妖怪をけしかけてさらわせる。
陰陽師は鬼の気配には聡いが、妖怪に対してはそうではない。むしろ気が付きにくい。そういう理由で、子供の人数は少ない方がよいらしい。
儀万家に子が産まれると、きまって一色・千守のどちらかの次期当主がその子の護衛を務める。
一色家は陰陽四家の中で一番、武に長けている。一方で、千守家は結界術に特化していて、守りも堅く、臨機応変に対応できる。
どちらも護衛にはうってつけなのだが、此度は千守家に第二子ができ、その子の性別が女であったため千守家次期当主の瑞樹が妹の鞠の護衛をする事に決まり、私には一色家次期当主の雄実が付くことになった。
護衛は一生もので次期党首だった雄実が党首になった後も私が党首になった後もずっと変わることはない。
儀万家では女も男も両方同じくらいの確率で産まれてくるが、陰陽四家は違った。何故か男が産まれやすく女が産まれてくる確率は1割に満たないそうだ。
陰陽四家に女児が産まれてきたときは必ず陰陽四家の次期党首の内一人と結納する。陰陽四家に女が産まれにくいから次期党首の誰かと結婚させて守るという理由があるが、それだけではない。
女と陰陽四家の当主格との間に産まれた子に陰陽師の才を持った強い子が産まれやすいと書かれた文献がいくつもあったからでもある。
かなり昔には普通の人と契りを交わし子を産んだ者もいたそうだが、陰陽四家の当主格と結婚した時のものと比べると才能を持って産まれた子はかなり少なくなっていた。
鬼との攻防は昔と比べるとより激化している。鬼に負けないため、人が勝つためにいつからか陰陽四家に女児が産まれたら、自然とそうするようになっていった。
私は産まれてから一度も千守鞠にあったことがない。何度か千守家に訪れたことはあるが、そこで会うのは鞠の兄である瑞樹だけだった。
儀万家に女が産まれ、陰陽四家にも女が産まれた場合、それぞれを遭遇させることは生涯無いようにする、という暗黙の了解が儀万家と陰陽四家に有るそうだ。
過去に陰陽四家に産まれた女が思いを寄せていた次期党首の男は儀万家次期党首の女の護衛に任命されていた。
その二人はつきあいも長く親しげに話している様子は多かったがその様子を何度も見てきた女が、嫉妬にかられ儀万家次期党首の女を殺そうと考え、それを実行してしまった事件が何回もあったことから会うことは禁止されていた。
儀万家の女は襲われようとも、護衛の千守か一色がすぐに気がつき対応していた。
もし護衛が近くにいなくとも、儀万家は陰陽師としての力は群を抜いているので怪我を負うことはなかった。
一方で、計画を実行した陰陽四家の女は弁解する余地を与えられずに、処刑されていた。
私と鞠を会わせないように人一倍心掛けていた瑞樹が今はその必要がないのが、会わないようにと考えを巡らすことがなくなって楽にはなったがただただ悲しいと言っていた。
私は最近になって鞠と会う機会があったが、鞠の瞳は閉じられた状態だった。死んでいるのかと思ったが、そうではないらしい。どうやら、あることがきっかけで魂が体から抜け出てしまったらしい。
一度出てしまった魂が体に戻ってくることは非常にまれだ。だからといって、葬儀をするわけにもいかないから持て余してしまっているらしい。
瑞樹は「いつ鞠の魂が戻って来ても良いよう俺が当主の間は待ち続ける」と言っていた。
かれこれ七年の月日が経った。
以前は『次期』当主だった、雄実や瑞樹は今や『現』当主だ。その二人と十時家・百瀬家の『次期』当主だった柊律・薺もそうだ。
儀万家の次期党首は16歳になると陰陽四家の当主から課題が出される。
それらを達成し、見事認められたなら当主になれると昔から決められている。
陰陽四家はどれだけ才能があっても守り神に認められないと当主になれないのと同じように、儀万家もまた対象は違うが陰陽四家の当主に認められないと当主には成れない。
一つ違うのは、陰陽四家だと才能に恵まれたものと恵まれなかったもの両方が産まれるが、儀万家は才能有るものしか産まれない。これまでの歴史の中で万儀家に才能のない者が産まれたという文献はなかった。
もしかすると、才を持っていないと判断された者は秘密裏に亡き者とされてきたのかもしれない。
私は明日で16になる。旅は一人でやるわけでなく、教育係と護衛を引き連れていくそうだ。護衛とは言葉では簡単に言うが、陰陽四家の内の一つ、一色家の現当主、一色雄実が旅に付いてくるのだ。
現当主から課題が出されるのだが、護衛で付いてくるところの当主からは課題は出されず、陰陽師の長、儀万家の当主としてやっていける実力と人格があるのかを判断し、やっていけそうなら合格を言い渡す。
父は陰陽四家の当主たちに認められて儀万家の当主となった。そして母と契りを交わし私が産まれた。
私もまた同じことだろう。
課題を達成することができれば、私も婿を取り子を産むのだろう。