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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

卅と一夜の短篇 

Measure for Measure (卅と一夜の短篇第13回)

作者: 惠美子

 今は昔、男がいた。男は地主で、妻を亡くして一年ばかりだった。妻の遺してくれた娘と、使用人とで暮らしていた。娘はまだ子どもだったが、亡き妻に似て器量よしで働き者だった。家事や水汲みを厭わないし、小作人に相談事にも耳を傾け、帳簿の付けようも知っている賢い娘だ。地主の父親はお人好しが過ぎると言われているのとは好対照だった。

 男やもめが一年経てば、再婚を考えるし、周りも勧めはじめる。だが子持ちのやもめだ。若くて初婚の娘が相手の話はなくて、やはり向こうも再婚だ、初婚でも年齢が若くないだの器量に難があるだのの条件が付いてくる。地主は持ち込まれた縁談の中で、子持ちの未亡人を選んだ。一等若く見え、器量が良い女だったからだ。その未亡人は連れ子の娘を連れて嫁入りしてきた。連れ子は地主の娘の一つ年上だ。

 地主は再婚で華やぎ若返った。新しい妻は夫に愛想よく、継娘もよく懐いてくれて可愛らしかった。実の娘も新しい母が来てくれたことに喜び、お義母(かあ)さん、お義姉(ねえ)さんと呼んで慕った。

 話はこれで終わりではない。新しい嫁さんは働き者とは言い難かった。元々怠け者だったのか、先妻の娘が働き者なのが気に入らないからなのか、地主の女房としての務めを覚えようとしなかった。継娘も母親に性格が似ていた。

 地主は新しい嫁さんと可愛い継娘から慕われて楽しい毎日だったが、実の娘は使用人と一緒に家事や農地の切り盛りで忙しい毎日だった。

 それだのに嫁さんと継娘は、使用人や小作人たちが「お嬢さん」、「お嬢さん」と娘を頼りにするのが気になってくる。


「きっと私たちを役に立たないと思っているよ」

「自分がいい子だと自慢に思っているのに違いないわ」


 嫁さんと継娘は働かない言い訳のように、地主に言い続けていた。地主は嫁さんたちが可愛いが、実の娘を信頼していたので、聞き流していた。

 夏になると、ご領主様とその息子が領内の見回りに来ると報せが来て、地主の家でもてなす準備をしなくてはならなかった。

 地主と娘は麦畑や果樹園の見回りや小作人への注意、家の大掃除などてんてこ舞いだ。嫁さんと継娘はめかしこんでご領主様にご挨拶することしか頭になかった。流石に地主も苛立ったが、「私たちが恥をかいたら、あんたも恥をかくのと同じだよ」と言いくるめられた。

 嫁さんと継娘抜きで、なんとか見回りにお出でになる日までに準備が整った。

 嫁さんは先妻の娘をご領主様への挨拶に出させまいとした。


「ご挨拶はお父さんと私たちでするから、あんたは使用人たちともてなしの準備の為に家にいなさい。これはあんたの担当だよ」


 娘はご領主様にご挨拶する為の晴れ着を準備できなくて、いつもの服しかなかったのだから、悔しいがそれも仕方ないと従った。義姉は娘が刺繍を入れてやった服や帽子を身に着けているにとは口に出さなかった。

 やがてご領主様とその息子のご一行がやって来て、領内を見て回った。きちんと手入れが行き届き、この分だと良い収穫が見込めるだろうと地主はお褒めの言葉をいただいた。

 地主の家の庭の木陰にご休息していただく為の(しつら)えをしてあった。そこで地主のお嫁さんと継娘がご挨拶をして、もてなし役をした。


「おや、ここには確か別の娘がいたのでは?」


 ご領主様の問に地主は慌てた。


「ええ、おります。みっともない恰好をして、挨拶の仕方も知らないような娘で、奥に下がらせています」


 ご領主様の息子は継娘に目を留めた。その器量ではなく、身に着けている衣服にだ。


「綺麗な刺繍の服だね。これは自分で模様を入れたのかい?」


 継娘は澄ましたものだ。


「はい」


 と答えた。若様は安心したように続けた。


「それだけ刺繍の腕が良いなら繕い物など簡単だろう。袖をさっき引っかけてしまった。縫ってくれないか」


 できないとは言えなかったので、継娘はどぎまぎしながら承りましたとうなずいた。家の中に入って、お茶や食べの物のお代わりが要るのかと尋ねる娘に、針箱は何処? と乱暴に言った。針箱を持ってくる娘に、継娘は鈍間(のろま)と怒鳴って針箱をひったくって若様の所へと向かった。

 その怒鳴り声が外まで響いていたとは継娘は知らない。

 継娘はやっとこ針に糸を通して、若様の袖を掴むが上手くいかない。それどころか、針で若様の腕を突っついてしまった。


「本当は刺繍ができないのだね、この服や帽子に刺繍をしたのはどこかの職人さんかい?」


 言われて継娘も、嫁さんも青くなった。地主はご領主様たちからの不興を買ってはどんな仕打ちを受けるかと本当のことを言った。


「これはもう一人の娘が刺繍したものです。娘は繕い物ができます」

「ではどんな格好をしていてもいいから連れてきなさい」


 地主は普段着姿の娘を家の中から引っ張ってきた。みすぼらしい服装を恥じる娘は丁寧に挨拶した。


「娘さん、この袖を繕ってくれないか」

「はい、承りました」


 娘は服の色に合った糸を選び直して、針に糸を通し、若様の袖を素早く繕っていった。若様はその仕上がりに満足し、娘に礼を言った。

 嫁さんと継娘は歯噛みしたが、こればかりはなんともしようがない。嫁さんは気が利く振りをさせようと、継娘にお茶を出させたが、慣れないことをするものではない。盆を持って上手く歩けず、もう少しでご領主様と若様にお茶を掛けてしまうところだった。


「鈍間と怒鳴っていたけれど、本当の鈍間はどちらなのだろう」


 ご領主様のご一行がお帰りになって、嫁さんは継娘を叱った。継娘は娘に当たり散らし、しまいには嫁さんまで一緒になった。


「この娘の所為で恥をかいた!」


 情けないことに地主は嫁さんに逆らえず、実の娘が詰られるのを可哀想に思いながらも庇ってやれなかった。

 家事も領内の目配りもできるさ、と嫁さんと継娘は翌日から頑張り始めたが、収穫の時期と重なってきたこともあって、すぐに音を上げた。

 三人で水汲みに井戸端に出ていると、杖を突いた薄汚れた姿の旅人が近寄ってきた。


「どうか水を一杯お恵みください」


 嫁さんと継娘はその旅の老人を嫌そうに眺めた。


「お前さんにやる水はないよ。井戸端が汚れたら水も汚れそうだ。早く立ち去って」

「待って、お疲れのようだから、わたしがお水を差し上げます」


 そう言って娘が旅人の為にコップを取ってきて、水を飲ませてやった。お腹が空いているのではないかと、有り合わせのパンとハムを分けてやった。


「有難う。優しい娘さん、あなたにさいわいが恵まれますように」


 と旅人は礼を言って、去っていった。

 その様子を見ていた嫁さんと継娘は娘に言った。


「ああいう者に施しをするとまたやって来て厄介だよ」

「匂いが移っちまったんじゃないのかい」

「困った人を見て知らない振りができなかったんです」


 嫁さんと継娘はつむじを曲げた。それからまた怠け者に戻ってしまった。


「私たちは体が弱い。丈夫な者が働いておくれ」


 二人が甘えるので地主は娘を頼ってしまう。

 嫁さんが娘っ子の頃は素直で働き者だった。しかし、働き者の実の母親が早くに亡くなり、父親が再婚した。初めのうちは父親の後妻は遠慮していたが、弟となる男の子が生まれたら全てが変わってきた。父親も後妻も男の子ばかりに構い、女の子に目もくれなくなった。邪魔者を追っ払うように、嫁に出された。嫁入り先で、暮らしが変わるかとせっせと働いたが、そこの一家は吝嗇者ばかりで、嫁を褒めずにこき使った。子が生まれたら生まれたで、「女の子だ。男を生む分、鶏や豚の方が偉いよ」と冷たかった。旦那さんが亡くなると、厄介者払いができると言わんばかりに、舅が地主の後妻の口を見付けて、勝手に決めてしまった。

 嫁さんは再婚した相手が優しく、あれこれ注文をつけるような男でなく、娘も可愛がってくれると喜んだ。自分の人生でようやく羽が伸ばせるもんだと安心しきった。そして自分の娘も楽させてやろうと決めたのだ。

 嫁さんは、先妻の娘が働き者で真直ぐな性格が煙たかった。いつかは自分のように継母を疎んじてくるのだろうと、自分の経験からそう信じていた。

 そのうち嫁さんは先妻の娘が目障りだからと地主にはっきりと言うようになった。


「あの娘は私たちを嫌っているんだよ。それに小作どもに愛想を振りまいて味方に付けている。そのうち私たちは追い出されてしまうんだ。

 何を企んでいるか判らないような娘はとっとと嫁に出してしまった方がいいよ」


 地主は嫁さんの言を信じはしなかったが、このまま娘を家に置いておくのは良くないだろうとだけは判った。まだ子どもだと思っていたが十五歳なので、嫁入り先を探してもいいかも知れない。

 収穫が終わり、秋の祭が終わるとあっという間に冬が来る。冬場、嫁さんと継娘は炉端から離れない。炉端にいて糸紡ぎをするのだが、糸は上手く撚れず、太さがなってなかった。その点地主の娘は綺麗に糸を紡いでいく。そんな姿を見て、継娘が言った。


「水瓶の水が少なくなっているよ。汲み足しておいて」

「お義姉さん、気が付いたのならお義姉さんが汲んできてくれたっていいじゃない」

「私はあんたが水瓶の水が減っているのに気が付かないから、今後気を付けるようにと心配して言ってやっているんだよ。さあ、水を汲んできな」

「姉さんの心遣いを有難いと思って、さっさと終わらせてしまいなさい」


 娘が水を汲みに行っている間に、嫁さんは麻束を絡ませた。


「働くなんて気の利かぬ者のすることさ」


 水を汲み終わって戻れば、麻の束と糸がもつれているので、糸紡ぎはやり直しだ。

 こんな日々を送っていても娘は、父に言ってもすぐに継母に言いくるめられてしまうと判っているので、黙って耐えた。父は目が届かないところがあるし、自分がいなくなったら、使用人や小作人の面倒を誰が見てやるのだろう。

 その頃、ご領主様は奥方に仕える小間使いを一人雇おうと考えていた。


「夏に見回った村の地主の娘がいいと思うがどうだろう」

「普段着を着ていた方の娘なら適任だと思います」


 若様の答えに満足して、領主様は地主に使いを出した。地主は嫁にやるには若すぎるだろうから、こちらの方がいいと応じる返事を出した。

 地主から話を聞いて、娘は村や父の心配をしたが、父親は大丈夫だからと言い聞かせた。娘はご領主様からのご指名だから断れないと、残る使用人たちに父をくれぐれも頼む、小作人たちと協力してねと強く言い聞かせた。使用人たちは娘のやり方を見ていたし、嫁さんに任せていたらとんでもないことになると考えなくても判っていたので、娘にできる限りのことをすると約束した。

 こうして娘はご領主様の奥方の小間使いになる為にお城へ上がった。娘は白麻と呼ばれて奥方によく仕えた。


「さかしらな娘がいなくなってせいせいしたよ」


 嫁さんと継娘は言った。しかし、お城に上がった白麻が妬ましかった。

 地主屋敷で恨み言を言って苛々しているので、使用人は迷惑したが、聞き流し、上辺を取り繕った。地主も二人が食事や衣装に贅沢したがるのを叶えながら、小作人たちに構うのはおまえたちに似合わないと誤魔化して、村のことに口出しさせないように努力したので、村はいつもの年のように過せた。

 三年が経って、白麻はご領主様の若様に気に入られて、結婚を申し込まれた。地主は娘の出世に単純に喜んだ。しかし、嫁さんは心穏やかでない。自分の娘の方が一つ年上なのに縁談の話が一つも来ない。それに嫁さんの欲目で、白麻よりも自分の娘の方がよっぽど別嬪だ。それがどうして次のご領主様と結婚できないんだと(はらわた)が千切れそうになる程憤った。

 ところが当の白麻は分不相応だと断ろうとしていた。奥方は息子の申し出を歓迎したいと考えていたが、白麻の気持ちも判るから、一度実家に戻って家族とも相談してきなさいと勧めた。白麻は奥方の勧めを聞いて、しばらく宿下がりをすることにした。


「よくよく考えて、返事をして欲しい」


 若様は白麻に指輪を一つ渡した。


「もし結婚する気になったらこの指輪をして城に来てくれ」

「決心がつかなくて、このままお返しすることになってもいいですか」

「その時は悲しいけれど、受け入れる」


 白麻は本当のところ若様のお嫁さんになりたいと願っていたが、父と村をそのままにしていていいのだろうかと、自分以外のことで悩んでいるのだった。

 久し振りに村に帰って、娘は父親から歓迎された。使用人たちは嫁さんと継娘の我が儘に耐え、今では使用人の息子の一人が父を補佐して切り盛りをしていた。この若者が父に愛想を尽かさないで手伝ってくれるのなら安心できそうだ。白麻はこれならお嫁に行っても大丈夫だと考えた。白麻だって耐えるばかりよりも仕合せになりたい。

 嫁さんと継娘は悔しいのを我慢して、白麻からいろいろとご領主様や若様の話を聞き出そうとする。そして尋ねた。


「あんた、若様と結婚する気かい?」

「はい、わたしも若様をお慕いしていますので、お側にいたいと思います」

「そうかい、それは良かった。早速お返事をして、若様に花嫁を迎えに来てもらおう」


 地主は大喜びし、嫁さんは喜んだ振りをして、なんとか自分の娘を若様の花嫁にできないかと企んだ。


「お母さん、あんな小間使いが丁度いいような娘が若様の奥方になるんだろう。私たちは今後あの娘に頭を下げなくちゃいけないの?」

「黙っていなさい。私がお前を白麻の代わりに仕立ててやるから、言う通りにおし。お前は奥方様になりたいだろう」

「ええ、奥方になりたい。お母さんの言う通りにする」


 地主はお城に使いをやって白麻が若様の結婚を承諾したから準備したいと返事をさせた。お城からは婚礼の為に明後日迎えに行くからと、結納の財と婚礼衣装が届けられた。

 婚礼の前の晩、白麻は家族に丁寧に挨拶をして、寝室に入った。そして仕舞っていた指輪を取り出し、指にはめた。神様に感謝の祈りを捧げて寝台に横になった。白麻が寝入ったのを見澄まして、嫁さんと継娘は白麻を縛り上げ、大きな瓶に入れて蓋をして、屋敷の裏手に二人掛かりで運んでいった。


「ここまで運べばいいだろう。後はこの土手からこの瓶を落としてしまえば、しばらく誰にも気付かれないよ。後はお前が婚礼の衣装と面紗(ヴェール)をしていれば気付かれずにお城に行けるよ」

「面紗を取らなきゃいけなくなったらどうするの?」

「悩みで泣きはらして顔が変わってしまいました。声が潰れて変わってしまいましたと申し上げれば、誤魔化せるさ。そのうち結婚してみればこんなものだと若様は思うよ」

「お母さんはなんて賢いんだろう」


 あわれ、白麻は瓶に入れられたまま土手に転がされた。寝込みを縛られ動転して、ろくに声も上げられずにいるうちの瓶に閉じ込められ、このまま朽ちていくしかないのかと、白麻は、嫁さんと義姉の言葉に声なく涙を流した。

 やがて夜が明け、にぎやかにお城からの迎えの列が地主の屋敷にやって来た。そしてその列はお城へ向かって戻っていく。義姉は花嫁に上手くなりすましたのだろう。このまま婚礼の儀式が始まってしまうのか。

 白麻にはどうすることもできない。

 ところが瓶の蓋を開け、白麻を瓶から出して戒めを(ほど)いてくれた人がいた。


「娘さん、とんだ目に遭ったね」

「まあ、あなたは!」


 いつか水と食べ物を恵んでやった旅人だった。


「お城の若様の花嫁行列を見物に来たのだが、花嫁さんのお姉さんが見送りにも出てこない。地主のおかみさんが娘は義妹に先を越されて寝込んでいると言っていたから、面白そうだと思って屋敷を一回りしていたのさ。お前さんを見付けられて良かったよ。

 さあお城に行こう」

「でも支度した服も何もかもお義姉さんが持っていったのでしょう。こんな格好ではお城に行っても無駄です」

「無駄になるかは、行ってみなければ判らない」


 白麻の手には指輪があった。

 お城では、婚礼の儀式の為に皆が揃った。地主も嫁さんも後ろに控えている。若様は白麻の様子が違って見えるので尋ねた。


「実家に帰る前と様子が違うね」

「色々と悩んで泣いた為に、顔が腫れています、声も少しおかしいのです。恥ずかしいので、あまり見ないで、喋らせないでください」


 若様はそんなものかと思って、白麻を疲れさせまいと気遣おうとした。しかし、手を取った花嫁は自分が渡した指輪をしていなかった。何故かと問おうとした時に、ご領主様が花嫁に話し掛けた。


「めでたい席で変な話だが、罪人がいる。どんな罰を与えたらよいと思う?」

「どのような罪人ですか?」

「眠っている者を縛り上げて瓶に閉じ込め、その者になり代わって栄誉を盗もうとしている罪人だ」


 なんの謎かけかと若様や奥方は首を傾げた。

 花嫁がご領主様に答えた。


「その盗人は同じように縛り上げ、瓶か樽の中に閉じ込めて、深い谷に落としてしまえばいいのですわ」


 若様はぎょっとした。声が変わったのではない、白麻はこんなことを言う娘ではないと良く知っている。


「白麻になりすましているお前は誰だ。そして私が白麻に与えた指輪はどこにある」

「いいえ、私は白麻です。指輪、指輪は……」

「お前が与えた指輪をした娘はここにいる」


 ご領主様の後ろから、正装をし、指輪をはめた白麻が姿を現した。

 地主は腰を抜かした。大事な娘と継娘の区別がつかないほど自分は愚かになっていたのかと。

 嫁さんは更に驚いた。自分の悪事が露見したと。

 花嫁姿の義姉はきょとんとしていたが、ゆっくりした頭の回転がやっと追い付いて恐れおののいた。


「お前は自分で自分を裁いた。マタイの福音書にあるとおり、人を裁けば、その善悪の秤で自分も裁かれるとはまことのことだ」


 旅人の正体はご領主様だったのだ。夏の見回りの後、地主の一家の様子が気になり身をやつして、白麻の心掛けや、嫁さんと継娘の性質を見にいった。白麻の人柄や働きぶりを知ったからこそ妻の小間使いにし、そして息子の妻と見込んだのだ。しかし、ご領主様は嫁さんと継娘が白麻に何かしでかさないかと懸念して、様子を見にいった。予想通りに白麻の身に危険が及び、花嫁の入れ替えまでしようとするので、白麻を助けてやるだけでは済まされぬと、盗人に相応しい罰はと尋ねたのだ。

 そして愚かにも継娘は自らの罪への罰を口にした。


「息子よ、ここにいるお前の花嫁の手を取りなさい。

 そして罪人はめでたい席から牢獄に行くがよい。その罪の罰を受けなければならない」

「お待ちください。娘は悪くないのです。私の一存で行ったのです。罰は私が受けます」


 地主の嫁さんは引っ立てられていく娘に縋って願い出た。


「元はお前の考えでも、娘も賛成したから花嫁の衣装を着たのだろう。罪人であるのに間違いはない」


 嫁さんと偽花嫁は二人して引かれていく。白麻はご領主様に願い出た。


「わたしはご領主様の機転のお陰でこうして生きてこの席に辿りつけました。どうか、義姉たちに、義姉が言ったような罰をお与えにならないでください」

「息子の妻となるのだから、私にとっては娘も同然。娘の命を奪おうとした者を許せるだろうか。

 お前はどう思う? 命を狙われたのはお前の娘、しかし、その罪人はお前の妻と継娘だ」


 地主は膝を着いて申し上げた。


「あいつら可愛さに何もかも見逃してきた儂が悪かったのです。どうか儂も一緒に獄につないで、儂を煮るなり焼くなりしてください。それで、あいつらを深い谷に落とすのだけは勘弁してください」

「婚礼の日に花嫁の父と義母と義姉を死刑とするのはよくないだろう」


 ご領主様は、地主たちを三日間獄で過させた。地主は村へ返し、嫁さんと継娘は尼僧院へ入れられた。

 地主は感謝し、使用人の若者を跡目と決めて、村をよく治めた。

 ご領主様はその後もよく民を治め、その跡を継いだ若様と白麻も勤勉で平和な治世が続いた。生真面目すぎて窮屈だったとも言われている。

 尼僧院へ入れられた嫁さんと継娘の命は助かったが、ご領主様から二人の罪を聞かされていた尼さんたちから厳しく見張られた。麻袋のような服を着て、粗末な食事と冬でも暖の少ない生活を送る。説教と厳しい勤行の毎日だった。

 それまでぬくぬくと暮らしていた二人はこんなつらい日を送るのなら、一思いに谷に落としてくれればよかったのにと嘆いた。


「指が荒れるから裁縫はほどほどでいい。水汲みや薪割りは指が節くれだってみっともなくなるから義妹やらせていればいい、いい所にお嫁に行けばそんなことをしなくてもいいんだからと、お母さんは日頃から言っていたけど、こんな暮らしになるなんてひどいじゃないの。私を守ってくれないじゃない。

 お母さんがあんなことを考えなかったら、私は白麻の腰元に引き立ててもらえたかも知れなかったのに」


 自分の分身のように可愛がっていた娘から言われて、投げ捨てられた古い陶器のように嫁さんは打ち砕かれた。そんな生き方ができたかも知れなかったのに、どこから間違ってしまったのだろうと、心が虚ろになった。徐々に体が弱り、蝋燭の灯火が消えていくように、嫁さんの命が消え去った。

 白麻と地主はその知らせに悲しみ泣いたが、尼僧院に残された娘は、「私の人生を壊しておいて先に死んでしまうなんて!」と恨みの涙を流したと伝えられる。

 題名はシェイクスピアの問題劇の一つの原題から。『尺には尺を』、『尺以尺報』と日本語訳されています。また、しっぺ返しを意味しています。


 参考 『尺には尺を』 ウィリアム・シェイクスピア 松岡和子訳 ちくま文庫

    『グリム童話 子どもに聞かせてよいか?』 野村泫 ちくまライブラリー

    『イエスの言葉 ケセン語訳』 山浦玄嗣 文春新書


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― 新着の感想 ―
[良い点] 継母が完全な悪人ではなく、そうなった経緯が書かれている所が深みを感じました。 そうですよね。おとぎ話の悪人にも理由があるんでしょうね。
[良い点] measure for measure シェークスピアの言葉なのですね。 因果応報、目には目を。 確かに、実の娘に対していじわるした継母と継子の行いは罪に等しいです。 ですが、そう単純な話…
[一言] 面白い! そして読みやすい! 王道な展開なのがまた良いですね。とても丁寧に練られた喜劇だと感じました。 読みやすいと感じたのは、使われている語が易しいから、でしょうか。これはぜひ見倣いたいな…
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