恋とヲタクと男と女
地元の友人から電話が来た。
今、仙台で飲んでいるから来いよと言うお誘いだった。
あいにくと僕は今名古屋に出張に来ているため行けないと言うと、友人は「絶対にお前が喜びそうな状況だったのにもったいない」と、呂律のまわらない口でさっきまでの状況を説明してくれた。
◇ ◇ ◇
土曜の深夜1時過ぎ。
終電もなくなった駅前の居酒屋で、大学生くらいの男の子と女の子が隣の半個室で飲んでいる。
木の柵越しに聞くとは無しに聞こえてくる会話を聞いていると、どうやらサークルの飲み会を終え、次々とカップルが消えてゆく中、この2人も2人きりになり、ここへ来た様子だった。
「あー、彼女ほしい」
「あー、彼氏ほしい」
いろいろと愚痴のようなものは言い合うのだが、最終的な結論は全てそこへ行きつく。
若いころを思い出しながらその話を聞いていた友人は、そこから意外な方向へと話が進むのを聞いた。
「なぁ……俺ら知り合ってから2年くらいだっけ?」
「いきなりなに? ……確かに知り合ったの1年の時だからもう少しで2年くらいだけど」
「あゆみ(仮称)ってずっと彼氏いないよな」
「うるさい。ナチュラルにディスるな。たけし(仮称)だって居ないじゃん」
たけし(仮称)が、ジョッキを置く。
雰囲気が変わったのがびんびん伝わってきて、友人は体をずらし、木の柵越しに覗き見た。
あゆみ(仮称)はたけし(仮称)からなるべく距離をとるようにベンチをずれ、テーブルを挟んで対角線上に位置をとっている。
たけし(仮称)はテーブルに手をついて身を乗り出した。
「なぁ、俺らさ……」
「おい、やめろ」
「恋人いないどうし……」
「うるさい黙れ。それ以上言ったら殺す」
「付き合っちゃわね?」
「やめろ変態。こっちくんな」
最高の展開に思わずマジマジと覗き込んでいた友人は、たけし(仮称)と目が合う。
友人は慌てて目を伏せて焼酎を飲み、たけし(仮称)は自制心を取り戻した様子で、元の場所へと戻っていった。
ガヤガヤとうるさい居酒屋で、その半個室にだけ沈黙が訪れる。
あゆみ(仮称)が怒って帰ってしまう展開を予想していた友人の背後で、口を開いたのはあゆみ(仮称)だった。
「……いいか、落ち着いて聞けよ」
「え? ……あ、うん」
「もしたけし(仮名)が女だったとして、自分みたいなキモヲタにコクられたら付き合う?」
「……あぁそれは……いや、でも俺ら仲良いし……」
「友達としてな? 話合うし。たださ、付き合ったらキスされたりセックスされたりすんだぞ? たけし(仮名)にだぞ? 付き合えたとしたら絶対するだろ? セックス」
「……嫌がるなら……しない」
「バカお前よく考えろ。想像してみろ。生まれて初めて彼女できたんだぞ?」
「……あ……そうか……やる」
「だろ?」
「うん、たぶんやりまくる」
「そうだろ? お前自分にやりまくられるところ想像してみろ」
「ああ……でも、女って超気持ちいいって言うし」
「しらねーよ! やったことねーし! だからやなの」
また沈黙が落ちる。
焼酎を飲みほした友人は、液晶パネルでおかわりとつまみを注文して聞き耳を立てる。
トイレにこもっている友人のツレは、全く出てくる様子もなかった。
「……あやまって」
「え?」
「あやまってくれないと、もう友達としても無理」
「え、あ……ごめん」
「何が?」
「え、あの、付き合ってとか言ってごめん」
「違うだろ?」
「え?」
「キモヲタなのに勘違いして付き合おうとか言ってしまって申し訳ありませんでした、だろ?」
「キモヲタなのに勘違いして付き合おうとか言ってしまって申し訳ありませんでした」
「たけし(仮称)は自分がキモいって事をちゃんと認識した方がいい」
「はい」
「友達だって私しかいないだろ?」
「え、いや、何人か居る――」
「女友達」
「あ、居ません」
「あきらめろ。お前無理だから、彼女とか」
「でも」
「無理だから、私ですら無理なんだから、絶対無理だから」
やってきた店員から焼酎のおかわりを受け取り、ちらりと木の柵から隣を覗くと、たけし(仮称)は両手をまっすぐに膝に付き、ぼたぼたと涙を流し、息を殺して嗚咽を漏らしていた。
それを見下ろしながらぐいっとジョッキを空けたあゆみ(仮称)は、小さくげっぷをしてため息をつく。
がちゃん! と、テーブルが音をたて、たけし(仮称)は「いてっ」と膝を抱いた。
どうやらテーブルの下であゆみ(仮称)がスネを蹴ったらしい。
たけし(仮称)は我慢の限界のように、「ぐふぅ~」と声を出して泣き始めた。
「泣くな!」
「ぐぅ~……だって……うぅ~」
何度か「黙れ」「だって」「泣くな」「だって」を繰り返していたが、たけし(仮称)はしゃくりあげるように泣き続ける。
最後に諦めたように、もう一度ため息を付いたあゆみ(仮称)は、冷めたポテトをゆっくり頬張り、ごくんと飲み干した。
「……すぐに泣き止んだら付き合ってやる」
「え?」
一瞬で泣き止むたけし(仮称)。
友人も思わず「え?」と声を出してしまったが、その声はたけし(仮称)の声と居酒屋の喧騒に紛れて、隣には聞こえなかったようだ。
「付き合ってくれんの?」
「……でもセックスは無理」
「……ぇえ~?」
「キスくらいならさせてやるから」
「う……う~」
「なんだよ、いやならいいんだぞ別に」
「ううぅ、いや、付き合いたいです。お願いします!」
「……あたりまえだ。わかったか、セックスは無理だからな」
友人の我慢は限界に近づいていた。
女の子がここまでセックスセックス言うのは初めて聞いたのと、急な展開についていけなくなってきていたのだ。
それでも、我慢して焼酎を飲み、一生懸命聞き耳を立て、木の柵の隙間からたけし(仮称)の表情をうかがう。
しばらく何かを悩んでいた様子で下を向いていたたけし(仮称)が、何か意を決したように顔を上げるのがはっきりと見えた。
「……おっぱいは?」
「あ? ふざけんなお前! 見せないぞ!」
「じゃあ、服の上からちょっと触るだけでも――」
「触……ダメだダメ!」
「ぐぅ~……ふぐぅ~」
「泣くな!」
また俯いて泣き出すたけし(仮称)と、テーブルのがちゃん! と言う音。
友人はと言えば、「おっぱいは?」の一言で焼酎が気管に入り、盛大にむせていた。
1分以上続いた咳がやっと収まり、もう一度隣を覗くと、どういう経緯をたどったのか、たけし(仮称)は手を伸ばし、あゆみ(仮称)の胸元へとゆっくりと接近していた。
「手の甲で1秒だけだぞ」
囁き声で、でも鋭く、あゆみ(仮称)がたけし(仮称)を睨みつける。
友人は慌ててトイレに行くふりをして、その世紀の一瞬を木の柵の上からダイレクトに覗いた。
「バっカ! こら1秒って言ったろ!」
「はぁぁ……、すげぇ……、ぅぐぅ~……うう……やわらかい……」
「泣くなって……こっちが泣きたいよ……」
そんな会話を聞きつつトイレへ行くと、友人のツレは個室にこもったまま爆睡している。
半笑いのまま無理やり引きずって席へ戻ると、その頃には隣の席は空になっていた。
◇ ◇ ◇
「いやぁ、良いもん見たわ」
睡眠から回復したツレと飲みなおしていると言う友人は、そう言って話を締めくくる。
僕が「女の子可愛かったの?」と聞くと、「顔は並だけどおっぱいは結構あったし、何より性格は超かわいい」と笑った。
深夜3時。
僕は眠剤とアルコールの効いた頭で、明日絶対これ文章にまとめようと心に決め、電話を切ったのだった。
※内容は酔っぱらいの説明を眠剤で朦朧とした作者が聞いた話を繋がるようにまとめ、さらに脚色しています。