襲撃から避難まで
誰かが僕の体をゆする。
「二世様、起きてください」
深夜。僕は自室で眠っている。
「二世様、起きてください。緊急事態です」
まだ寝ていたい。僕は毛布の奥に体を押し込む。
「…起きないのならば仕方ありません。とりあえず、眼球を刳りぬいて……」
「ちょっと待って何するの」
「ようやくお目覚めですか」
ベッドのそばに立っていたのはノアだった。
僕は眠い目をこすり、あくびをしながら文句を言う。
「まだ暗い…だぜ。なにかあったのかだぜ」危うく演技を忘れそうになる。
「はい、緊急事態です」ノアは微塵も焦りを感じていないように言う。
「勇者一行が攻めてきました。聖騎士の軍団を引き連れて」
僕とノアは、地下にあるという非常用の抜け道に向かっていた。そこから魔王城を脱出し、遠くに逃げる。そして牧歌的な生活を送る。それが僕の計画。
「ノアはついてこなくても良いぜ」
「しかし、二世様は抜け道の場所を覚えていらっしゃらないでしょう。どうでもいいことはすぐ忘れてしまうのですから」
魔王城の外は聖騎士軍に囲まれており、魔王軍が応戦しているというが、苦戦しているらしい。サタン二世の初陣のときとは、まるで火力が違うということだ。あの時撤退したのは、こちらを油断させるためだったのだろうか。
さらに勇者のパーティは既に玉座に到達し、魔王相手に善戦しているらしい。倒されるのも時間の問題だ。
「応援に行かないのですか?」とノアは訊いた。「いつもの二世様なら、喜んで血を浴びに…」
「今回は事情が違う。いったん逃げて、体勢を立て直すべきだぜ」と僕はデタラメを言った。不審がられないように。「安心するんだぜ。親父は簡単には死なないし、例え死んでも、俺が生きていればまたやり直せるんだぜ」しかし魔帝国を再建するつもりなんて、さらさら無い。
ノアは僕の言い分に納得した様子で、「では、地下へ急ぎましょう」と足を速めた。