サブタイトルはあとで考える
「おはようございます、二世様」
寝起きの僕の前には、律儀に頭を下げる女性が立っていた。メイド服に身を包み、長い髪を後ろにくくった背の低い女の子だ。しかし、僕は使用人など雇った覚えはない。
「初陣の疲労は癒えましたでしょうか。額の傷は」
無表情な顔をずいと近づけてくる。額にあるらしい傷を見ているようだ。しかし、僕は傷ついた覚えはないし、誰かと争ったこともない。
「さすが二世様、治癒が早い。もう跡形もございません」
この女性は、一体誰なのだ?なぜ僕の部屋に?
そこまで考えて、気づいた。この部屋は僕の部屋じゃない。豪華なシャンデリア、金と白の壁紙、大理石の机、純白の毛布――……何もかもが違う。僕の部屋はもっと、こう……
「ううッ!」
「どうされました?頭が痛むのですか?」
自分の部屋を思い出そうとすると、激しい頭痛に襲われる。僕の部屋は…えっと、どんな感じだったっけ……?
「大丈夫です、なんともありませんから…」
そう言って、僕はベッドから降りた。なにかがおかしい。というより、全てがおかしい。部屋も、空気も、体も、以前とは異なっているように感じられる。
ふと、僕は(ベッドのそばに置かれていた、全身が映るくらい大きな)鏡を見た。そこには僕じゃない誰かがいた。短く切り揃えられた黒髪、がっしりとしつつもスマートな肉体、そしてイケメン。背の高い、完璧な好青年。昨日までの僕とは、全くの別人だった。
では、「昨日までの僕」はどんな感じだったかというと、これまた全然思い出せない。
ベッドを整えている女性に、話しかけてみた。
「あの、えと、訊きたい事がいろいろとあるんですけど…」
「はい、何でもお答えいたします」
「とりあえず、僕のこと…それとあなたのことも。恥ずかしながら、なんにも思い出せないんです」
女性はしばらく沈黙した後、口を開いた。
「あなたは魔王様の一人息子、グローリー・アンビシャス・サタン二世様でございます。次期帝王でございます。昨日は聖騎士団との戦争において、最前線で指揮を執り、見事撤退に追い込みました。お父上も喜んでおいででしょう。そして私は二世様のお世話係り、アンドロイドのノスタルジアです。二世様からはノアと呼ばれております。」
何を言っているのだろう、この人は。しかし嘘をついている様子はなく、至って真剣だった。
「それと二世様、敬語はおやめください。普段のような過激で乱暴な…もとい勇ましい口調のほうが、私は落ち着きます」
めまいがした。とにかく、考えを整理して、状況を把握せねばならない。
「悪いけど、少しの間、一人にさせもらえないかな……」
ノスタルジアを外に追い出して、華美な椅子に座って、僕は天井を仰いだ。