奴隷の急襲
私は化学兵器である。化学兵器と言っても、端的に言えばロボット、ということになる。
科学の進んだこの世界では、私の様な機械が溢れんばかりに造られている。
そしてそれは私の様な戦闘特化の機械で有ったり、はたまた接客用、介護用、などなど向き不向きできちんと分けられている。
先程も言った通り、私は戦闘型に属する。そして、とある少女を護る為の機械だ。
その、とある少女―――否、少女では無いが、見た目は少女と表せる様な、そんな風貌。
彼女の名は蘆花。年齢24、仕事は無し。
彼女は所謂「ドジっ子」で有るのだが、それ程度で収まってくれれば良かった。
今現在、彼女はもう「ドジっ子」などと呼ばれなく、「天災」、「災厄」と呼ばれているのだ。
そんな彼女は色々な所から狙われている。それを護るのが、私の仕事である。
―――と、こんな所までが私にインプットされている情報。の、一部。全てを話していると延々と話している羽目になるので割愛する。
そして私はまだ彼女に有ったことがない。もう彼女の家には居るのだが、如何せん帰ってこない。もう4日は経つ。それでも帰ってこない。
私は機械だが燃料はさほど要らない。けれどそれ以前に彼女のことが心配だ。機械にだって心は有るし疑問も持つ。
というか、私だって全てが機械な訳じゃない。元は人間だ。だから殆どのパーツが人間の物で出来ている。うむ、なら「ロボット」と形容するよりも「サイボーグ」と形容した方が…なんていう無駄なことをまた丸一日考えてまた暇を潰し。
…帰ってこない。もう5日目じゃないか。しかも夜だ。
私は此処に来てからずっとリビングのソファに腰掛けて、自身に内蔵されているあれこれの整備やら悶々と何かを考えていたりしたのだが、流石にじっと待っていることにも飽きる。
「…失礼します」
ということで、私は一つ一つの部屋を物色してみることにした。「天災」と呼ばれている彼女の部屋が少し気になったからだ。つまりは好奇心である。
この家の間取り図を何処かのフォルダにしまっておいた筈だ、と脳内を検索する。うむ、やはり出てきた。
なかなか今の世の中にしては大きい方で、部屋の間取りは4LDKだった。リビングとダイニングがくっついている形で、そのリビングから他の4部屋に行ける様になっている。玄関から通ってきた廊下には、物入れが有った。
これは単なる間取り図に過ぎないので、部屋の内部は自分で調べなければいけない。彼女のプライバシーに関わることならば警告されるので、その辺の所は何も問題無いだろう。
取り敢えず、一番近くに有った部屋に近付く。ノブが金属製だったので、静電気除去手袋を嵌める。こんな所で静電気にやられるだなんてそんなヘマはしたくない。
さて、とノブに手を置く。軽く力を入れると、普通に開いた。そりゃそうだ。
それにしても、ドアが壊れていない所を見ると、彼女は怪力な訳では無いらしい。
「失礼」
一礼してから中に入る。どうやら此処は寝室の様だ。
中央にベッドが置いてあり、そこにはたくさんの毛布が積まれている。そしてその毛布は規則的に上がったり下がったりを繰り返している。
…規則的に?
「―――有り得ない」
もしもこの中に彼女が、蘆花が居るのなら。それはつまり、5日間もの間寝ているということで―――
それは人間としてどうなのだろう?5日間、しかも約束事が有ったにも関わらず。有り得ない。しかもこの真夏に、毛布。計算してみると、凡そ35枚の毛布が掛けられている。多少の誤差はあれど、それはせいぜい2枚程度だと思われる。
…「天災」は、やはり「天才」で、
「災厄」は、やはり「最悪」なのだろうか。
最悪な天才。ふうむ、笑えない。
「…蘆花さん?」
声を掛ける。返事はない。ただ、耳をすませてみれば聞こえてくる寝息。これは確定だ。
「…ならば、すべきことは一つですか」
私は一番下に有った毛布に手を掛ける。そして一気に―――引き抜く!!
「わ、わぁぁぁぁぁぁあ!!」
そんな悲鳴が聞こえて、私は毛布が積まれていた場所に目を遣る。
其処には、ショートカットで明るめの茶髪の少女―――否、蘆花が居た。
彼女の表情は驚きのあまり固まっており、更にいえば体勢もそのままだった。
「だ、だだだだだだだだれ」
「…私は、貴方を護る為にやって来ました」
「ふえ…あ、あぁ!ごめん、ええと…今日って」
「私の配達日から、5日経っています」
「ご、ごめんなさぃいいいい」
気にしていませんと言ったものの、彼女の表情からなかなか怯えは取れなかった。
暫くそのまま彼女のことをじっと見ていると、どうやら怯えが取れたらしく、やがてにこっと笑った。
「ええと―――さっきはごめんねっ!
あたしは蘆花っ!あなたの名前は?」
「私には識別番号しか有りません―――
2yk3ml、と、そう呼ばれていました」
私がそう言うと、彼女は顎に手を当てた。解り易いくらいに、「考えている」というポーズ。誰が見ても解るだろう。
「うーん…なら、露草深莉ちゃんってのはどうかなっ!当て字なんだけどね」
「つゆくさ…?」
「うんっ!綺麗な名前でしょ?」
「…ええ、そうですね」
とても綺麗な響きです、と私は言った。それは濁点が一つも付いていないこと、さ行が入っていることが大いに関係があるのだろうと思ったが、それ以外にもそう感じさせる何かが有りそうな気がした。
―にしても、彼女と接していても「天災」感は皆無だ。だが彼女は東京都全域を停電にしたり、「間接的に」総理大臣を殺害したり、「好奇心で」飛行機を墜落させたりと、およそ常人では出来ない行為を何個もしている。それも、全てが「ニアミス」やらで悪意は全く無いのだから不思議なものだ。
24歳という年齢には全く相応しくない程の大事件を起こしている彼女。私は一応「彼女を護る」という名目で来ているが、きっと私を作った組織の本当の思惑は「彼女から世界を護る」ということだろう。
彼女の詳細は誰も解らない。家系図は存在せず、学校に通っていた形跡も無い。友人も皆無、その為彼女の電話帳には誰の電話番号も入っていないし、無料通話アプリ等というものも入っていないのだった。
「…えーと。ねえ、深莉ちゃん。質問してもいいかなっ?」
「はい、何でしょうか」
「えっとね。何で深莉ちゃんって戦闘特化なのにそんなに可愛いのっ?」
「か、可愛い…?」
「うんっ!何か、可愛いよっ!
あたし、戦闘特化の子ってあんまり見たことなくて、もっとゴツいのかなぁと思ってて」
確かに数世紀前まではそうだった。
何だか無駄にゴツゴツとしたフォルムが特徴的な割に、結構脆い。それが定番どころという感じだった。
今の時代の戦闘特化つまり化学兵器の方は、見た目は凡そ普通の人間のそれと変わらない。
だが、中身は(物によって違うが)鋼鉄で有ったり金で有ったり、金持ちのオーダーメイドとかだとダイヤモンドだったりする。
因みに、私の中身はクッション性の有る鉄だ。
「…あっ!」
「どうかしましたか?」
「いやっ、お腹減っちゃったなぁって」
そう言ってへらっと笑う彼女。その後に彼女の腹がくうぅ、と鳴った。
私は確かに戦闘特化ではあるが、簡単な料理位は出来る。レシピを読み込めば一発だ。
「…では、私が作りましょう」
「本当っ!?」
彼女は目をキラキラとさせながらこちらを見つめた。
「何が好きですか?」
「食べれるものなら何でもっ!」
「…解りました」
何でも、と言われて困るのは主婦くらいのものだ。取り敢えず自分自身に備え付けられているレシピを適当に開く。
(…そうだ、先に冷蔵庫を見て置かなければ)
レシピだけあっても食材が無ければ何も作れまい、と冷蔵庫を開ける。
買いだめでもしてあったのか、食材は豊富に有った。だが、どれもが全く手を付けていない状態で私は少し疑問に思った。
(彼女は何日間食事を摂っていないのだろうか)
冷蔵庫の中のものには、腐っているものも有った。というか、消費期限の切れているものばかりだった。
「…」
仕方ない、となるべく腐っていないもの、消費期限の切れていないものを手に取る。じゃがいもが何故か冷蔵庫に入っている。芽が出ている…
ここまでの有様を見ていると、彼女は「何も食べたことがない」様に感じてしまう。まあ、人間として存在している以上そんなことは無いのだろうけれど。
―――それから適当に、消費期限の切れていないものをより合わせて酢豚を作った。不思議なことに、豚の消費期限は明後日だった。
「うわぁ、美味しそうっ!いっただっきまーすっ!」
「―――ちょっと待って欲しいんだけど、ね」
それは一瞬だった。
蘆花が酢豚を口に運ぼうとした瞬間に、その少女は現れた。
―――サーモグラフィーで確認したところ、体温が無い。これは…戦闘特化どころじゃなく、「戦闘専用」だ。
見た目こそ普通の少女―――身長149cm、金髪、ショートカットでくせっ毛、吊り目、だぼだぼのTシャツにフレアスカート、―――だが、戦闘特化となると侮れない。
「うふふ、ご飯食べる所なのにごめんね。取り敢えず自己紹介させてもらう、ね。
―――私は葦屋月奏、ね。適当に呼んでもらえれば良いんだけど―ね」
そう言って彼女は笑った。見た目は―14歳程度、という所だろうか。身長は149cm、体重までは解らない。
「…ええと、月奏ちゃんは何で此処に居るのっ?」
「貴方を殺す為、だね」
「?何で?」
「貴方が「天災」だから、「災厄」だから、ね?」
彼女、蘆花は頭に疑問符を浮かべている。全く意味が解らない、という様子だ。
…ふむ。これで私が此処に来た理由が達成されることになる。…戦闘専用に勝てる見込みは―――
「で、此処でやっちゃって良いよね?」
「うんっ?」
「…蘆花さんは其処の酢豚を食べ尽くしておいて下さい―――その間に、私がやっておきますので」
「んー、すっごいなめられている、みたいだね」
「そんなことは有りません―――ただ、私はそう出来ていますので」
此処でやるのは食事の邪魔になりますから、と私は外へと彼女を誘導する。此処は郊外なので周りに建築物は無い。…まあ、彼女―――蘆花が隔離されているというだけなのだが。
「解った、けどね…君には解るよね?私が戦闘専用だってことを―――ね?」
「解っています。だからこそ外に出たんじゃあ有りませんか」
「―いくら私でも、中の物を壊さずに済ませられる程有能ではありませんので」
私はそう言って窓から外に出る。葦屋も平然とその後を着いてきた。
―――此処まで挑発しておいて何だが、勝てる見込みはさほど無い。
だが、「負ける見込みは無い」。
「…んね、私をこんなに挑発して、何がしたいのね?」
「…別に。主人に迷惑を掛けたくなかっただけです」
「ふうん。君、まだ新入り…みたいだね。だったら教えてあげるね―――」
「この世界では、弱肉強食は当たり前、なんだよね!」
そう言うと、彼女は何処からかナイフを取り出し、両手に構えた。
そのナイフはおよそ片手用とは思えない程の大きさで、大体50cm位、だろうか。
機械の癖にナイフを使うのも珍しい、等と考えながら、私は左手を彼女に向ける。
―――私の得意な武器は「全て」である。というか、何でも武器にすることが得意ということだ。
例えその辺の木の棒でも、石ころでも、はたまた紙でも武器にする。
ただ、今回は内蔵されているもので戦うことにした。何しろ、此処には物が無さすぎる。
「―――じゃあ、君を殺してあの子も殺すねっ!!???」
「出来るものなら―――」
―その瞬間、彼女は物凄い速さで走り始めた。…音速を超える速さで。
そのままナイフを振り上げ、私の頭目掛けて振り降ろす。
私は日本刀を取り出し、降り掛かってきたナイフを眼前で防御する。そして左目の照準を合わせ―――
「っ、接近戦で銃を使うなんて、ねっ!」
「あまり喋らない方が身の為ですよ」
そう言って、私は彼女の喉を狙って一撃ち。
だが、彼女も馬鹿ではない。ナイフを日本刀にガンと打ち付け、その反動で後退する。弾丸は当たるわけもない。
「………ふん。君、ちょっとばかし調子に乗っているみたいね」
「そんなことは有りません。貴方こそ、思い上がっているのでは?」
「だぁーかぁーらぁ!そーいう態度のこと、言ってんの―――ねっ!!!!」
彼女はまたこちらに向かって突進してくる。彼女を四字熟語で表すなら猪突猛進、という所だろうか。
そんなことを、空気を読まずに考える。
私は威嚇の為に銃を何発か撃つが―――動じない。
確かに攻撃こそ最大の防御、とは言うが―――これは何でも、攻撃に全振りしていると言っても過言ではない。
「でりゃぁぁぁあ!!!」
彼女の腕の振りは、野球選手のそれだった。
縦か横かということの差異はあれど、さほど変わらない。
―――彼女は何も考えていない。考えることを放棄している。それがよく解る攻撃だった。
これは狡い。モロに喰らったら半身は持っていかれるだろうに、その相手が何も考えていないとなると。
「―――狡いですよ、月奏さん」
先程言ったように、確かに私は彼女より強くないだろう。私はずっと防戦一方であるから、それは認める。
だが―――弱い=戦えない、という、訳でも無いのだ。
「つまり、積もりつまるところ…」
「貴方は私に勝てませんよ、葦屋月奏」
私は彼女の腹に銃口を押し付け、その一瞬で引き金を引いた。勿論撃鉄を起こす必要も無かった。彼女は驚きのあまり目を見開いている。
―そう。彼女は確かに「強い」が、それは「攻撃力が高い」というだけで、「周りを見る力」が無いのだ。
「ぐ―――ぐぇっ」
「どうですか?腹に弾丸を撃ち込まれた気分は。
いくら機械だと言えど、ゼロ距離で弾丸を撃ち込まれたら―――」
「……たら、たら?何かね、たらって、たられば、ふふふ、面白いねぇ」
彼女は狂った様に笑った。
否、既に狂っている。最初から狂っている。
「―――戦闘専用なんだよね。
だから…ふふ、痛覚ですら、無いんだ、私はね。
普通の人間だったら、気が狂うんじゃないかと思うんだけどね?
痛覚がないってことは―――何も感じないってことは―――結構、怖いことだから、ね」
「…でも、その傷は治さないと、流石に貴方でも」
「ふふ、これを傷って言うの、ね?
私はそんなこと言わない―――傷なんて、人間みたいじゃない、ね?」
自らを機械だと主張する様に、彼女は言った。
人間嫌いなのか、それとも寧ろ人間を崇拝しているのか。私には解らない。
「これはただぶっ壊れてるだけ―――修理すりゃ直るのね。大丈夫、君の気にすることじゃないね」
そうだ、と彼女は言う。
「君の主人―――ま、まだ君は護衛について一日も経っていないから主人ってのもどうなのって話だけどね―――確か、「天災」だったよね?
それなら、じきに私の主人とも会うことになるかもしれないね。
あの人はゲームばっかりしてるつまんない人だけどね、ちょっとは面白いんだから―――ね」
それじゃ、と彼女は過ぎ去っていった。それを見つめる自分。
―――何というか、表現し難い位には変な奴だった。
嵐の様に過ぎ去ったというか、もう、よく解らない。
私は色々なことをリセットする為、家に戻ることにした。今度はきちんと玄関から入った。
「おっ、深莉ちゃーんっ!終わったのっ?ぶっ倒したのっ?」
「ああ…いえ、少し破損させただけで…破壊、とまでは行きませんでしたが」
「そっか!ありがとっ!!あと、酢豚?ってやつすっごく美味しいっ!」
「そうですか。それは良かった…」
彼女はそう言って、にぱっと笑った。
何がそんなに楽しいのか、彼女はずっと笑みを浮かべたまま。こんな彼女が「災厄」と恐れられるのは、よく解らない。
話に聞いていた様なことはしていないし、というか何もしていないし。やけに空気が読めないとは思うけれど。
「―――にしても、深莉ちゃんやっぱり強いんだねっ!」
「いえ…先程のは、少し頭を使えば…」
「そういうとこ、かっくいーいっ!」
「…」
私は頭を掻く。格好良いと言われても…
取り敢えず、彼女―――葦屋月奏の内部を破損させることが出来たので、一週間は本調子には戻らないだろう。
ただ、少し彼女の主人のことが気に掛かる。彼女は面白いと言っていたが、それはどういう意味なのだろうか。
…それは、「天災」に匹敵する位、という位なのだろうか…?
「みーりちゃんっ」
「はい?」
「一緒に寝よっ!」
彼女はにぱっと笑う。やはり、普通の人間にしか見えない。見た目と中身が多少年齢とは入れ違っているけれど、それでも。
「…解りました」
「わーいっ!」
こんな彼女を見ていると、私はずっと彼女を護り続けなければいけないんだな、と感じる。だが、それは嫌ではない。寧ろ心が温まる。
「それじゃ、早くぅ!」
彼女に手を掴まれ、そのまま引っ張られる。
―――明日からもこんな生活が続くのなら、それも悪くない。そう思った。思って、しまったのだ。




