第八話
胸倉を掴まれて散々揺すられた後、俺たちはようやく一息つける話し合いの場を設けることができた。と言っても、話しているのは俺とマキューリアだけである。
「力を返せ」の一点張りだったアイナは、少し離れた場所に座り、拗ねた表情のまま広間の入り口を見つめていた。本人はしきりに「見張り」であるとマキューリアに言い張っていたわけだが。
「つまり俺を召喚したのは、マキューリアさんってこと?」
「キュリアで構いませんわ。召喚への道筋を作ったのはわたくしで間違いないのですけど事情は少々異なるのですわ」
「さっきの正攻法じゃないってやつ?」
「そうですわ。ユージの召喚要請はかなり特殊だったことは否定できませんわね」
「特殊……?」
「そうですわ。ユージの召喚にはアイナの体え――」
「わあああああああああ! キュリア言っちゃダメえええええ!!」
ずざざざっとヘッドスライディングよろしく乱入してくるアイナに巻き込まれて吹き飛ばされるマキューリア。頼む、話が進まん。
気付けば見張りの任務はどこへやら、ちょこんとアイナも輪に加わり、話に参加するつもりらしい。
「……詳しい話はまたの機会を設けるといたしまして。とにかく特殊だったのですわ」
「確かに要請というより、気付いたらここにいたって感じだったもんなぁ」
せいぜい思い出せるのは、教室の中だったことくらいだ。
帰宅しようとしたら異世界にいた。それこそ唐突に。突然だった。
その後は知っての通り、知りたくもなかった現実を知ることになり、憧れの象徴であった勇者には背中から斬りつけられるという、前代未聞の事態に遭遇したわけなのだけれど。
「(どこかまだ夢物語な気がしてる……)」
今更覆すこともできない事実に対して俺は。
それでもまだ、羨望した、憧れた物語を信じたいと思ってしまうわけで。
「そのあたりについては申し訳ございませんと頭を下げるしかありませんわね。もっともわたくしたちも予断を許さない状況でしたので、言い訳をするつもりもありませんけれど」
「俺が今更怒ったとしても、どうにもならないしね。それにしても……あの人、やっぱりこの世界の勇者、なんだよね?」
「……ヤナギですか?」
「うん」
俺の問いにマキューリアは少し複雑な表情を浮かべた後、ゆっくりと頷いた。
「……そうですわ。ヤナギは5年程前にわたくしたちが召喚した異世界召喚者で間違いありませんわ」
「そっか……」
わかってはいたけど、改めて言葉で聞くのは結構つらい。
夢だった。憧れだった。それは俺だけじゃない。もっと多くの人達だってそうなのだ。
ただ、みんなは知らないだけ。たまたま俺だけが知ってしまったというだけで。
「ヤナギを勇者として崇めるのは六国辺境統一の国主の一派だけなのですわ。その国主たちですらヤナギには逆らえませんから、政はヤナギの独裁と言っていいのですわ」
「アイツは……何もしていない私たちのところに攻めてきて、集落を襲い略奪を繰り返しているの! 狙われた一族の女性や子供はみんな奴隷として連れて行かれちゃうの! なんであんなヤツが勇者として召喚されるのよ!」
アイナが拳を強く握りしめたまま、感情を爆発させる。
マキューリアも、そんな彼女をどことなく悲しげに見える表情で見つめていた。
「俺さ……アイツの物語を読んだことあるんだよ。俺らの世界ではさ、勇者や英雄はみんなその功績を自著にして残してる。勇者ヤナギの物語は≪六聖剣の勇者≫って本で出てるんだけど。誰も抜くことのできなかった6本の聖剣を抜いて、魔王の一族を征伐して、敵味方問わず異世界を平定しちゃうんだよ。過去の恨みや辛みも全部なかったことにして、平等な国を築いたって、そんな物語な」
俺の語り聞かせた話に、アイナは「くだらない」と一蹴した。
マキューリアでさえ「とんだ作り話なのですわ」と漏らす。
「なによそれ、お臍でお茶が湧くっての! 嘘八百もいいところよ。アイツはね、私たちの一族を勝手に魔の一族に仕立て上げて、六国を利用して虐殺行為を扇動したのよ!? それにこの国に、世界に平等なんてないわよ。アイツの傍にいたやつは取り立てられて、それ以外はみんないいように使われているだけ! 聖剣を抜いたことくらいしか事実として書かれてないんじゃないの!?」
もし聖剣を抜いたことだけが事実なのだとすれば、自著の9割8分くらいは嘘で塗り固められた架空の物語という事になる。
ゴーストライターどころの話じゃない。ゴーストストーリーだ。
とんだ創作じゃねえか!
そしてふと、それなら他の異世界で活躍している勇者や英雄たちはどうなのだろうか、そんな詮の無い思考が脳裏をかすめたがすぐに消し去った。
少なくとも今考えても仕方のないことだと思った。
「まぁいいや。いや、全然よくはないんだけど。それはそれとしてアイナやマキューリアはどうして他の異世界の人間を召喚しようと思ったの?」
「簡単な話ですわ」
「そんなのアイツを……勇者を倒すために決まってるじゃない!」
それはつまり……?
いや、まさか……ね?
だって、ほら。危ないじゃない、ね?
「ユージには、わたくしたちの世界【ギェナー】を救っていただきますわ。いっそ魔王を名乗っていただいた方がわかりやすくていいかもしれませんわね」
ほらね?
まさかだったでしょ?
ん?
魔王?
マキューリアさんは何言ってるんだろうね?
「ユージ、あなたは私の力を奪ったんだから、これは義務なのよ! 私に勝利という名の税金を納めるのよ!」
税金どころか地上げ屋じゃねえか!?
どうしよう、なんだか本当にとんでもないことに巻き込まれてしまった。
なごやか(?)歓談タイムに突入。
さて今後の方針はいかに。