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第五話


 ……やっぱり俺は異世界に召喚されたのか。


 多くの勇者や英雄が歩んだ足跡のひとつに、まさか自分が選ばれるなんて。

 そんな想いと裏腹に、なんで俺なんだろうという想いもまた巡る。

 そして、巡る思考はそれだけじゃなかった。

 魔導元帥と呼ばれる彼女が言った、あの言葉。



 俺の異世界召喚は、普通の召喚要請ではないのだということ。



 俺の召喚要請には何ひとつ幻想的な要素がなかったのも、このせいなのかもしれないな、なんて思う。

 そうして、途端に溜息をつきたくなった。


 ……だから、言ったじゃないか。

 異世界に召喚されるなんて、嫌だって。

 ファンタジーとリアルのバランスは、リアルが圧倒的な比重を持ってしまえば、抱いていた幻想や空想はあっという間に塗り潰されてしまうんだって。

 だから俺は、ずっと読み手でいいんだって。そう思い続けてきたのに。



 ――ああ、帰りたい。



 ついさっきまで、あの女の子の覚悟にあてられて、括ったつもりのお腹だってそりゃ緩くもなるさ。

 どうしたものだろうかと、そう深く、深く考えただけで、十分だった。



「えっ……?」



 十分だって? いったいなにが?


 そんなものは、決まっている。




 俺と、この異世界とを繋ぐ証である力が、揺らぐにはあまりにも十分すぎるのだと。




 背に走るこれまでに感じたこともないような激痛が。


 焼けるような強烈な疼きが。


 右肩から左の脇腹にかけて、痛烈に走った。



 なにが、おきた……?

 なんで、いたい……?


 どさりと、自分の身体が倒れ込む。



「少し遅かったので気になって来てみれば、懐かしい顔があるじゃないですか」


 倒れるほんの間際に振り返った光景。そこには中年くらいの男の姿。

 右手に握った剣からは血が滴る。

 そして、もうひとつ気が付いたことがある。

 それはその小太り気味な男が――サラリーマンの着用するスーツを、上下しっかりと着こなしていたということに。



「やめて――!!」


「いけませんわ、アイナ!」


「でもッ――!」



 走り出そうとした漆黒の少女を、マキューリアが止めたようだった。

 じくじくと痛む背中から、どくどくと血が漏れ出ていく。

 誰だよ、異世界は楽勝だって言ったの……。

 おい章弘……全然楽勝じゃねーって……。



「……これは少々誤算ですわ。まさか貴方が直接出向いてきていたなんて。それにあの殿方の力もこんなはずでは……やはり勇者のようにはいかないということでしょうか……って、アイナ。前に出てはいけませんわ」



 マキューリアの忠告を無視して、漆黒の少女――アイナ――が前に出る。



「キュリア、あの男の子はあなたが召喚したのね?」



「そうですわ」



「だったら、私たちが彼を巻き込んだということよね?」



「そう……かもしれませんけど……」



「しかもどうやったかはわからないけど、正攻法じゃないのよね? 要請じゃなくて、強制だった可能性もあるのよね!?」



「そ、その通りですわ……」



「だったら……」



 アイナの向けた強い眼差しが、俺の瞳を確かに見据えて。



「だったら! そんな状況にも関わらず、危険を冒して姿を晒して、注意を逸らしてくれた彼を、ここで死なせるわけにはいかないじゃない!」



 アイナの声が、まるで爆発したかのように広間に響く。

 じん、とその声は俺の胸にも確かに響いて。どくん、と胸が鳴った。

 白銀の集団も、俺の背後に現れた男も、アイナの傍に立つマキューリアでさえも――息を呑み。



「戴冠だとか、そんな略式めいたものはどうだっていいの! 貴方たちが、魔であると。魔の一族であると。魔王であると。ただ流れる血が、ほんの少し違うだけで迫害し続けてきたお前たちが、殺したいのは私だろう! だったら来ればいい。殺しに来ればいい! でも、彼は関係ない。そんな彼を殺すのなら、私はそのことごとくを退けて、彼を助ける! 助けるんだから!」



 一歩を踏み出す彼女の姿に、白銀の集団が陣を組む。

 禿頭の男が、聖剣に炎を宿した。


「ついに本性を現しましたね、反逆者の魔王め。生かして捕らえられるなどとはもう思わぬことと知りなさい。我らが聖剣の力にて、ここで打ち滅ぼしましょう」


 構える白銀の集団に、アイナはしかし足を止めて。

 ゆっくりとマキューリアへと振り向く。



「……キュリア」


「はい」


「言いにくいんだけどね、力……出ないのだけど」


「はい」


「ひょっとしてあなた、何かした……?」


「はい」


「ちょっと何してくれてるのよおおおお!!!」



 突如踵を返して、アイナはマキューリアに掴みかかる。



「お、お、落ち着くのですわ。あの殿方を異世界へと召喚する際に、アイナの体液を使いましたでしょう?」


「知らないわよ! というより使ったの!? なに使ってくれちゃってるの!?」


「アイナの唾液を使ったのですけど、それには理由があるのですわ」


「ちょっと! あれはお口の検査だって言ってたの嘘だったの!? ちょっと返しなさいよ! はやく!」


「……ゆ、揺すらないでほしいのですわ。異世界からの召喚は、元来世界と来訪者とを紐づけて行うのですけれど、既にこの世界は勇者と契約を結んでおりましたので、同じ手段は使えなかったのですわ。なので、わたくしは考えたのです。世界と結びつけることができなくても、世界に住む個人とならば二つの紐を結ぶことができるのではないか、と。そしてあの殿方の召喚に至ったのですわ。褒めてくださいまし」



 ぷるぷると震えながら、アイナは掴みかかった両手にさらに力を籠める。


「つまり!? どういうこと!? 私のた、た、体液でしょ、召喚した彼と、私の力が湧いてこないことにはどんな関係があるっていうのよ!?」


「知っての通り、異世界からの召喚者はとんでもなく強力な力を有して召喚されるのですわ。そしてそれは、世界と異邦人が結びつくことによって発現する力と言われているのですけれど……。つまり要約をいたしますと、世界が渡すはずの力をアイナの力で置き換えたのですわ。ですので、アイナの力は」



 マキューリアはアイナを指さして、倒れる俺へとさし直す。



「こっちから、あっち。ですわ」



 なんであの2人は漫才をしているのだろうか……。

 どくどくと俺の血は流れ続けている。


一瞬のコメディ色が……。

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