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第四話


「(や、やられる!?)」


 少女の剣と鎧を容易く破壊した炎は、かくして俺の胸を貫くほんの手前で。


「(えっ?)」

 消失した。


 文字通り、消え失せたのだ。


 貫かれていてもおかしくはなかった胸のあたりに、傷は見当たらないどころか服も無事。

 何かの力が働いたのだと、直感的に悟った。

 同時に一瞬でも死を覚悟してしまったことで、生きている自分自身に驚いていた。

 はたして、この驚愕はどう伝播したのだろうか。


 俺も、白銀の集団も、漆黒の少女でさえ、この場にいるすべての人間が、あり得ない事実に驚きを隠せずにいた。



「貴様、何をした!?」



 勇者に下賜された剣を信じられないといった表情であらためながら、禿頭の男は初めて、これまでにない表情の変化をもたらした。

 それだけあの剣に絶対的な信頼を置いていたのだ。あの力を弾き返すものなど、あるはずがないのだと。それこそ、妄信的なまでに。



「こ、これは勇者より賜りし聖剣ぞ!? かつての魔王の一味を薙ぎ払った真なる力ぞ!? 偶然など2度も起こらぬとしれ!」



 炎が再び剣身を形作り、男の一閃と同時に襲う。



「――――ッ!!」



 俺が言葉を発するより何倍も速く、炎は身体に到達――する直前に、消えた。

 またしても息を飲む、いや確定的に驚愕が音となり白銀の集団から広がっていく。


 そしてひとつだけ、確信する。

 禿頭の男の言葉を借りるなら、偶然は2度も起こらないのだということを。



「少なくとも、あの炎の剣は俺に効かない……!」



「信じられぬ……信じられぬ! この聖剣に抗うということは、すなわち勇者に抗うことと同義としれ! お前たち、あの者の首はなんとしても刎ねよ! 為さねばならぬ、これだけは絶対にここで為さなくてはならぬぞ!!」



 男の掛け声に、抜剣していた5人が駆けだす。

 さらにその後ろから、禿頭の男が三度炎で剣身を形作り追随する。


「(ただの剣の一撃は防げるの!? 防げなかったら真っ二つなんだけど!?)」


 聖剣だの魔剣だのと言われた攻撃が通らないことはわかったものの、状況はほとんどよくなっていない。

 ついでに言えば武術すら嗜んだことのない俺の身体は、緊張のあまりまともに反応さえしないわけで。抗う術なく5人を迎えるしかなかったその時。


 バチンッと強烈な破裂音が耳をつんざいた。

 思わず瞑った目を開くと、俺と白銀の集団を間引くかのように絨毯が焦げ、焼けた匂いが鼻をついた。



「アイナ、遅れて申し訳ありませんわ。少し色々と手間取りましたの」



 戦場に、圧倒的に不釣り合いな艶やかな声に、皆がその足を止める。

 白銀の集団も、当然ながら動けなかった俺も。

 そしてゴン、ゴン、と2度の大きな音を立て、二人の倒れる音が続く。


「おい、いったい何が起き――――」



「マキューリア、助かりました」


「礼には及びませんわ。後でいろいろとお手伝いはしていただきますけど。うふふ」



 漆黒の少女を取り押さえていたはずの2人が、床に転がっていた。


 そして、少女の姿を隠すかのように大きなローブがはためくと、そこにはもう一人。

 少女の漆黒の鎧と剣に対を為すように、真っ白なローブと魔杖を掲げた存在が露わとなる。


「アイナが諦めそうになった時、本当に冷や冷やしたのですわ。貴女に倒れられては、わたくしたちはまた数十年以上、弄ばれ続けることになるのですわよ? うふふ。でも、これでいよいよ戦況は五分五分になりましたわ」


 艶めかしい声と露わになるその姿。


 少なくとも。少なくともだ。

 彼女の存在を知っているらしい白銀の集団と、俺とでは第一印象の反応がまるで違った。



「これはこれは! 勇者の元より立ち去った魔導元帥殿。どこにお隠れになられていたかと思えば、反乱軍に身を寄せておられましたか。……なんと嘆かわしい!」



「(艶っぽい声と、その姿がまるで合ってない!)」



 禿頭の男に魔導元帥と、漆黒の少女にマキューリアと呼ばれたその存在は、身長は150㎝あるかどうか。

 プラチナに輝く髪がくるくるとくせっ毛のように乱れ、極めてスレンダーな体型の持ち主で。

 とろんとした眠たげな瞳が、その存在をより異質に際立たせていた。

 口調がやたら良いところのお姉さま的な印象が強く、そのギャップに俺だけが戸惑っていた。



「……しかしこの戦況を五分五分と評すには、少々楽観が過ぎませぬかな」


 マキューリアの登場は白銀の集団に僅かな動揺を与えたものの、俺に炎の攻撃が通用しなかった時ほどではなかった。

 それでも余裕の表情を浮かべるのは、マキューリアだ。


「うふふ、そうですわねぇ。勇者の魔剣、そのあまりにも厄介な力にはほとほと困っておりましたの。何しろ異世界召喚者の力は、わたくしたちにとって大きすぎるのですもの。でも、その魔剣に抗う術を、用意することができたとしたら。うふふ、戦況を五分五分と評して差し支えないのではと思いますわ」


 そう宣言したマキューリアの眠たげな瞳が動き、俺とぶつかった。

 そして、彼女の視線を追って、白銀の集団の視線も俺へと再び集まる。



「俺……?」


「彼が……?」



 俺ただ1人、いや正確には漆黒の少女も含めて2人なのだが。

 状況を把握できていない2人だけが、頭上にクエスチョンマークを浮かべていて。

 そんなマキューリアの意図するところを、真っ先に気付いた禿頭の男だけが、まるで怪物を見るかのような瞳で、俺のことを見ていた。



「うふふ。そちらの殿方は、わたくしが召喚した(よんだ)のですわ。もっとも、普通の召喚要請を送りだすことができなくて、とてもとても苦労したのですけれど」


「……あり得ぬ。否、これはあり得てはなりませぬぞ。世界に勇者が二人存在するなど……あっていいわけがない……! 魔導元帥殿、とんでもないことをしてくれましたな……」


「もっと褒めてくださってもいいのですわよ」


「戯言を……。もはや反乱などという生易しい言葉では済まされませんぞ」


「うふふ。ご自由にご解釈いただいてもらって構いませんわ。此度、あちらの殿方が正規の手順でなかったとはいえ、わたくしたちの召喚要請に応じられたその意味を、ぜひともじっくり考えていただきたいですわね」



 それに、とマキューリアは続ける。

 眠たげな瞳をにこりと、俺に向けて。



「あの殿方には、あなた方では傷ひとつつけることは難しいのですわ。唯一の懸念であった魔剣の力さえ、届くことはありませんでしたのよ。うふふ。五分五分と申し上げましたけど、このままあの殿方と戦ったら、あなたたちは本当にどうなってしまうのでしょうね」


 うふふ、と笑うマキューリアの声だけが、あっという間にこの場を支配した。


新キャラ登場です。

ちょっとずつ物語の核心に迫ってきているかな?

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