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第三話


「ちょ、ちょっと冷静になって話し合いません?」


 そのなんとも間抜けな言葉のチョイスはともかく、この場にいる全員の注目が俺に集まる。


 白銀の集団、そして漆黒の少女。

 双方にとって、これは明らかな部外者の登場である。

 それぞれの視線は呆気にとられた色彩を宿したものの、それもごく僅かな時間で。気配はあっという間に警戒の色へと切り替わる。



「――何者ですか?」



 一瞬の静寂を払ったのは、あの禿頭の男だった。

 少女に向けていた態度同様、冷たい視線に背筋がぶるりと震える。

 内心えらく緊張しながら、次に紡ぐ言葉のチョイスを頭の中で必死に巡らせる。


「えーと……通りすがり的な……そう、吟遊詩人! 吟遊詩人なんですよ! たまたまこの場所を通りかかりましてね? ほら、穏やかではない雰囲気を感じたので、少し冷静になって話し合いをしてみたらいかがかなと……」


 しどろもどろのはったりスタートから、なんとか体裁だけは保てた、と思う。


 多くの異世界の自伝には、必ずと言っていいほど登場するのが吟遊詩人だった。

 世界を巡る彼らは多くの人、国において、思想や文化を音色や歌声をはじめとした様々な方法で伝え、導いていく。


 決まって彼らはどこの国にも属することなく、自由の象徴として描かれる。時として、それは勇者を助ける存在としてもだ。

 つまりは、吟遊詩人ならどこにいてもおかしくはない存在だということ。

 咄嗟の判断にしては、我ながらナイスチョイスである。


「こんな場所に、吟遊詩人? ……ですがそのおかしな出で立ちからして……いや、なるほど。そういうことでしたか! いえ、そういうことにした方が都合もよいでしょう」


 禿頭の男が片手で合図を送ると、取り巻きの5人が抜剣し、2人が少女の元へ駆け寄った。少女は両腕を左右から拘束されてしまう。


「い、いやっ!」


 少女がその顔を歪め、思わず「ちょ……!」とつぶやいた俺の声も、禿頭の男にかき消されてしまった。


「よからぬ噂や民の信仰心を煽るだけが取り柄の渡人わたりびとめ。狩りを通して処刑し尽くしたと思っていたのですが、よもやこのような辺境にまだ生き残りがいたとは驚きです。しかし、これで頷けるというもの。この地に渡り、そして貴方は語ったのでしょう。根も葉もない噂や信仰心を焚き付けるだけのくだらぬ虚言と妄言を。語り、謳い、説き、叫んだ。そして民は、いや魔王はそれを真に受けたのでしょうかね。ゆえに戴冠し、反乱を企てた。ははは、これは面白い筋書になりました」


「……なん……っ」

 俺は思わず呻くような声を漏らした。

 吟遊詩人を狩った……?

 世界の自由を象徴する吟遊詩人を法螺吹き扱いで処刑にするなんて、行き過ぎた行為にも程がある。少なくとも、自分が知っている、読んだ異世界ではそんなことが起こった記述は一切ない。

 ファインプレーだと思ったはったりは、思わぬ地雷を踏み抜くことになってしまった。

 くそ、どうするどうするどうする!?



「……関係、ない……」



 ふと耳に届いた言葉に俺はハッと顔をあげる。


「その人は、関係、ない。だから、違う。そもそも、反乱なんて、企ててない、んだから……っぐ!?」


「おしゃべりはもう結構」


 禿頭男はぴしゃりと以降の言葉を封じ、その冷たい瞳を俺へと向けた。抜剣した5人の取り巻きが、俺との距離を僅かに詰める。


 さて、これはいよいよマズくなった。もっとも然したる算段もなかったのに、飛び出したのは自分の落ち度だから言い訳のしようもないわけだけど。

 ただ、こんな状況だからこそ腹も括ることができたと言っていい。

 いや、正確にはあの女の子が、自分のことを関係ないと言ったその瞬間に。


 だって思い出せ。


 異世界に召喚された地球人はどうなる?


 章弘だって、言っていたじゃないか。




「異世界召喚されたこっちの人間は身体能力が跳ね上がるらしいし、特殊能力も発現するって話じゃん。楽勝っしょ」




 身体能力の向上


 特殊能力の発現



 あらゆる異世界の自伝で描かれないことはただの一度もなかった、異世界召喚者の最たる証明だ。彼ら彼女らが活躍し、勇者や英雄と崇められるに至った強大な因子。

 米寿間近のお爺ちゃんだって、魔王を倒すに至った力の根源。


 ここが、異世界なのだとすれば、その恩恵は間違いなく自分の手の中にもあるのだ。だったら……!



「……よく聞け! 吟遊詩人とは仮の姿。俺は、異世界からの召喚者だ!」



 しん、と静まり返る広間に、再度呆気にとられる白銀の集団と女の子の姿がそこにはあった。


 ――決まった。それも恥ずかしいくらいに。


 俺が羞恥に少し悶える中、「く」と声が漏れた。

 女の子じゃない。禿頭の男だ。

 何がおかしい。異世界召喚者だぞ。圧倒的な力を有する存在なんだ、ぞ?


 なのに、禿頭の男は笑みを浮かべはじめ、女の子はどこか悲しい表情へと移ろっていく。


「くく、ははは! 異世界からの来訪者だと。これは随分と大きく出たな、渡人」


 そして、男は俺に向かって翳す。あの、剣身のない剣を。


「あまりにも浅学な貴方にひとつ、良いことを教えて差し上げましょう」


 男の剣に、炎が宿る。


「この世界には既に招かれた勇者が存在するのです。そして、我々は勇者よりこの聖剣を下賜されています。さあ、これは何を意味するのでしょうかね」


「(どういうことだ、あの男は何を言っているんだ?)」


 炎が、剣身を形作る。


「つまるところ、勇者は世界に二人と存在しないのですよ。渡人のお前は、自らが大法螺吹きであると、高らかに証明しただけなのです。偽りの勇者である、と。罪人ごときが、勇者を騙るなど……」


「(勇者は二人と存在しない……? いや、でも確かに異世界の自伝で登場した召喚者は本人だけだったけど、それじゃあ……!?)」


 向いた剣先が、僅かに持ち上げられて。


「その大罪、矮小なその命で償いなさい」


「(それじゃあ、俺はいったい……!?)」


 剣身を形作った炎が、一直線に伸びてくる。

まだまだピンチですね。次話は新キャラ登場です。

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