第一話
『それでは次のニュースです。東京都世田谷区下北沢に在住の北島源五郎さん(86)が、異世界【レグルス】において魔王を打ち倒す偉業を成し遂げました。地元では帰還した源五郎さんの凱旋パレードが予定されており、大変な賑わいをみせています』
「米寿間近なのにすげえバイタリティだな」
俺はテレビに向かってツッコんだ。
なんてことのないニュースだが、活躍したお爺ちゃんの年齢にはビビる。
少子高齢化社会もいよいよここまで来たか。
でも86歳だと自伝を記す前に天に召されちゃうかもしれないな。一応メモはしておくけど。
『次の――たった今速報が入ってきました! 長崎県佐世保市在住の本田みかんちゃん(8)が、異世界【ムルジム】第一帝国の御妃様に選ばれたとのことです! これは大変嬉しいニュースが飛び込んできましたね、コメンテーターの山田さん』
「今日は随分極端な、てか8歳相手は犯罪じゃないのか……」
俺のぼやきは、当たり前だがニュースのお姉さんには届かない。
代わりにコメンテーターの山田さんとやらが意気揚々と答えた。
『そうですね。異世界の王室や帝室に入った日本人はこれで21人目になります。新たな異世界の国と友好的な国交を持てるのは大変喜ばしいことですね。日本人を中心とした異世界転移が恒常化してはや15年です。最初は様々な外交問題こそありましたが、今や異世界に召喚されること自体が、日本のスポーツ選手が世界のトップリーグに挑戦することとなんら変わりありません。日本人は世界だけでなく異世界にも通用しつつあるのです』
人気コメンテーターの山田さんとやらが、なんだか的を射ているんだかよくわからないコメントを並べる。
異世界に行くことが、米大リーグやイングランドプレミアリーグに挑戦して活躍することと同義で語られている。
それが今の日本。オールジャパン。なんてこった。
『今や世界は大勇者時代なんです! あ、これは某国民的漫画からの受け売りなんですけどね? でも過言じゃありませんよ。異世界での活躍、素晴らしいことじゃないですか。異世界は召喚される地球人を中心に平定されて、我々の存在意義や知名度も大きく跳ね上がるわけです。今回の御妃様の件も同様です。まさにWinWinの関係と言えるでしょう。ここ数年で子供たちのなりたい職業ランキングも公務員やスポーツ選手を抜いて異世界召喚者なんです。みかんちゃん(8)にもぜひ国のために活躍していただきたいですね。なにせ日本の新たな経済戦略も含めて――』
ぷつん、と。
コメンテーターの山田さんが突如ブラックアウトした。
いや、テレビが消えただけなんだけど。
「ほら祐二、アンタそんなことしてたら学校に遅れるよ! さっさと出る出る!」
「わかったから、行ってきます行ってきます」
半ば母親に追い出される形で、俺――霧島祐二――は学校に向かいながらふと思う。
「そういえば8歳だと自伝を書くにしても10年以上先になるんじゃね?」
*****
「聞いたか祐二? 隣のクラスに葉加瀬っていただろ? あの眼鏡のヤツ。アイツ異世界に召喚されたらしいぜ?」
「マジで?」
「マジマジ。これでしばらくは異世界ライフだろ? 勉強しなくていいとか羨ましいわー」
「そんなもん?」
「そりゃそうだろ。召喚者には召喚要請が来るんだろ? 召喚要請って本人にしか見えないらしいんだけど、すげえ幻想的だって話だしな。魔法陣とか出たら格好よくね?」
教室に到着しても、ニュースでやっていたような世間の話題と然程変わらないのも日常だ。
高校2年生の2学期も半ばを過ぎ、受験に向かって動き出している学生も多いのだが、こういった娯楽もやっぱり必要なわけで。
「でも祐二は異世界召喚者の情報集めたり、自伝は読みまくってるのに、ホント実際の話には冷めてるよなぁ? 行きたくねえの、異世界?」
「うーん、行った人達の本を読む方が楽しいからなぁ。章弘は行きたいの?」
「当然だね! あっちで活躍して凱旋したら、後は一生遊んで暮らせるんだぞ。こんなおいしい話はないね。人生イージーモードまっしぐら! カモーン異世界召喚!」
ばっと俺の友人、上田章弘は両手をあげてポージングする。
なんのポーズだよそれ。
「でも無事に帰ってこられない人もいるって聞くよ?」
「そんなのほんのごく一部だろ? 大丈夫大丈夫、異世界召喚されたこっちの人間は身体能力が跳ね上がるらしいし、特殊能力も発現するって話じゃん。楽勝っしょ」
「そうなんだろうけどさ……活躍を見たいなら凱旋した人達の本を読むだけでも満足できると思うんだけどなぁ」
「他人の活躍じゃなくて、自分の活躍! 祐二にはわっかんねえかなぁ、この勇者に憧れる的な? 英雄になってモテたい的な? この熱いリビドーがさー!」
「はいはい、リビドーリビドー」
「うわ、流しやがった、ひでえ」
「お前ら席につけー、出席取るぞー」
がらりと扉が開き、教師が入ってくる。
わいわいがやがやとざわめく教室もあっという間に静まる。これ学生の本分。
とりあえず忘れないうちに葉加瀬くんの名前はメモしておこう。
そうしていつもの日常がまた始まる。
*****
「じゃあな、祐二。俺これから塾あるからよ」
「おー、また明日」
異世界召喚にあれだけ憧れていた章弘でさえ、現実的な日常は決して無視できないのだ。
なぜなら僕らは受験を睨む高校生。
いや、これが当たり前といえば当たり前なんだけどね。
そんな自分は塾に通っているわけでもないので、さてどうしたものかと考え始めたところでふと思い出す。
「そういえば異世界【アンタレス】に召喚された人の自著が今日発売だっけ。おお、テンションあがる!」
グッジョブ俺!
思い出しただけでワクワクが止まらなくなってくる。
最近は、というより物心ついた時から、異世界召喚者たちが記した冒険譚(自著伝なんだけど)はなによりも自分の心をくすぐった。
空想や架空のファンタジーでしかなかった世界に、リアリティが介在する事実はとてつもない衝撃をもたらした。
なによりも彼らの活躍劇は、何物にも代えがたい最高のヒロイズムとして、少年少女の心を躍らせないわけがなかった。
捕らわれのお姫様を救ったり、
巨大な竜を打ち滅ぼしたり、
魔王と呼ばれる悪の存在に勝利を収めたり。
はたまた、誰もが羨むようなラブストーリーが待ち受けていたりと。
想像の先にある確定的な現実。
ニュースの子供たちのなりたい職業No.1も、ある意味頷けるというものだ。
「うし、買って帰ろう。今回はどんな物語なんだろうなぁ」
だから。≪錯覚せよ≫。
この時。≪力を貸し与えよ≫。
教室から出るだけの扉を。≪今こそ≫。
引いて。≪我らの求めに≫。
ただ一歩を踏み込んだ、≪――応えよ≫。
――世界は、唐突に異なる世界へとうつろう。
はじめまして。
第一話投稿です。
異世界の話になるはずなのに、まだ異世界行ってません。
いったいどんなお話になるのか、応援していただけると嬉しいです。