5.夏めぐり
淡い光。標。
それが照らすのは、普段は踏まれ慣れていないアスファルト。川辺に寄り添う道。
人々の雑踏に耳を澄ませて、自分はその最後の夜を目に焼き付けていた。
……生憎、自分には目も耳もないのだけれど。けれど、人であった頃の感覚が、その名残りが、未だ自分の中にある証だというのなら、唾棄すべきものとも思わない。
今日は、祭りの日だった。
いや、祭りと呼べるほど大層なものでもない。
小さな町の、小さな集まり。
最初はどこぞの社員たちが一本の桜の木をライトアップしただけのささやかなものだったが、今では規模がどんどんと膨れ上がって、ここら一帯の桜を全て照らす地域行事へと変貌していた。それこそ、今では軽い夏祭りのようなもので、人々は夜の中美しく輝く桜の彩りに、網膜とカメラのピントを合わせている。
桜の木なんか見て、何が楽しいのだろう。
被写体としての自分には、純粋な疑問だった。
けれど答えは既に知っていて、人々は一瞬にも満たない桜の咲き誇りと散り行くさまを、その潔い儚さに、哀愁とか郷愁とかを勝手に投影して、やれわびさびだのもののあはれなどと形容し、美化し、悦に浸っているのだ。
だから彼らが見るのはその花びらのみで、ろくに咲かすことのない自分のような桜には、見向きもしないのは当然だと理解していた。まあ、おかげで余計な脚光を浴びずに済んでいるのだが。
そんな自虐とも自己弁護ともとれることを考えていると、自分のところへとやってくる一人の人間に気が付いた。
珍しいと思った。大観衆は血管を流れる血液のように、川辺の桜並木を通行している。それに対してここは川辺からも離れていれば、他の桜も見えやしない小さな空き地であったから。
「こんにちは。久しぶり」
ソプラノ声を響かせて、少女はそう口を開いた。
周りを眺めてみるが、他に人間はいなかった。対して少女の目はまっすぐ自分に向けられている。
まさか、聞こえるわけがない。
そう自分に言い聞かせるが、少女の目の奥には明らかに花を咲かさない桜が映り込んでいた。
「それとも、忘れちゃった?」
しかし少女は頭にかぶっていた帽子に触れると、慌てたようにそれを取り払った。
もしかして、お前は
「何年ぶりだろ。わたしのこと、覚えてる?」




