ライバルポジは回避不能
私はその日、自分の部屋のベッドでいつものように目覚めて、そして夢から覚めたように唐突に思い出した。自分が同じ人生を何度も繰り返していることを。
私、天宮珠希は国内屈指の大企業、天宮グループの社長令嬢として産まれた。4人兄妹の末娘として誕生した私は会社経営に携わることなくただ蝶よ花よと甘やかされて育ったが、そのかわり8才の頃には許嫁が居た。それが月城聖一。日本どころか海外でも有名な大企業のご子息様である。
金持ちな上にアイドル顔負けの華やかさのある聖一は小中高とどこでも人を惹きつける存在だった。そんな彼が私の許嫁なのだ。優越感は半端なかった。全てが私の思うがまま。聖一と結婚して幸せになる未来しか想像出来なかった。
しかし、高校三年の夏、あの女は現れた。
「聖一先輩」
特待生だかなんだか知らないけど一般家庭のくせに莫大な学費がかかる我が校に入学してきた場違いな女。それが花森桃香だった。
どんな手を使ったのか知らないけどいつの間にか聖一の周りをうろついていた女に珍しく聖一も気を許していたようだった。モテる聖一のことだから多少のことは目を瞑っていたけれど、この女に関してはなぜだか頭の中で警報がなった。
この女は私の幸せをぶち壊す。
今思うと、繰り返す人生の中でこの女との出会いが私のターニングポイントだったのだ。しかし私はいつも選択を間違えてしまう。
私は決まってその女を聖一から遠ざけようとした。学校に居られなくなるように他の生徒達に命令して虐めさせたり、女の父親の会社を買収して学校を辞めなければクビにすると脅した。その時は怒りでまわりが見えなくなっていて、厳しい顔つきの父に呼び出されるまで気づかなかったのだ。私は既に幸せな人生を踏み外してしまっていたことに。
「聖一君から婚約を破棄したいと申し入れがあった。月城社長もお前の行き過ぎた言動を重く見て、我が社との契約は当分見送るそうだ」
頭が真っ白になって何も答えられなかった。疑ってすらなかった幸せな未来が崩れ去った瞬間だった。
その後、茫然自失となった私は高校を卒業し海外留学という名の勘当状態で異国の地で一人暮らした。もちろん海外じゃ天宮の権力に媚びてくる人なんて居ないから友人は作れなかったし、就職するなんて考えてもなかったからまともな仕事には就けなかった。最期は孤独死だったと思う。こんな筈じゃなかったと、若い頃の憧憬を思い浮かべて寂しく死んでいく。そんな人生を私は幾度も繰り返していたのだ。
しばらくベッドから動けなかった。悪夢のような事実に気づいてしまったのだ。夢だと思いたいが残念なことに10才の現時点で今までの人生と全く同じ道を歩んでいる。このままでは孤独死一直線だ。
ああ、もう孤独死なんて嫌。私だって幸せになりたい。
もんもんと思い詰めた末、私はガバッとベッドの上に立ち上がった。
「回避するのよ。今度の人生こそは、皆に祝福される幸せな人生にしてみせる!」
かくして、私による私の為の「孤独死回避大作戦」が決行されることとなった。
まずは私を孤独死へと導く大元の原因、月城聖一との関係修復である。
残念なことに二年前に親同士の取り決めで既に許嫁関係となっている。そして昨日までの私は聖一にかなり横暴に振舞っていた。特に好きでもなかったのに格好良くて人気者の聖一が自分の物だということをただ自慢したかったのだ。これじゃあ婚約破棄されたって仕方がない。それにどっちみち花森桃香が現れれば婚約破棄される運命。それならば良き婚約者ではなく良き友人という立場に収まり、私達の関係が切れても会社の契約は切られないようにするのが一番だろう。
「聖一、今までわがままばかり言ってごめんね。お詫びにしばらくは聖一のわがままを聞いてあげるわ」
「え?どうしたの珠希、熱でもあるの?」
「熱なんてないわよ。私、これからは聖一と良いお友達になりたいの」
「えー、珠希は僕のお嫁さんになるんだよ?お嫁さんはお友達じゃないんだよ」
「私、友達になりたいんだってば!もうっわがまま聞いてあげないわよ!?」
「あー、ごめんごめん。じゃあこれから毎朝一緒に登校して毎週金曜日はお互いの家にお泊まりしよ」
「うーん…まぁ、いいわよ」
これで友達になれたのかしら?正直取り巻きばかりで友達と呼べる存在なんて居なかったからよくわからない。
でも今まで聖一にはわがままばかり言ってしまっていたからそれをチャラにするには同じくらい聖一のわがままを聞いてあげるしかないのだ。
次に勉強や習い事を真面目に取り組むことにした。
今までは社長夫人になって左うちわで暮らす気満々だったのでそこそこの勉学、社交マナーで乗り切っていたが、婚約破棄されるなら自立して生きていくことを考えなければならない。その上でいい成績を収めといて損はないし、習い事だって親のお金で受けさせてもらえるうちに習っていれば将来何かしら役に立つだろう。
そして中学の時だった。特に頑張っていたバレエの発表会の日、たまたま見に来ていた芸能関係者の人にスカウトされたのだ。
「え?モデル?珠希モデルになるの?」
「うん。モデルだったら今からでも働けるし。お金を貯めて早く自立したいの」
「自立って、何言ってるの?珠希は大学を卒業したら僕と結婚するんだよ」
「あら、将来何があるかなんて誰にもわからないじゃない。もしかしたら貴方の会社が倒産するかもしれないし、もしかしたら私と聖一は結婚しないかもしれないし」
「…そうか。珠希が僕との将来をそんなに真剣に考えていたなんて知らなかったよ。でも大丈夫、倒産したって珠希との婚約は絶対に無くならないから。いざとなったら僕も体を売るよ」
体を売るって、モデルとか俳優になるってことよね?まあ聖一ならすぐに芸能界入り出来るとは思うけど。
とりあえず聖一のことは無視してモデル活動は続けることにした。社会勉強にもなるし、交友関係も広がる。そして何より、モデル活動を続けるうちにファッションデザイナーになりたいという気持ちが芽生えていた。もともと洋服は好きだったけれど、モデルの仕事の関係で出会ったデザイナーさん達に触発されたのが大きい。今まで常に受身だった自分が何かを作り出す側に立つというのは新鮮な感覚だった。
高校三年の夏、ついに花森桃香が現れた。やはり私の知らない間に聖一と親密になっていた花森桃香は、聖一にしつこく付きまとっている。しかし今世の私は一味も二味も違うのだ。
幼い頃より強欲な精神を抑え、モデル活動で社会秩序というものを知り、今は夢に向かって邁進中。たかが小娘一人の存在に翻弄される私はもう居ない。むしろ微笑ましく見守ることだって出来てしまう。
しかし、なぜか花森桃香は怒り心頭な様子で私の前に現れた。
「天宮先輩。聖一先輩に気がないなら早く別れてもらえませんか?」
「…別れる?」
「そうですよ!天宮先輩は狡いです。美人でお金持ちで頭が良くて皆から憧れられている上に聖一先輩が許嫁だなんて!天宮先輩ならいくらでも素敵な男性に出会えるだろうけど、私には聖一先輩しか居ないんです!聖一先輩のこと本気で好きじゃないんなら早く別れて、聖一先輩を解放してあげて下さい!」
涙目で叫ぶ花森桃香。なんでかしら。なんだか私が悪者みたいになってる。どうして何も言わずに見守っていたのにこうなってしまったの?こっちは準備万端で二人がくっ付いて婚約破棄してくれるのを待っているというのに。
未だに花森桃香が泣き喚くので仕方なく聖一を呼び出す。聖一は二つ返事ですぐに駆けつけてくれた。
「珠希から呼び出すなんて珍しいね。しかも花森さんも居るし、どうしたの?」
「聖一、実は私、高校を卒業したらフランスに行ってファッションの勉強をするつもりなの。しばらく日本には帰らないと思うから、婚約を解消して貴方は好きな子と結婚したらいいわ。両親には説明しておくから会社の契約の方は切らないでもらいたいのだけど」
花森桃香の目の前で、聖一に言いたかったことを全て言った。
先日、思いきって進路を附属の大学からフランスの有名な洋裁学校へと変更したのだ。現地で学びたいという気持ちの強さから、皮肉なことに結局海外留学の運命を選んでいた。でも行かされるのではなく自らの意思で行くのだから、全く後悔はない。
花森桃香は驚いた顔をしていた。聖一にも何も相談していなかったので驚いただろうと思っていたが、聖一は変わらず笑顔で私を見つめていた。
「なんだそんなことか。心配しないでよ珠希、僕も一緒にフランス行くから」
「は?」
「うちの大学と提携してる学校がフランスにあるから僕もそっちに通うことにしたんだ。珠希と一時も離れたくないからね」
「え、なんで私がフランスに行くこと知ってるの?」
「ふふ、僕が珠希のことで知らないことがあるとでも思ってるの?珠希が小6の頃高梨のことが好きだったことも、高2の夏にモデル仲間の男とデートしたことも全部知ってるよ」
相変わらずのアイドルスマイルでそう言い切る聖一に鳥肌が立った。デートのことは親にも事務所にも秘密にしてたのになんで聖一が知ってるのかしら。
それよりも、どういうこと?高3になれば聖一に婚約破棄される運命ではなかったの?なんだかこのままでは聖一がフランスにまで着いてくる流れになりそうなんだけど。
「聖一先輩!目を覚まして!この人は聖一先輩のことなんて好きじゃないのよ!別れるのが貴方の為なの!」
「花森さん、好きとか嫌いとかそういう問題じゃないんだよ。僕には珠希が居ないと駄目なんだ。さ、話が終わったんなら早く帰ろうか。フランスでの僕達の新居を探さなきゃ」
「……」
聖一に引きずられる私を花森桃香が睨みつけている。
皆から祝福される人生を歩みたかったのに、結局私って恨まれる運命なのね。そのことに気づいてため息をついた。
「珠希」
「何よ」
「死ぬまで一緒にいようね」
しかし、孤独死だけは回避出来たようだ。