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第6話:狙撃

同日。オウルハーバーから南へ160km 名も無き無人島付近


(……1機逃した)


Ц4、コロッラは狭く蒸し暑く薄暗いコクピットの中で、リンクされたЦ3、リデァーカが操作する<イーヴァ>を介してそう知覚した。

<ルィーチャニェ>のシステムを立ち上げて狙撃モードに切り替えているため、正面のメインモニタは切られ、インクを流したように黒一色に染まっていた。


うなじのコネクタにこそばゆさを感じると、ちょうどリデァーカが通信周波数とセキュリティプロテクトを解析したのか、その敵機の通信が彼の耳に入ってきた。


《メイデイ、メイデイ、メイデイ、当機は政府連合海軍《U G N》第114分艦隊(1 4 4 S F)、ジョージア・オキーフ303番機アヤナ・セトガワ特務軍曹》


身体年齢ならば、おそらく自分たちよりも若いであろう。

軍人という、命のやり取りを生業とする人間にしては柔らかく、澄んだ女の声だった。


《何者かに攻撃を受けた。敵の位置及び規模は不明。攻撃により304番機を喪失(ロスト)。至急応援を求む。本機の現在位置は――》


相手は160kmの向こう。さらにこちらは地形を頼りに身を隠し、殆ど海面スレスレに静止して陣取っているので直接それを見ることはできない。


代わって<イーヴァ>を通じて幾多の数列に変換された情報からは、急旋回を行いながら回避行動を取る敵機の姿が浮かび上がった。


その動きはマニュアル通りで、おそらくは新兵なのだろう。フェイントとおぼしき急性機動も単調だった。

しかしその割に反応は素早く、動きにも迷いは感じられない。このまま育てば、腕の良いパイロットになるかもしれない。


しかし、それをこの手で潰さねばならないと思うと、コロッラの胸の内に黒い澱がジワリと溜まった。


(……)


コロッラが僅かに目元を細めたと同時に、彼の右隣で待機するルィージェが声を上げる。


《ざんねん、はっずれー》


戦場には酷く不釣り合いな、それこそまるで縁日の射的で的を外したかのように、朗らかで軽い口調だった。


それに対して、コロッラの左隣でデータ管理を担当していたリデァーカが声を掛ける。


《おい、茶化すなよルィージェ。集中力が途切れる》


至極正論をぶつけられ、ルィージェは《むー》と唸った。


《試射は成功、1機逃したが気にするな、命中精度は許容範囲内だ。これならやれそうだな》


《……まかせて》


コロッラは努めて冷静な口調で答えた。

ふと気が付くと、コントロールスティックを握った右手が微かに震えていた。

先ほどの無線を聴いたせいで、少し調子が狂ってしまったのだろうか。

今さら敵に感傷したところで、どうなるものでも無いというのに。


(だめ・・・・・・今は任務中・・・・・・)


雑念を払うべく、コロッラはそのまま目を閉じ、すぅ、と短く息を吐いた。


◇ ◇ ◇



予期せぬ敵との遭遇によって、その陽動の為にマティカが不在となった。

カシュトリャーチェは直掩を欠く形になり、残った3機はこちらも予定を変更して、より長距離からの狙撃を敢行することにした。


虎の子の「ツィクロン」を持ち出してきてはいるが、不利な状態に変わりはない。

敵がこちらが寡兵だと気付けば、数に押されて撤退どころか返り討ちは必至だった。

奇襲からの漸減で、どれだけ潰せるかが勝負だ。


作戦時間の猶予をギリギリまで使ってオウルハーバーを大きく迂回し、現在位置に至る。


《それじゃぁ……》と、リデァーカが攻撃手順を指示する。


《まずは艦隊の左右に展開するニューベリー級(駆 逐 艦)の二隻だ。CICを破壊して、レーダー()誘導ロケット()を潰しておく》


《・・・・・・了解》


《次に真ん中でふんぞり返ってる、|バーネット・ニューマン級《揚 陸 艦》の艦橋に一発。頭を潰した後でドテッ腹に二発撃ち込んで、艦載機の発進を遅らせる》


《・・・・・・了解》


《最後にモーリス・マック級(補 給 艦)だ。火器は近接防御火器システム(C I W S)だけだが、ルィージェの突撃を支援する為に破壊しておいてくれ》


《・・・・・・了解》


そこへすかさず、ルィージェがニヤけた口調で口を挟んだ。出番を後回しにされてウズウズしているのが見て取れた。


《コロッラ、無理そうならスルーしてもいいよ?CIWSの一つや二つ、ボクとЕ002なら楽勝で回避できるし》


突撃馬鹿(ルィージェ)のいう事は気にするなコロッラ。リスクは少ない方が良い》


《そんなぁ、ひどいよリデァーカ》


《だったら、もう少し黙って待っとけ》


ルィージェが《うぇ~》とうめき声をあげた。仲間の他愛ない会話を聞き流しつつ、コロッラはゆっくりと目を開ける。


思考操作で<ルィーチャニエ>に次弾を装填すると、特注品の125㎜の質量弾が"薬室"へと送り込まれ、その重々しい音と振動がフレームを伝ってコクピット内に響いた。


この砲は碌に整備も行えない環境のなか、健気にもまだ動いてくれいている。

使用頻度の多い<イーヴァ>や比較的構造が単純な<クルィーク>と違い、殆ど手入れができていない。


帰ったらどうにかしてもらえないか、スキタリツェ大尉に掛け合ってみよう。

そう考えながら、コロッラは発射作業を続ける。


《装填完了・・・・・・発射準備。・・・・・・Ц3、データリンクの制限解除を・・・・・・お願い》


《了解、最大幅でいくぞ》


リデァーカが答えると同時に、視角情報では追いつかない、常人であれば1秒と持たず脳が焼き切れるであろう、膨大な量の情報の波が0と1の数列となって、直接コロッラの頭の中に流れ込む。


お調子者のルィージェもさすがに黙り込み、第2射の準備を見守っている。


目標との相対距離、目標の進行方向、目標の移動速度、気温、湿度、風向、風速、惑星自転、重力偏差、自機の経度、緯度、高度・・・・・・


100や200では数えきれないほどの項目を、複数まとめて同時に処理する。


コロッラが乗るE003の背面に支持フレームを介してマウントされた<ルィーチャニエ>のシルエットは、強行突入時の曲面的なカウルに覆われたままだった。


その形はおよそ砲と呼ぶには似つかわしくなく、そもそも火砲であれば、その発射口が全く見当たらなかったのだ。


しかし、現に先ほど発射を行い敵ツァウバークライトの撃墜に成功している。


《数値諸元入力・・・・・・準備完了・・・・・・》


ならば、一体どのように――


《目標・・・・・・捕捉・・・・・・》


発射するのか――


《・・・・・・投射(ブロシーチ)


コロッラは小さく呟くと同時に、右手に握った、最終安全装置であるコントロールスティックのトリガーに軽く力を掛ける。


瞬間、背面の<ルィーチャニエ>からはトン、と、その大きさからすればあっけないほど僅かな音を立てた。

しかし、それで十分だった。


投射された125㎜砲弾は一瞬のタイムラグも無く、艦隊の右に位置した駆逐艦の一隻のそばに"出現"すると、そのまま艦体の中心部に突き刺さり、構造材を突き破りながら艦の中枢、CICを貫いた。

さらに弾薬庫か燃料タンクに引火したのか、爆発が上がり駆逐艦の中央部分は瓦礫に等しいまでに破壊された。


もう一隻の駆逐艦もほぼ同様で、爆風が千切れた構造材と乗員達を混ぜ込み、周囲の海面へとそれらを撒き散らしていく。


有効射確認。


E004<ルィーチャニエ>は、<ツィクロン>の開発過程で造られた実験機材の一つだった。

よくあるサイエンス・フィクションに登場する「ワープ」の如く、エフェクトによる瞬間移動を用いて、敵の懐に入り込む強襲作戦への投入が検討されていた。

しかし、実験を繰り返すものの、生身の人間を転移させることは不可能であると判断され、"公式には"研究は中断された。

結局、前段階である「無機物の投射」からアレンジを図り、便宜上「長距離投射砲」なるカテゴリーを与えて運用されることとなった。

これもまた先の<イーヴァ>のように正規部隊であれば割に合わない装備であり、運用効率が良いものでは無い。

しかし敵艦隊も、まさかこのような方法を取ってくるとは予想していないだろう。


コロッラは再び装填作業を行った。


続いて投射された3発目の砲弾が敵揚陸艦の左舷から浸入し、飛行甲板を抉りながら艦橋後部を貫いた様子が浮かび上がる。


飛行甲板の上に居た作業員は、激しい衝撃波で1秒と経たずに肉塊どころか血煙と化し、トレーラーなど整備機材も同様に巻き込まれ、金属片を撒き散らしながら吹き飛ばされて、艦橋側面に打ち付けられた。

可燃物に引火したか、艦橋の根元からは早くも火の手が上がりつつある。


そのままコロッラは続けて、第3射、第4射を放つ。

巨大な船体は1万5000tを超える。数発当てたところで直ちに沈没する事は無いだろうが、それでも内部構造にダメージを与えることはできる。

エレベータも使用不能となり、しばらくは黙っていてくれると見えた。


(・・・・・・次)


最後に補給艦に2発を放つ。前後の甲板にそれぞれ設置されているCIWSを、真上から撃ち抜く。

爆発が起こるも、先の3隻と比べて規模が小さいように見えた。


(・・・・・・いや、違う)


数秒の間を置き、大きな爆発。

弾薬庫が誘爆を起こしたようだ。無数の火球が1km以上離れた港湾部にも降り注いでゆく。


その下では、巻き込まれた無辜の人々が恐怖と炎に包まれているのだろう。


(これで・・・・・・全部)


大役を果たし、コロッラは大きく息を吐いた。

同時に、<ルィーチャニエ>からの警告が表示された。

コンデンサ内の電力が底を突いている。排熱も必要だ。


神経接続を解除し、代わってメインモニタが再起動すると、数秒の後に周囲の風景を映し出した。

発射前と同じく、空も海も島の木々も、何事も無かったかのように静寂を保っている。


人間同志がが幾ら愚かで醜い争いを続けようとも、自然は常に、ただそこにあるだけだった。


コロッラは虚しさと同時に、胸の内に溜まっていた陰鬱とした感情が霧散していくのを感じた。


やはり、自分は戦いの道具なのだと改めて自覚する。


《Ц4・・・・・・攻撃終了。コンデンサが空になってる・・・・・・再充電・・・・・・が必要》


《Ц2了解。だ、そうだЦ3。コンデンサの再充電と冷却が完了するまでの間に、敵の損害状況と予定以外の攻撃目標があるかを確認してきてくれ》


《ぶー、なんか地味だね》


《そりゃ本命は<ルィーチャニエ>からの砲撃だからな。自衛の為の戦闘は良いけど、深追いはするなよ》


《ちぇー、でも作戦だし仕方ないかー》


ルィージェはあからさまに残念そうな顔をしたが、渋々承諾した。


《無理・・・・・・は・・・・・・しないで・・・・・・》


コロッラの言葉に、ルィージェはニヤリ、と自信ありげに口角を釣り上げた。


《大丈夫だよコロッラ。大した相手も残って無さそうだし。それに――》


ルィージェは乗機、E002をゆっくりと上昇させ、オウルハーバーへの突入準備に入る。


E002(コイツ)に追いつける奴なんて居る訳ないんだからね》


言うや否や、E002は猛加速を行い、瞬く間に小さな点に変わっていった。


《ったく、相変わらず変にカッコつけやがって・・・・・・。あと黙って突撃するなっての》


リデァーカが溜息を吐くのを横目で見つつ、コロッラは目を閉じ、しばしの間待機に入った。

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