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第2話:接触

 一同は敵の対空レーダー網を避けるために高度を下げ、蛇の如く這うように進んでいった。

しばらく経つと、周囲の風景は海原から森林へと変わっていき、音響センサが波の音に代わり鳥や獣の鳴き声を拾う。

試運転を兼ねて<イーヴァ>のパッシブセンサで見張りをしていたリデァーカが声を上げた。


《Ц3より各機。センサに反応が出た。数は3、平均速度50。1時方向より、方位南南東(SSE)へ移動中。このままだと数分で鉢合わせになるぜ》


それを聞いて、僅かではあるが皆の表情が強張る。

マティカがマニュピレータで手近な繁みを指し示し、列機を先行させつつ周囲の警戒に移る。

離着陸の瞬間はどうしても反応が遅れやすいためだ。


マティカに後ろを任せた3機はスルリと滑り込むように下降し、繁みへと入り込むと、着地と同時に3方を警戒、センサを走らせ、伏兵が居ないことを確認すると、やはりハンドサインによってそれをマティカに知らせた。


《Ц3、機種は分かりますか?》


 マティカが尋ねるも、リデァーカはいいや、と返した。


《パッシブじゃそこまではな。ただ、機動からするとおそらくMW-16系統だろうな》


 MW-16、愛称(ペットネーム)<アイビス>は、アルストロメリアを始め、連合加盟国において広く配備されているツァウバークライトだった。

第2世代、それも比較的新しい部類に属しており、運動性や反応速度など、基本性能では第1世代である<スヴェトリャク>を上回っている。


《もう・・・・・・見つかっ……た?》


不安が混じったコロッラの声に、リデァーカは首を横に振って答えた。


《いや、動きを見る限りでは、まだ気づかれてないようだな……。レーダー網の死角を補うための哨戒部隊だろう》


《むー、作戦前にもらったデータには無かったよね?》


《そうですね。情報が古かったか、あるいは機密事項の飛行計画なのかもしれんませんね》


ルィージェの疑問にマティカが応じた。このような突発的な事態は、これまでもままあることだった。


《もしかして訓練飛行かな?》


《ハハッ、だとしたらよっぽどの鬼教官なんだろうな。こんな田舎じゃ出撃もほとんど無いだろうに》


《どう……する……の……?》


コロッラが視線をマティカに向ける。


《見つかっちゃったらもこもこ無いよ?》


《それを言うなら元も子も、だろ》


リデァーカのツッコミに、ルィージェはにへへ、と笑った。


《そうとも言うよね》


《そうとしか言わねーよ》


そんなやり取りを横目に見つつ、マティカは進路を再考するためリデァーカに地形情報を求めた。

 《あいよ》とリデァーカが答えるのと同時に、E001へ地形情報が転送されてきた。

サブモニタに画像情報が表示さると、マティカは手元の地形図と合わせて、経路を思案した。


敵レーダー網に捕まるリスク、迫る作戦開始時間、パイロットと機体の疲労消耗、その他諸々……

考えるべき条件は多く、この場で挙げられる候補ではどれも無理があった。


(どうやら、ほかに方法は無いようですね)


マティカは意を決し、一度息を吐いた後に言った。


《Ц1より各機へ。僕が陽動します。その間に3人で攻撃開始地点に先行してください》


マティカが告げるなり、《なんでさ》とルィージェが反論した。他の2人も承服しかねる、といった視線を向けている。


《マティカが一人で頑張るより、みんなでやっつけちゃえば早いじゃんか》


頬を膨らませ、暴れたがっている様子だったが、この場は我慢してもらわねばならない。

《それはできません》とマティカは言った。


《戦闘力だけを見ればそうですが、切り札に何かあっては困ります。これ以上、渡る綱を細くしたくはありません。》


《むぅ・・・・・・》とルィージェが唸った。コロッラも心配そうな目を向けた。


《一人で……大丈……夫?》


《ええ。<アイビス>の3機くらい、<ツィクロン>が無くても十分相手にできますよ》


現代戦においてツァウバークライトのみが交戦すると仮定した場合、第1世代機と第2世代機の戦力比は概ね1:3程度だと見積もられていた。

とはいえ、あくまでもカタログスペックに基づく理論上のものであって、パイロットの技量やセンスは含まれていない。


武器や兵器の性能が良ければ確かに有利ではあるが、それは勝利したことと同じではない。

やりようはあるとマティカは捉えていた。


《僕が敵を引き付けて、ポイントЖ(ジェー)2まで誘導します。その間に、皆はポイントД(デー)5に進んでください》


 マティカはサブモニタに表示された地形図に、提案したルートを描いて僚機に示した。


《他に意見があれば聞きますが。何かありませんか?》


3人は何か言いたげな表情を見せた。

沈黙が数秒の間続いたが、具体的な代案にを挙げるまでには至らなかった。

諦めとも取れる深い溜息を吐いた後に、ルィージェが口を開いた。


《しゃーない、他に方法もなさそうだしな。Ц3、了解》


《消極……的……賛成。Ц4、了解……》


《背に腹は変えられぬって奴?Ц2、了解だよ》


一応ではあるものの、合意は取れたとみていいだろう。


《こんなことになるんだったら、マティカのツィクロン1<ヴァローナ>も使えたらよかったのにね》


ツィクロン1、コードネーム<ヴァローナ>は事実用、マティカの専用となっている装備だった。

あるいは消去法で押し付けられた、と言った方が妥当かもしれない。


他の3機の<ツィクロン>の原型となったもので、聞いた話では開発中は『戦艦落とし』などと呼ばれていたらしい。

しかし、現状は物資の不足に加えて整備に係る人員がまるで足りておらず、唯一「敵に技術を奪われない為」という目的で母艦の格納庫の片隅に眠っている有様だった。


《仕方ねぇさ。今の俺らには、ネジ一本でも無駄には出来ねぇよ》


《質素……倹約……有る物は使う……》


コロッラの呟きを耳にして、リデァーカはふむ、と呟いた。


《有る物…そうだ、こいつが有ったな。コロッラ、今の言葉で思い出せたぜ》


《?どう……いたしま……した……》


返事をしたものの、コロッラはよく分かっていないようだった。

リデァーカは視線を変え、マティカに尋ねた。


《マティカ、ちょいと聞くが<ビュリザーⅡ>の空き容量はどのくらいだ?》


《エフェクトライフルですか?ええっと…即応領域(チャンバー)待機領域(マガジン)を併せて、1500CBほどですね》


 エフェクトライフルはその名の通り、銃口からバレットエフェクトを射出する射撃兵器の一つで、ツァウバークライトの主兵装としては一般的なものだった。


 銃身に物理的なライフリングが施されているわけではないものの、一般にツァウバークライトは人型を模しており、歩兵が持つライフルに相当する装備という意味でそう呼ばれていた。


《そうか、じゃあも少し削る必要があるな》


《リデァーカ、どうしました?》


《いやな。久方ぶりに<イーヴァ>を使うってんで、出撃前、機慣らしにスクリプトを組んだのを思い出したんだよ》


言いながら、マティカの手元に文書ファイルが送られてきた。ほとんどメモ書きに近いラフなものだ。ざっと目を通す。


《ジャムエフェクトですか……慣らしという割にはまた凝ったものを作りましたね》


《ま、そこは性分だな。多少"枝"を切って整えれば、ライフルからでも撃ちだせるぜ》


火砲が直接殴り合うための「拳」ならば、電子装備は敵を探し捉えるための「目と耳」に当たる。


高価で精密、かつ大電力を消費する物理的な電子装備を、(アルストロメリア製の機材に頼らず)エフェクトによって置き換えようという試みは、かつての冷戦時代に東西両陣営で盛んに試みられた。


しかし一定の成果は得られたものの、残念ながら満足のいくものではなかった。

完成度も低く、無理矢理エフェクトに置き換えてみた、といった感が拭えなかった。


そこへ冷戦崩壊後の軍縮による予算削減や、競合相手である電子機器の小型・低価格化によって存在意義はさらに薄れ、現在の戦場で用いられることはほとんど無くなっている。


E002が装備するツィクロン2<イーヴァ>はその"ほとんど"に対する例外で、電子機器の更新にも事欠いている「笛吹き」にとっては貴重な電子戦機だった。


《損な役をやってもらうんだ。もし使えるなら渡しておこうかと思ってな》


《リデァーカはこう見えて優しいからね》


《こう見えて、は余計だろ。ルィージェ》


《じゃあ……見た目……通り……》


《それならよし。コロッラは分かってるな。で、マティカ。どうする?》


勿論、あるものは使う。マティカは頷いた。

試案していた方法にジャムエフェクトが加われば、成功率は5割ほどまで高まるだろう。


《ええ、せっかくなので使わせてもらいます。待機領域に装填してある|拡散現象弾(Splash-Canister-Effect)《S C E》を削れば、容量は確保できるでしょう》


あるいは現行モデルであれば一発ごとに弾種を切り替えることもできたが、あいにく旧式の<ビュリザーⅡ>ではそこまで細かい制御ができない。


実弾火器でいえば弾倉に当たる待機領域に、使用するバレットエフェクトをインストールしておかなければならない。

柔軟性に欠けるものの、代わりに耐久性は高く多少の事では故障しないのは利点と言えた。


《あれ?でもそれだと|徹甲現象弾(Armor-Piercing-Effect)《A P E》だけになっちゃうよ。大丈夫?》


ツァウヴァ―クライト同士の戦闘ではお互いが立体起動能力に優れるため、まず拡散性の高いSCEを放って相手の動きを抑え、次いで貫通性の高いAPEで止めを刺すという戦法が一般的であった。


その様は傍目にはあたかもダンスのようであり、ツァウバークライトという名前の由来の一つにもなっていた。


《敵に察知されないようにする方が大事です。弾道は先を読んで当てれば良いだけですから》


言い切るマティカの口調から、躊躇いは感じられなかった。


《決まりだな。じゃあすぐに仕上げを済ませる》


言いながら、リデァーカがキーを叩き始めた。


《ええ、頼みます。リデァーカ》


しばしあって、エフェクトライフルにジャムエフェクトがインストールされ、準備が整った。


《あぁ、それとな。マティカなら分かってるだろうけど》


リデァーカが念を押した。


《かなりスクリプトを削ったとはいえ、本来は<イーヴァ>用の代物だ。<ビュリザーⅡ>で使うには、ちょっとばかし負荷が高い》


マティカは頷いた。


《それにスクリプトからすると、ジャムエフェクトの効果は全帯域に渡る電子妨害ですね》


《ああ。だから戦闘中に使えるのは光学情報だけだ。おまけに有効時間も1分を切るだろう。40秒持てば良いほうだ》


《構いません、ありがとう。リデァーカ》


《どういたしました。んじゃ、そっちも頼んだぜ》


リデァーカは照れ笑いをこらえているようだ。



準備は整った。陽動する方角へと機首を向けつつ、マティカが言った。


《では3人とも、また後ほど、オウルハーバーで合流しましょう。Ц1、これより離脱。陽動を開始する。合流まで、指揮権はЦ3に移譲する》


《Ц3了解、指揮を拝命する。それ、上手く使ってくれよな》


リデァーカが機体のマニュピレータを動かし、"着いて来い"とハンドサインを送る。


《Ц4了解、Ц3に続く。マティカ、気を……付けて……》


《Ц2了解、Ц3に続く。また後でね。ちゃんと来てね》


コロッラとルィージェがリデァーカに続いて移動を開始し、<カシュトラーチェ>は二手に分かれた。


◇ ◇ ◇


マティカは単騎で飛行しながら今一度、武装を確認した。


メインアームは右腕に持った<ビュリザーⅡ>エフェクトライフル。


ジャムエフェクトを放った後は、右肩の兵装マウントに保持された予備待機領域(マガジン)に換装し、APEで攻撃を行う。


サイドアームは、左肩の兵装マウントに吊るされた<クリチャーチ>アンチマテリアルブレード。


ブレードとは言うものの、実際には工兵用の重機を転用した全長4mほどの巨大なチェーンソーで、振動や重心の偏りが大きく、使い勝手は悪い。


サブモニタに表示されたブレードのコンディションは、交換を要することを示すイエローから、破損の恐れ有りを示すオレンジの間ほどで、切れ味は無いに等しい。


それでも近接戦闘の可能性と、シールドエフェクトの性質――接触面に存在し続ける衝撃に対しては効果が減衰する――に対しては有用であるとして、装備されることになった。


マティカは<スヴェトリャク>のアクティブステルスを最大まで上げ、同時に地形も利用しつつ<アイビス>のセンサ有効範囲ギリギリのところを横切り、その行く手に回り込んだ。



機体の性能と数に加えて、組織的なバックアップの面でもこちらが不利だ。

アンブッシュからの奇襲で、一気に仕留めるしかない。


 敵のセンサに引っ掛かるだけならば、アクティブステルスを解いて動き回るのが手っ取り早いが、それではすぐに増援を呼ばれ、陽動の意味も無くなってしまう。


相手に見つからず、かつ気付かせなければならない。


マティカは機体の脚部、人間ならば太ももに当たる部分に増設されたオプションラックから、筒状のデコイを取り出す。


<スヴェトリャク>を模した信号を発することで、センサによる間接的な索敵ならば、ある程度は錯覚させることができる。


 本来は撤退時に敵の追撃をかく乱するために持ってきた物だが、同じものが僚機にも装備されている。

ここで使ってしまっても構わないだろう。


一つだけだと、敵はセンサの誤認だと見過ごしてしまうかもしれない。

マティカはデコイをあるだけ全部、周辺にばら撒くことにした。


しばしの間、伏せって息を潜めることになる。

果たして上手くいってくれるか――。


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