その三、黒澤美玲
黒澤美玲。
黒くさらりとした髪は腰まで伸びていて、真っ直ぐと前を見る瞳は意志の強さが伺える。
才色兼備、完璧な生徒会長と言われている彼女が、俺はとても苦手だった。
そんな彼女は、いつも何故か現れる。
登校時間を変えても、遅刻ギリギリに来ても、だ。
こつ、こつと音がする。
先の廊下を見ると、やはりと言うか、長い髪を靡かせながら少女――黒澤が此方に向かって歩いてくる所だった。
出来るだけ廊下の端により、黒澤の視界に入らないよう祈るが、残念。
目ざとく俺を視界におさめると、黒澤は笑みを浮かべ此方にやってきた。
俺は素早く目をそらす。
「佐藤さん」
凛とした声が俺を呼び、恋人の距離感と言っても差し支えない位近づいてくる。
ふわり、といい匂いがした。
黒澤は此方を伺う様に覗き込み、意地悪く口を歪めると、
「――問題です。私は今、どんな気分でしょうか?」
「…………」
「んー、やっぱり佐藤さんにはわかりません?しょうがないですねぇ。……私は今、すっっごく不機嫌なんです」
俺はただ無言を貫く。黒澤はそれを気にすることなく、「だって……」と続ける。
白くすらりとした手を唇にあて、ふわりと笑う。
「今日も朝から佐藤さんと会っちゃったんです!本当私って不幸体質ですよねー!」
「…………」
今日も朝から楽しそうですね。
思わずそんな言葉が喉まで出かかった。
そう、黒澤は俺の知ってる人間の中でも、トップ3に入るくらいの性悪なのだ。
そして、何故か知らないが俺に突っかかってくる。
いや、心当たりがないわけではない。しかしそれと今の黒澤の態度が結びつかない。
どうして、こうも嫌われているんだ?
「ちょっとー、聞いてます?」
突然黒澤がぐいっと俺を覗きこんできた。
冷たいくらい整った顔を膨らませる黒澤はどこかちぐはぐなものを感じさせ、むずむずとする。
すっと目をそらすと、しばらく俺を見つめて、すっと背筋を伸ばした。ピシッと表情を引き締める黒澤はまさにこの学園の会長に相応しい容貌で、しかし瞳にはかすかな愉悦が浮かんでいた。
「とにかく、今後は私の視界に入らぬよう、気をつけてくださいね?」
いや、お前から近づいて来てるんじゃ?
浮かんだ言葉を喋る間もなく、黒澤はくるりと俺に背中を向けると、颯爽と何処かへ行ってしまった。
しばらく、その背中を眺める。
「……はぁ」
自然とため息を漏らし、黒澤とは反対の、自分のクラスへと足を向けた。