13歳の女の子と、22歳のお姉さんのお話
とあるところに「そら」と呼ばれる女の子がいました。
「そら」は、あるとき、「月」と「透」という2人に会いました。
優しい年上のお姉さんだった2人は、
まだ中学1年生だった私にとても優しくしてくれました。
ネット上の関係でした。
だけど、現実の中学校で関わっていた誰よりも、 私は2人のことを知っていて、2人は私のことを知っていました。
学校では絶対に出来ない話を、 月ちゃんと透くんは聞いてくれました。
彼女たちは、心の病を抱えていました。
「そら」が「鬱病」を初めて知ったのは、この13歳の時でした。
彼女たちの仲間は、みんなそれぞれにどこか心を痛めていました。
「そら」はその中で、ただ1人健康な女の子でした。
月ちゃんは、読書が好きな優しいお姉さんでした。
南条あやや、Coccoが好きでした。
「そら」は南条あやを読んでみました。Coccoを聴いてみました。
そういう世界があることを知りました。
そして、月ちゃんも透くんも、その世界にいることを知りました。
彼女たちは、薬をたくさん飲んでいました。
驚くほどたくさんの薬を、驚くほど溜めこんでいました。
「そら」は南条あやの本を読んで知っていました。
彼女たちが、この溜めこんだ薬で何をしようとしているか、 よくわかってました。
彼女たちは、何度もリストカットをしました。
それは狂言でも冗談でもなく、本気でした。
だけど、死ぬつもりではないのは、当時中学2年生になってた「そら」にもわかりました。
もし学校から帰ったら、2人が死んでいたらどうしようと、 「そら」は毎日そればかり心配していました。
月ちゃんは、家族とも、それから幼いころの人間関係も、 まったくうまくいっていなかったそうです。
母親との関係は、それは悲惨なものでした。
そして、それ以上に、彼女には友人の自殺という苦しい経験がありました。
命日の付近になると、彼女は荒れました。
何度か本当に、1人でどこかに行ってしまいました。
そういう時は、2,3日戻ってきません。
今度こそ本当に死んでしまったんだろうか?
「そら」は心配で、心配で、泣きそうになりながら透くんにメールをします。
透くんも心配して、だけど「きっと戻ってくるよ」と励ましてくれました。
透くんは、ミステリアスなところがあり、あまり自分を語りませんでした。だから、透君のことはそれほど分からないけど、彼女が尾崎豊が大好きで、尾崎豊に心から救われていたことは、よく知っていました。
彼の死が彼女に与えた影響がどれほどのものか、「そら」は知っていました。
「そら」はCoccoと一緒に尾崎豊も聴きました。透くんの気持ちが少しでもわかればいい、と思いました。
透くんは女の子だけど、「そら」はお兄ちゃんのように思っていました。
月ちゃんはいつも、必ず、戻ってきました。
彼女は「そら」に、何冊も本をくれました。
それは、彼女が普段からよく読む、残忍な話ではなく、 「そら」のために選んだと思われる、読みやすい本達でした。
月ちゃんや透くんや、彼女の仲間たちは、
「そら」に何度も言いました。
「君だけはずっと健康で居て欲しい、この暗い世界の本当の一員にならないで、元気で居て欲しい」
「そら」は何年もそれを守ろうと心に誓っていました。
彼女たちは「死なないで」と言われることを恐れていました。
最後の手段をなくさないでくださいと訴えていました。
あるとき、朝日の中学生新聞の読者コーナーで、
自殺がテーマの記事を見つけました。
「そら」はそれに対して、「死なないでっていわないで」と返事を書いて新聞社に送りました。
それは翌週の中学生新聞に掲載されました。
「そら」は自分なりに一所懸命、彼女たちを守りたいと思っていました。何をしたら自分は助けになるのか、毎日考えていました。
「そら」の悩みを全部きいてくれるのは、月ちゃんと透くんだけでした。だから、「そら」にとっては本当にかけがえのない人だったのです。
月ちゃんはたまに、発作的に恐ろしくなることがありました。
そんな時の彼女はとても攻撃的でした。
彼女の親しい友人が、その攻撃対象でした。
1人、また1人と、彼女によってネットの海に投げ捨てられました。
彼女は、大好きだった人物を、一瞬で大嫌いになることが出来ました。
月ちゃんにとって透くんは特別でした。
2人にとっても、「そら」は妹のような存在だったんだと思います。
だから、透くんと「そら」だけは、きっと嫌いになんてならないと、「そら」は信じていました。
だけど透くんは、きっといつか自分の番がくると、知っていたみたいでした。
その時がきたらどうなるか、透くんは「そら」に教えてくれました。
そしてついにその時はきました。
月ちゃんは自分の全世界から透くんを締め出しました。
「そら」は透くんが大好きでした。だけど透くんの味方をしたら、月ちゃんはきっと「そら」も追い出すと思いました。
それが怖くて、「そら」は去っていく透くんをみていることしかできなかったのです。
透くんがいなくなっても、月ちゃんは相変わらずでした。「そら」には優しいお姉さんで、周囲とも仲良くしていました。
だけど、そんな関係がずっと続くわけがない、ってことを、その頃にはもう「そら」は知っていました。
透くんがいなくなって、「そら」は本当にこの大人の女性が、可哀そうに思えました。
透くんは、きっと立ち直るだろうと「そら」は思っていました。
ここは傷をなめあう場所です。そこから透くんが去ったことは、きっといいことなんだろう、そう思いました。
だけど月ちゃんは、ずっとこのまま、過去の亡霊に縛られて生きていくんだろうなと思うと、涙が出ました。
「そら」はだんだん学校でうまくいくようになり、月ちゃんに弱音を吐きだすこともなくなりました。
親友と呼べる友人が出来て、だんだん「そら」にとって現実世界が色を帯びてきました。それにつれて、月ちゃんと距離が開いていきました。
あるとき、月ちゃんと「そら」の友人が口論になりました。
「そら」はお願いだから喧嘩はしないで、と頼みました。
月ちゃんが例の発作を起こすまでに、1日とかかりませんでした。
だけど彼女は、本当はそうしなくていいならば、したくないんだろうな、と、その状況に置かれて初めて気が付きました。
無言で立ち去ることの多い彼女が、「そら」へはメッセージを残していきました。行かないでという問いかけには、冷たく答えました。もう自分を忘れて、今を生きなさいと、彼女は言いました。
それから長い年月が経ちました。
「そら」はそのあと、様々な経験をしていくうちに、次第に月ちゃんのことも透くんのこともあまり思いださなくなりました。
数年経って、あるとき、「そら」の掲示板に、透くんが現れました。
また改めてBLOGをやっています、という書き込みでした。
嬉しくなって、見に行きました。
そこには、もう当時の透くんの面影はありませんでした。
透くんはナオとハンドルネームを変えて、
男の子のようだった当時からは想像できないくらい、大人のお姉さんになっていました。
そして、心はかなり健康になっていました。
もう「そら」は透くんと呼ぶのをやめました。ナオさんは立派な大人のお姉さんで、もう自分とは違う世界にいるな、と感じました。
一方の月ちゃんはどうしているんだろう。「そら」は、月ちゃんのハンドルネームや、特徴で検索をかけてみました。
そこには、彼女が「そら」や透くんや他の仲間たちにしたことを、幾度も繰り返していた形跡が残っていました。
もう月ちゃんと話したいとは思いませんでした。きっと今の「そら」が彼女と関わったら、潰れてしまうと思ったのです。
何より、「そら」は月ちゃんにも透くんにも、自分が壁にぶち当たってしまったことを知られたくありませんでした。
「健康であること」は、彼女たちが「そら」に唯一託した願いでした。
それを守ることが出来なかった自分を、見せたくなかったのです。
透くんが、元気になってから現れたように、「そら」はいつか元気になったら、今度はこっちから透くんの元に現れようと思いました。
それから、BLOGを見るのをやめました。
月ちゃんとは、きっと2度と会うことはないと思います。
だけど、彼女の存在を、「そら」は一生忘れません。
そして、幼き日の小さな彼女が、どれほどの苦しみの中にいて、 そのまま育ってしまったことが、どれほどの悲しみの連鎖を産むのか。
「そら」はそれを知ってしまいました。
彼女たちとその仲間には「鬱病」だったり「分裂病」だったり、「境界性人格障害」だったり、様々な人がいました。
「そら」はそれらを知りました。彼女たちの過去を知りました。
彼女たちを救いたかった、だけどそれができなかった無力を、 今でも抱えています。
だから「そら」は、彼女たちのような大人をこれ以上、苦しめないように、増やさないように、何か出来ることを探すことにしました。
あの時の何も出来なかった悔しさを、そのままにしておくことは出来ませんでした。
「そら」はその気持ちを1度も忘れず、心の中でずっと思い続けていました。
いつか、彼女たちや彼女たちのような人、それからそうなってしまうかもしれない子どもたちを、今度こそ自分の手で助けたいと。
一緒に溺れないように、彼女たちが「そら」をとても大切にしてくれていたのを知っています。
彼女たちは病気だったけど、本当は誰よりも繊細で優しい心を持っているのを知っています。
月ちゃんの酷い行動が病気のせいなのも、みんな知っていたから、誰も彼女を責めません。
人の痛みを一番知っていたのは彼女たちだと思いました。
本当に、そう思いました。
これが、「そら」と名乗っていた、中学生時代の私自身の体験です。
本当に、私がネット上で彼女たちと仲良くなったのは偶然でした。
私にはメンヘル的な興味どころか、知識がなかったので、
そんな世界があることに気付きもしていませんでした。
ずっと仲良くしていたネットの友だちが、あるとき様々な衝撃的な、自分の受けたことを語ってくれました。
その頃、友人が仲良くしていたのが、月ちゃんと透くんだったのです。
私は2人に興味を持ち、2人のHPに通いました。2人も私のHPに通いました。日記や掲示板やメールを通じて、誰よりも親しくしていました。
まだ携帯電話もなくて、家電を駆使して、オフ会をしようとしたり、失敗したり、そんなこともありました。
私は彼女たちが大好きでした。私が今の私であるのは、あの時期にあれだけ一緒にいてくれた彼女たちがいるからです。
月ちゃんの与えてくれた読書観と、透くんの与えてくれた音楽観は、私の中に今も残っています。
2人はもう、今は30をこえていると思います。
透くんはきっと、普通に人生を過ごしているはずです。
月ちゃんも、月ちゃんなりに精いっぱい生きていてくれていると思っています。
人が人を救えるなんて、驕りなんです。
だけど、人が救われる手伝いをすることは出来ると思うんです。
月ちゃんのような子は、たくさんいます。
どんどん増えていると思います。
悲しみの連鎖は誰かが止めなければいけないはずです。
それが昨日話した、2人の人との出会いと、
私のルーツなのでした。
お話みたいに書いていたけど、実体験です。
心の枷を少しでもはずす手伝いが出来るようになるために、
頑張らなくちゃいけません。
先生が私を助けてくれたように、私も何か出来るようになりたいです。
頑張ろう。
あの頃の月ちゃん、透くん、待っててね!
きっと私が助けにいくから。2人に恩返しするから。
だから、待っててください。
頑張ります。