5.嵐<中>
【5/27】サブタイトル変更
「おいおいおい。可笑しいだろうがよ。何で魔力感知されないハズの呪縛陣に反応しちゃってんのよ」
軽々しい物言いで、男がフルフェイスの下で嗤うのを、コーデリアは感じ取った。
その手には、ミランダの血を滴らせる棍が握られていて‥‥っ!!
コーデリアの意識が殺気で赤く染まった。
「ガアァアァアァアァアァッッッッッ!!!」
怒りに顔を歪め、獣染みた声を上げる。
王族。否、人型最高の魔力生物。化け物の本性。思考と情動が一致し、人智を超えた魔力の本流が彼女の全てをを支配する。
狂気の魔力が、コーデリアから迸り、外部の海水が格納庫を押し潰する。配管が割れ、鉄製の壁に亀裂が入る。流れ込んだ海水は、捻じれ絡み合い、一本の束となった。重力に逆らいそれは、殺戮の意図をもって、蛇のように鎌首を上げる。
男は、しかし、全く動揺を見せない。
「はいはいはい。静かにしないとコイツ死んじゃうよ」
軽薄な口調でそう言うと、男は棍の先でミランダを小突いた。
「ぁあっ‥‥ミランダッ」
コーデリアは正気を取り戻す。確かにミランダは微かに息をしていた。暴走していた魔力を霧散させ、すぐさま全力で回復魔法をミランダにかける。時間が逆再生されるかのように、ミランダの‘形状’が元に戻されて行く。
『時間操作系』王族の中でも限られた者だけが使用できる大魔法。この年にしてコーデリアは見事に使いこなしていた。
しかし、この一連の行動は冷静とは言い難く、いや、寧ろ最悪の判断を下したと言えた。
「ッがふっ」
コーデリアの口から奇妙な声が漏れる。
視界には胸元から伸びる白銀の刃。
冷たい、とコーデリアの心が他人事のように呟いた瞬間。
剣を基点にコーデリアの魔力が噴出した。
穴の開いた桶から流れ出す水のように、コーデリアの体内から魔力が失われて行く。
焼けつくような激痛に声さえも出ない。そして、今までに感じたことのないような圧倒的な喪失感。薄れて行く意識をかき集めたコーデリアは、胸元のそれの正体を悟った。
『破魔の剣』
魔石を元に造られた魔法剣。魔物に対して非常に有効であるだけでなく、ほとんど不死に近いと呼ばれる王族や貴族達に一撃で致命傷を与えることの出来る武器。貴重なそれを持つことを許される者は限られている。
「ガルザーム!!!」
コーデリアは腰から短剣を抜き、胸に剣を生やしたまま、振り向き様に刃を振るった。
本来ならば、一撃で戦闘不能に陥らせる一突きも、コーデリアを即座に倒すことは叶わない。少なくとも、魔力が尽きる前に、この裏切り者一人程度殺すことは出来る。
ガルザームは、見た目に似合わぬ軽快さで、コーデリアの怒りにまかせた攻撃を避けるが、丸腰である。コーデリアは、一挙動で懐に入り込み、彼の心臓に短剣を突き立てようとした。
しかし、横なぎに大きく振るわれた棍に、頭を強打される。
ゴン、と頭に響く強烈な音。鼻のずっと奥の方からキーンと鋭く不快な刺激が伝わり、鼻血が漏れ出した。
気がつけば、地に伏していた自分の体を、訳も分からないまま、反射的に立ち上がらせようとしたが、ふらつく体を制御出来ない。妙に重たく感じる頭部が、重力に引っ張られ、何故だか前のめりになる。
ゴン、と再び衝撃。側頭部、耳の上あたりをまた横なぎにヤられた。
既に脱力していた体は、頭から伸びるように吹き飛ばされる。常人であれば、頭部が消し飛んでいたかも知れない。
その男とは別の兵が、側に立つのをコーデリアは察知した。
兵士の手には首輪。魔力保有者を拘束するための魔導具だ。
身を屈めた兵士が、コーデリアの髪ごと首輪に嵌めようとした瞬間、コーデリアは、腕のみの力で前方に飛び出しながら、体を捻り、自らの血でもって形成した刃でその男の首を切り落とした。
切断された首が、ゴトリと音を立て床に落ち、ブシュッと勢いよく血が噴き出す。
「ハハハ。ヤベェ。コイツまじ化け物だわ」
棍を持った男が、三度目となる一撃を、息も絶え絶えなコーデリアの後頭部に振り下ろした。ガゴン、と彼女の頭は甲板に叩きつけられる。いい加減、魔力も尽きかけていた所だ。もう彼女は立ちあがることもできない。
男は、部下の手によって素早くコーデリアの首に魔導具を装着させた。
「ガルザームさんよぉ。この剣の一突きで片を付ける、なんてよく言えたもんだなぁ。うちの部下一人死んじゃったじゃん」
男は、コーデリアの頭を踏みつけながら、ガルザームを責めだしたが、その口調は相変わらず緊張感のない軽々しくものだ。
ガルザームが何やら芝居がかった素振りで、言い訳を始めたようだが、その声はコーデリアの耳には届かない。
倒れ伏した彼女の視線の先には、魔法陣の中で既に息絶えた騎士達。皆、動けない所を毒矢で串刺しにされていた。正々堂々戦って死ぬことも許されなかった彼らが哀れだった。
アリエルは、何人もの兵士達に取り押さえられ、コーデリアと同じように首輪をかけられていた。彼女の叫び声もコーデリアには届かない。
コーデリアの口から、か細く吐息が漏れる。もはや、言葉を紡ぐ力は残されていない。
眼球の動きだけで、視線を下に逸らす。
そこには、固い甲板に埋まるようにして倒れ込んでいたミランダ。見たところ身体に傷の傷は癒えていたが、右肩から腰までの服が無残に引き裂かれていた。結局、男の一撃は済んでのところで、急所には当たっていなかったようだ。
遠退いて行く意識の中で、コーデリアはミランダを不憫に思った。あの子は男の人に肌を見られるのを嫌っていた。あんな姿のままでは彼女も嫌なハズだ。
それに、あのエプロンドレスはミランダが自分で刺繍して仕上げたのだ。大切にしていたものなのに‥‥
髪の毛を男に掴まれ、引き摺られる。
捕縛された侍女侍従達が、彼女の輝きの失せた瞳に映る。
『‥‥殺‥‥されて‥‥ない‥‥良かっ‥‥‥‥』
視界がじわりと闇に浸食されると共に、頭の中に意味のおある言葉さえも意味を紡げなくなる。
疾うに限界を越えていたコーデリアの意識はそのまま暗転した。