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4.嵐<上>

【5/27】サブタイトル変更

 リア海は大小3,000ほどの島々からなる多島海であり、北と東西の3方向を神聖ガリア帝国に囲まれ、南をカリバン海(北大陸と南大陸に挟まれた帯状の広大な海域)に面する入江状の海域だ。


 リア海の島々は、幾つかの諸島に分類される。


 例えば、リア海南部のちょうどカリバン海に対する玄関口とも言うべきプロスペロー諸島は王領となっている。

 王都のあるプロスペロー島は、リア海最大の島であり、広大な平原で畜産、天然の良港で水産を発達させただけでなく、大量の物資の集散地ともなる。まさに、政治と経済の中心地である。


 海域の殆どが、リア王国によって領有されているが、一部例外がある。その一つが神殿領だ。 神殿は北リーア諸島に属する小クレテンダ島を領有し、リア王国の全ての祭事と、神聖ガリア帝国との外交上の窓口として機能する。

 小クレテンダ島は、リア海でも比較的小さな島である。神殿は島の北部でこの島唯一の港と一体になっており、海の中に突出するように建造されたそれは、主なる祭神、海神ソルを祀っている。


 この小クレテンダ島とプロスペロー島は、リア海の最北と最南に位置する島であった。





 曇天の空が、眩く輝くはずの太陽を隠していた。誰の目から見ても、一雨降ると分かる空模様であったが、それに反して、海は比較的に穏やかであると言えた。


 そのリア海、海上を駆ける何舟かの小型船、王都を出て神殿へと向かうコーデリア一行だ。

 出発前に、嵐が来ることを聞いていたため、コーデリア一行は高速運行が可能な魔法船を利用することになった。魔法船であれば、嵐が到達する前に、目的地に着くことができるからだ。

 魔法船は魔石を原動力として、自動的に魔力を抽出し、推進力を得る。その構造は全て魔導具によるものであり、船は実質的に操縦者一人で動かすことが可能だ。

 ただ、魔石は魔力保有者と同じく、魔力を貯蔵するが、魔力を回復することが出来ない、つまり、再生不可能な資源と言うところに問題がある。そして、魔石の多くは稀少金属や宝石である。よって、魔法船はその利便性に反し、コスト面の制約から、一般に普及するに至っていない。

 補足だが、魔石のように自身の体外から、魔力を取り出し利用する技術を魔導と言う。


 コーデリア一行は、4隻の小型魔法船からなる。

 そこに、護衛騎士16人、侍従が6人、コーデリアと彼女付のメイドを合わせて、総勢25人が分乗していた。既に、多くの騎士や侍従は帆船にて先行しているため、コーデリアは最小限の人数を伴うことになったのだ。


 現在、コーデリアは船内で遅い朝食を食べていた。昼も近いため、普段から比べると軽めの朝食である。 朝一番の紅茶ほど濃くはない、飲みやすい紅茶が何杯もと様々な種類の料理が用意されていたが、肉料理はない。祭事のために肉を食べてはならないという決まりは神殿にはない。ただ、何となくそうした方が良いのではないか、と誰ともなく言い出し、慣習化した次第である。

 とは言え、肉がそれ程好きでもない(嫌いでもないが、次いでに言えば魚派である)コーデリアにとって、肉料理を断つことは多くの王族と違って苦行にはならない。


「ご馳走様でした」と、手拭きで指を拭ったコーデリアが丁寧に言う。

 料理人には最大限の敬意を表せ(特に船内では)、というのが、リア王家の家訓である。


「もう半刻もしないうちに到着しますよ」 食後の紅茶で一息ついたコーデリアに、側で給仕していたアリエルが告げた。


 うん、と頷いてコーデリアは身支度を始める。

 文字通り、水面を滑るようにして進む魔法船の中では、揺れを感じることはない。陸にいるときと変わらず、滑らかな動作でミランダも職務をこなす。


 アリエルとミランダは何時も通り、動きやすそうなエプロンドレスを着ていたが、コーデリアは特別に儀礼用の法衣を纏っていた。

 法衣は、全体的にゆっくりとした白い無地のワンピースで、王族も平民も関わりなく、女性の信者が祭事に参加する際には、これを着用することが義務づけられている。 だが、その上に重ねる衣装や装飾品に関しては大きな違いがある。


 アリエルとミランダが素早く滑らかに身支度を整えて行く。

 リア王国の王族であるコーデリアの場合、法衣の上に、極細の絹糸で刺繍され複雑な紋様を描く青系色と白を基調とした涼やかな羽織りもの、幅の広い紫の布帯、そして、その上から短剣と細い革製の剣帯を身に付ける。到着後、神殿で身を清めてから、さらに何枚か重ね着をして、ブレスレットなどの装具をつけることになっている。


『やはり、しっかりした色の方がお似合いだ』と、ミランダは自らの仕事ぶりに満足げである。淡い印象の顔立ちであるコーデリアには、原色がよく似合うのだ。




 一行が神殿領小クレスタ島を目前とした時であった。

 最初に異変に気がついたのは、先払いのため先行していた魔法船の騎士達だ。



「神殿から、煙が‥‥」


 島の南側から接近していたため、北側にある神殿の様子は分からない上、そもそも肉眼では捉えられる距離にはないのだが、彼らには魔法がある。感知能力の高い風魔法使いが、間違いなく神殿から火の手が上がっているのを確認した。


 一行は一端、海上で停止する。


「姫様、魔法船を一隻、偵察としてお借りしたい」と、船長室で、そう提案したのは護衛主任の騎士だ。

 

 リア王国は、赤子から老人まで船乗りである、と言われるほど船の扱いに長けた者が多い。ましてや、騎士であれば、幼少から優秀な水兵となるよう訓練を重ねている。

 勿論、今回も船の操作は全て騎士達が行っており、護衛主任がこの船の船長でもあった。

 但し、魔法船はリア王国の財であり、この場においては、王族、すなわちコーデリアの所有物である。


「構いません。しかし、あちらとの連絡はまだ取れないのですね?」と、コーデリアは訊ねる。


 ええ、と頷く男の顔は渋い。


 神殿には、設置型の魔導式通信機があるハズだ。魔法船と同じ理由で一般には普及していないが、非常に高い性能を持ち、神殿と王都を繋ぐ程度のことは可能だ。それが、こちら(船内の小型通信機で遠距離での通信は不可)との連絡すら、取れないと言うのだ。あちらの人間が動けない事態が起こっている。事故? 故障? 奇襲?


『奇襲であれば、先ずは通信手段を破壊する筈』


 コーデリアは最悪の事態を想定する。その場合、かなりの数の人死が出ているかもしれない。不安と心配で、コーデリアは眉を歪める。彼女はネガティブさ故、常に最悪の可能性を考慮する癖がある。


『出来るだけ戦力は裂きたくないけれど‥‥今は情報が欲しい』


『何にせよ、ここに留まるのが最悪の手。これ以上時間を無駄に出来ないわ‥‥』



「姫様には、この地の領主に救援を求めて頂きたい」と、考え込むコーデリアに主任の男が言う。


 私が出れば、余程のことがない限り制圧可能だ、とも思わなくも無かったが、コーデリアに実戦の経験はない。知識が実経験に及ばない領域があることを彼女はよく理解していた。そして、その余程のことが起こる可能性が高い。最悪の場合、敵がコーデリアの存在を無視した作戦を立てるとは思えないからだ。


「捕捉は」と、コーデリアが一言呟く。


「‘敵’の姿は確認できず。全く動きはありません。こちらは岩場で隠れて居ます。気付かれることないかと」


「そう‥‥」


 例え、優秀な風魔法使いでもこの距離ならば気配を殺している此方に気付くことはないだろう。


「では、直ぐに行動を起こしましょう」





 コーデリア達が十分に距離を取ってから、偵察部隊を向かわせた。騎士5人で編成された部隊だ。隊長は護衛主任が務める。ミランダがその事に異議を申し立てたのだが‥‥


『私がこの中で一番の風魔法の使い手です。万全を期するのならば、私が適任です。まぁ、それこそ、事故か何かで通信機が故障したのであれば、それでいいのです。修理が終わり次第、此方から連絡致しますよ』


 臨機応変と言うべきか、責任者にしては腰が軽すぎると言うべきか、あっさりと副長に責任を譲渡し、偵察用の魔法船に乗り移ってしまった。流石の副長も苦笑いだったが、主任の決定力と行動力に信頼を寄せているのも確かなようである。


『何、仮に魔物や海賊であれば、そのまま私が制圧して参ります。次いでに、先着組の騎士どもを説教して置きましょうか。奴らが泣き喚く声を姫様に聞かせて差し上げたいですな』


 出発前に、コーデリアに向かって言った言葉だが、思わず彼女も噴き出してしまった。


『それは、大変心強いですわ。けれど、アランの説教は遠慮したいわね。私も相当泣かされて来たのだから』


 コーデリアと気安く話す護衛主任、この男の名はアランと言う。30歳半ばの彼は、コーデリアが産まれてから、彼女の教育と警護を担当して来た。信用に足る人格者であり、また知識人としても武人としてもトップクラスの能力。末姫の護衛に留めて置くには惜しいとさえ言う意見を押し切り、彼にその任を与えたのはウィリアム王その人である。


 そのように、ウィリアム王からの覚えもめでたいアランであったが、そんな彼に敵愾心を露わにする者が一人いた。


「‥‥あの男、一度痛い目を見た方が良いのではないか‥‥姫様に汚い男どもの鳴き声を聞かせるなど‥‥おぞましい。冗談では済ませんぞ」


 独りでぶつぶつ呟いているのは、ミランダだ。


「あら? 痛い目を見るなんて‥‥姉上が哀しみますわ」と、アリエル。


「だからこそです。仮にも、責任者がノコノコと‥‥義兄上は、もう少し自重を知るべきです」と、静かに怒るミランダ。


 アランはミランダの2人いる姉の二女の方と結婚していた。

 それこそ、彼には実の娘のように可愛いがられて来たのだ。


 ミランダはコーデリアの前であるにも関わらず、珍しく感情的である。


『アラン殿の事となると、この子は妙に子供っぽくなるのよね。ある意味、彼に甘えているのでしょうけど‥‥苛々は心配の表れね。ツンデレ最高。ご馳走様です』


 状況も忘れて脳内で悶えるアリエルであった。

 

 緊急時であると言うのに、妙に気の抜けた空気がコーデリアの部屋に漂う。

 

 コーデリアもまた、アランとのやり取りのおかげか、ネガティブに悶々と悩む事もなくなっていたのだ。

 最善ではないかも知れないが、もう状況は動き出した。無理に思案せず、落ち着いて待つことも必要だ、開き直っていた。

 ミランダが静かに荒ぶる様子を、楽しげに見ている程度の余裕さえあった。





 落ち着きを取り戻したミランダが、顔を赤くして(これは、ポイントが高い!! Byアリエル)コーデリアに己の醜態を謝罪した。その後、数分とせず、コーデリアの部屋の扉が叩かれた。


「前方から艦隊。ガルザーム卿の海軍です。魔法船の回収と姫様を艦隊に迎え入れることの許可を求めております」と、副長の男が報告する。


 北リーア諸島北部を領地として治めるのは、ガルザームと言う男だ。リア王国のほとんどの領主を、ウィリアム王或いは彼の父からの代からの忠臣達が務める中で、ガルザームは神聖ガリア帝国南部の地方貴族出身であった。

 長男ではない彼を婿入りさせることで、神聖ガリア帝国海岸部との結びつきを強めようとしたのだ。

 商才もあった彼は、海岸部の貴族達と協力し、瞬く間に巨万の富を築き上げた。


『通信機が故障する以前に、連絡を受けていたのかしら? 艦隊規模となると、海賊ではなく大型の魔物? 何であるにしろ、手間が省けて助かったわ。今すぐ折り返して、アラン達と合流しなければ‥‥』


「許可すると伝えて。急ぎましょう。南から嵐が来る」




「おぉ、コーデリア姫!久しくお会いせぬうちに、なんと麗しく成長されたことか‥‥」


 小型の魔法船から降り立ったコーデリア達を、超大型旗船内部の格納庫で待ち構えていたガルザームが、よく通る声で大袈裟に出迎えた。


 ガルザームは、40歳に近い男で、王国の軍服を来ているものの、容姿は武人と言うより文官だ。優男が紳士的に年を取った感じの、体の線が細い、やたらにこやかに目も細めた中年男性だ。


「お久しぶりです。ガルザーム卿。 ‥‥再会の喜びを噛み締めることもままならないとは心苦しい限りですが、先ずは現状を知りたいのです」


 コーデリアは目の前の男が彼女の手を取り、王族女性への忠誠を形式的に示し終えるのを待ってから言った。


「ええ、勿論です。我々は海賊に襲撃された神殿へ救援に向かっています。ですが、詳しい話は場所を変えて行いましょう。ここは、事を進めるに相応しい場所ではないのですから」


 此方です。と言ってガルザームが先導し、コーデリア達を収容庫から連れ出すため歩を進める。侍女侍従は残し、アリエルとミランダ、そして騎士達を伴い、コーデリアは彼の後を追う。

 気がつけば、その一列にガルザームの兵が数人、加わっていた。彼らはフルフェイスのヘルメットを装着している。


『身辺警護兵か? やはり戦闘前とあって警戒している』と、コーデリア達全員が大して気にも留めなかった。


 ‥‥いや、アリエルだけは僅かに眉を顰めていた。魔力感知ではない、直感で何かを感じ取ったのだ。アリエルはコーデリアに声をかけるべきか、一瞬躊躇した。


 理性が直感に歯止めをかけた一瞬のタイムラグ。


 一瞬だが、それで十分だった。


 収容庫の扉の前、まさにガルザームが鉄製の重い扉に手をかけたその瞬間、それが起こった。



「‥‥ッッッ!?


 ミランダァア!!」

 

 アリエルが声を張り上げる。


「っ!?」


 ミランダは同僚の叫び声に反射的に反応。コーデリアを抱えて、横に飛ぶ。直感だったが、理性の介入を許さぬ行動。予備動作をほとんど省いた見事な跳躍。



 その跳躍の刹那に背後を視認。



 アリエル達が光の洪水に飲み込まれる。


『呪縛式の刻印魔法っ!!』


 円形の呪縛陣が足元で青白く発光していた。



 アリエルや騎士達は行動不能。



 着地。


 

 直感的に反転。



 死角から接近していた人影に回し蹴り。



 胸部強打。



 吹き飛ぶ人影が、ガルザームの兵であることを知る。


 武装は長剣。


 ふっ、と止めていた息を一瞬吐く。



 死角にまた影。



 コーデリアは安全圏。



 頭頂から迫る殺気に迷わず回避行動。



 ‥‥しかし、振り下ろされた棍は、彼女の魔力で強化された認識能力の限界を超えた速度で迫り狂う。


 凶悪な鉄塊が空気を押し潰す不気味な唸り声とともに、ミランダごと甲板を叩き潰した。






 ドゴン、という壮絶な大音響と共に、ぶしゅり、という‥‥まるでトマトか何かを踏みつぶしたような‥‥血の通った生身の人体から、凡そ鳴ることを許されないような音をコーデリアは聞き取る。



 彼女は恐慌状態に陥り、絶叫した。

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