15.武装戦姫〈4〉
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月が出ていた。雲の合間から月光が差す。
『コーデリア‥‥この辺りで良いよ』
司はそう言って大剣から地面に降りた。崖に面した岩肌の上は固く平らで、十分な広さがある場所であった。
司がローブを転移させると黒塗りの革鎧が露わになった。頭部のカチューシャや鎧の金属部が月光を受けて輝いている。
『司‥‥』
コーデリアの心配そうな声がした。
『ガルザームは強いかな? ふふっ。何だか楽しみに思う自分がいるよ‥‥』
自分には戦闘狂の性はないと司は思う。
『けれど、心のどこかでいつも力を使いたがっていたのかも知れない』
司は出現させた転移魔法陣から抜き身の片手半剣を一本取り出す。反りのない直刀だ。腰のベルトには転移した棒手裏剣を装備する。右肩を前。左肩を後ろ。謂半身の型。視線は森全体を見通すように‥‥
常時と戦闘時との切り替えは呼吸法と視線の変化によってなされる。
木々の闇が微かに濃くなったと直感した司は片手剣を地面に突き刺し、屈み込みながら棒手裏剣を打った。
森の中からも何かが飛び出してきた。
透明な球体‥‥水球か?
撃ち込まれた二発の水球。投擲と同時に回避行動をしていた司にこれらが命中することはない。掠りもせず飛び抜けて行くのを感じながら、突き刺した片手剣を手に司は走り出そうとした。
『駄目‥‥!! 避けて!!』
コーデリアの警告を聞くや否や走る勢いはそのままに前回りをした。
バンっという破裂音。
水の礫が四方八方に飛散する。コーデリアの操る大剣が司を守った。
『助かったよ。コーデリア』
『圧縮系の魔法と膨張系は2つで1つよ。気をつけて』
『応』
司は左手だけで棒手裏剣三本を一度に投擲。
暗闇の中に吸い込まれて行った。
カツンという音が響いた。
闇の中からガルザームが姿を現す。
「お久しぶりですね。コーデリア姫、ご無事で何よりです」
ガルザームは柔和な笑みを顔に張り付かせて言った。
「‥‥」
司は油断なくガルザームを観察する。
盾魔法は展開していない。
下方から腕を振り上げて棒手裏剣を投擲。ガルザームまでの距離は約20メートル、到達まで0.1秒もかからない。
カツンと再び盾魔法に阻まれる。
投擲の予備動作は半身となった身体に隠されて見えなかった筈。
驚嘆すべき動体視力と反射神経だ。
『良い目を持っているな。でも、なんで盾魔法を常時展開しない‥‥?』
『発露系と内在系に限らず二種類の魔法を同時に操るのはとても難しいのよ』
つまり、ガルザームは水の属性魔法と盾魔法を遠近で使い分けているらしかった。
『だったら‥‥』
司はガルザームに向かって駆け出した。属性魔法に対する対処法が少ない今、近接戦で戦うしかないからだ。
司は片手剣を鞘に仕舞うと地を這う蛇のように蛇行しながら走る。
ヒュッと棒手裏剣を投擲するがガルザームは盾魔法で弾き返した。その場から動かないことから、彼も近接戦で司を迎え撃つつもりらしかった。
『好都合‥‥。 叩き上げろ!! コーデリア!!』
四分の一ほど間合いを詰めた時点で司は歩法を変化させた。
跳躍。
司の身体が急に地面に沈み込むようにして消えた。そうガルザームが認識した次の瞬間。突然眼前に大剣の刃が迫った。
『なっ‥‥!?』
ガゴンと魔法の盾が浮き上がる。
足元から細身の片手剣の刃が突き出される。
『ぐっ‥‥!?』
ガルザームは半歩身を引く。ザクリと首の筋肉が切り裂かれ動脈から血が吹き出す。激痛を敢えて無視して彼は盾に意識を集中させた。
追撃を準備していた司の頭上から、突撃槍のように変化した魔法の盾が強烈な突きを繰り出す。
ギンッ
ギリギリのところでコーデリアの操作する大剣が槍を受け止めた。
『‥‥っ!!』
司はガルザームの正面から逃れながら左手で引き抜いた棒手裏剣を投擲した。
牽制に用いられたそれを盾魔法で防御しながら、ガルザームも司から距離を取った。
ガルザームは盾魔法を展開したまま、魔法の秘薬を口に含む。
ジュッと皮膚が焼けるような音とともに傷口が塞がった。
『‥‥なるほど、一撃で致命傷を与える必要があるわけか』
『破魔の剣ならば‥‥』
『残念だけどあれも契約の対価だからね。使えないのが惜しまれるが‥‥本当に魔力保有者は厄介だな』
怯むべきところで怯まない。倒れるべきところで倒れない。
咄嗟に半歩引かれたとは言え、司は抜刀とともに致命傷を与えた筈であった。
魔法盾の形状が変化する。より先端は細く、手元は丸く太く‥‥まるで中世の騎士が持つ突撃槍のようだと司は思った。ガルザームは腰を低く落として右手に槍、左手に魔法の盾を構える。
『突撃でもするつもりか‥‥?』
司は身構えた。
ザン‥‥
槍の先端がブレた。
ザクッ
「‥‥えっ」
『司‥‥っ!?』
ガルザームの手元から一直線に伸びた槍が司の脇腹を切り裂いた。
『くそっ‥‥!?』
咄嗟に中心をズラしたことと槍が鎧で滑ったおかげで傷は浅い。
「おぉ、これを回避しますか。いやはや、驚きました」
ガルザームが柔和な口調で述べる。彼の手には1mほどに短縮した槍。その先端が再びブレた瞬間。ヒュンと槍が伸びた。
「ちっ」
何とかこれを回避する。黒髪が宙を舞う。踊るような動作で棒手裏剣を投擲。ガルザームは余裕を持ってこれを対処した。
『引きの動作が無い長大な槍。間合いを制されたな』
『どうすればいいの‥‥!?』
『接近するしかない』
ガルザームの驚異的な動体視力と先読みによる攻撃は正確無比だ。オマケに縮長の速度は凄まじく速い。
まるで銃撃されているようだと司は感じた。
『だが所詮は二次元的攻撃。狙った‘点と線’から外れれば問題ない』
チクチクと何度も鋭く突き出される槍をかわしながら、司はガルザームに接近するタイミングを見計らった。
『今だ‥‥』
「ハッ!!」
気合いとともに棒手裏剣を投擲して件の歩法でいっきに接近。コーデリアの大剣で押し込み、張り付きながら制圧しようとした。必殺の歩法は相手の認識の死角と言うべきものを突く技だ。そして確かにガルザームは視界から一瞬司が消えたと錯覚した。だが‥‥
「二度も通用する筈ないでしょう!?」
司の姿が消えたと感じた瞬間にガルザームは左手に持った巨大な魔法盾に身を隠したまま前方に突進した。
ダンッ
ガルザームの魔法盾とコーデリアの操る大剣が衝突する。
「ハァッ!!」
ただ力で押し返そうとするコーデリアに対してガルザームは盾の表面に大剣の刃を滑らせた。そのまま一歩前進し間合いを詰める。片手剣でも近過ぎる間合い。ガルザームの右手にはナイフ並みに縮んだ魔法槍。
『‥‥!?』
ザンッと魔法槍が伸びる。
防御しようとした大剣が一本弾き飛ばされて、崖の下に落ちていった。コーデリアの支配から完全に離れる。
だがその隙に司はガルザームの背後に回り込もうとしていた。
ガルザームが盾を振る。槍と異なり点ではなく面での攻撃。司は逃れることも出来ずに叩きつけられた。片手半剣が手から弾き飛ばされる。
『ぐっ‥‥!!』
司の右手首が折れた。
『だめ‥‥っ』
コーデリアが大剣を叩き付ける。ガルザームは巧みに盾魔法で受け流した。ただ力任せに振るうだけではガルザームに刃を届かせることは出来ない。大剣を操るコーデリアの力量はガルザームの盾魔法を打ち破るには不足していた。
魔法の槍が煌めく。
本能的な恐怖から後退しようとする脚を意志の力で押さえつけた司は敢えてガルザームに突っ込んだ。
ズブッ
血肉を刺し貫く音がした。槍が司の右肩と首の間、鎖骨の下辺りを貫いていた。
「ぁぁぁあああああ‥‥‥‥っ!!」
槍が捻れて肉体の内側を傷つけるのも気にかけずに、右腕を槍に絡めつかせた。
コーデリアの大剣がガルザームの右半身に向けて振り落とされる。
『ははっ‥‥参ったな‥‥』と司。
ガルザームは司に突き刺した槍(形状変化させた盾魔法)を解除し、体を覆い尽くすほどの大きさがある盾に隠れてしまった。
コーデリアが息も吐かせぬ勢いで必死にガルザームを追い立てる。連撃はガルザームの盾で悉く防がれた。攻撃を放棄したガルザームはドーム状に盾魔法を変化させた。今の彼を切り崩すのは不可能に思えた。
このまま司が出血し続け衰弱するのを待っているに違いない。異様な慎重さと言えた。だが、司とコーデリアは攻め続けるしかない。攻撃の手を休めた瞬間、どうなるかは明白だった。
『もう無理よ。司、もう無理だわ』
コーデリアが泣き事を言う。
出血で朦朧とし始めていた司はそれを黙殺して考えた。打開策はあるはずだ。勝利を確信したガルザームは思考を止め適切な回避行動を取ることに集中しているようだった。
盾魔法と術者との相対距離は一定だ。ガルザームは全方位からの防御が可能な盾魔法を展開していても衝撃を逃がすため回避行動を続けなくてはならない。
対する司は無手。棒手裏剣は尽きた。武器を拾う余裕はない。転移魔法陣から武器を引き出すための魔力はないし、そもそも使える武器がもう貯蔵されていない。大剣を二本使えば、アランがやったようなことが出来るかも知れないが、武器操作の支配領域は半径3mくらいしかないのだ。大剣の回収は不可。どう考えても外側からの攻撃が不可能に思える。内側からの攻撃でなければ‥‥
そこまで考えて、司は閃いた。
『‥‥コーデリア、大剣を俺に渡してくれ』
『えっ‥‥』
『早くしろ‥‥!!』
司は失血が危険な域に達しつつあることを理解していた。怒鳴られたコーデリアは慌てて彼に大剣を渡す。司は左手でそれを掴んだ。残念だが右手は使いものにならない。
司は獣じみた唸り声を上げてガルザームに襲いかかった。
コーデリアと違い、力だけでなく速さと上手さのある一撃にガルザームは後退を続けた。
一撃一撃に思いもよらない力が籠もった。巨大な大剣を司は意のままに操る。
『内在系魔法!? この局面で習得したと言うの!?』
司の左腕に魔力が渦巻いていた。発露系に比べて消費魔力は少ないが、魔力の限界が近い。
蛇のような動きで滑らかに攻め立てていた司は遂に好機を見いだした。
『棒手裏剣を拾え!!』
『‥‥!? はいっ!!』
司の叫びにコーデリアが素早く反応した。
地面に落ちていた棒手裏剣を操り、そのままガルザームに突き立てたのだ。盾魔法の内側からの攻撃だった。
「ぐぁ‥‥!?」
『馬鹿な‥‥内在系と発露系を同時に!?』
ガルザームは驚愕した。そもそも盾魔法の内部は他者の魔法から影響を受けない筈だと言うのに‥‥
両膝の裏をまるで掘削機のような破壊力で突き立てられたガルザームは膝をついた。そして三本目の棒手裏剣がガルザームの後頭部に突き刺さる。盾魔法が解除されると共に、司は渾身の力で大剣をガルザームに叩きつけた。
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