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14.武装戦姫<3>

「おやおや。これは一体どういうことでしょう? 説明願いませんか?‥‥ミーシャ殿」


 半壊した神殿の入り口の手前、海に面した石造りの波止場の上で、ガルザームとミーシャが向かいあっていた。


 荒れた波が波止場に押し寄せぶち当たる音が大きく聞こえた。


 問い掛けられたミーシャの足元には、気を失ったまま倒れ伏すアリエルの姿があった。


 ガルザームが更に詰問を続けようとした時、壮絶な爆発音が響いた。

 

 驚くガルザームを尻目に、森から立ち上る煙を見ながらミーシャは呟いた。


「ミランダ。‥‥やはり強化魔法は使わず、力押しで来たな」 

 

 ミーシャが無感情に言った。彼女はガルザームに視線を向けた。感情が凍りついたかのような冷たい瞳だった。


「ミランダに当てたのは所詮、冒険者。ここにたどり着くも着かぬも運次第。どちらにせよ、アリエルがいる限りコーデリアは現れる。例え罠だと知っていても」


「‥‥罠。メイド達を使ってコーデリア姫をおびき寄せるつもりですか? ‥‥一緒にいるあの男がそれを許すとは思えませんが」


「必ず来る」


 ミーシャは確信しているようだった。


「これはウンブリエル殿の策ですか?」


「違う。彼は今休息を取っている。朝まで目覚めることはない。そして、この件にサーダ帝国兵は一切関与しない。これ以上の消耗は許し難い。故に、貴方が必要になった」


 上官の許可無くこのような事をして良いのか?お前はサーダ帝国兵ではないのか?そもそもお前は何者なのか?‥‥私はその消耗とやらの勘定に入らないのか?


 ガルザームの脳裏に幾つかの疑問が沸き起こった。この場所には、ウンブリエルからの伝令があり呼び出されたのだ。それも偽りである可能性が高い。


 ガルザームが口を開いた。


「私が貴女に協力したことによる利益は?」


 結局彼が口にした言葉はそれだった。


「‥‥先払いだ。受け取れ」


 ミーシャが革袋から小さな赤い石を投げる。


「これは‥‥!?」 

 

 血のように赤い石。ガルザームは手にした魔石から伝わる魔力の波動に驚愕した。


「【聖処女の血晶石】だ。お前はその価値を知っているのだろう? それを代償として私に雇われろ。‥‥何、安心しろ。お前は女の相手をすれば良い。あの男は私が殺る」


 ちょうど、その時だ。

 森の中からミランダが飛び出して来た。





 司達は爆発源と思わしき跡地(焼け焦げた人体の破片が木々にへばり付いていた)を通り過ぎ神殿に向かった。


「‥‥アリエルとミランダは神殿の前にいる。敵の数も2人‥‥間違いなく罠だ。伏兵がいる可能性が高い」


 アランの索敵は正確だ。


「‥‥ウンブリエルは?」と司。


「いない。ガルザームと衛生兵の女だけだ」


「‥‥アランさんにはガルザーム達の足止めをお願い出来ますか? アリエルとミランダは私が救助します」


「大丈夫なのか? 背負って運ぶことも出来まい」


「‥‥現段階で私に扱える最後の【武装せし姫神】としての能力があります。アランさんほど速くはありませんが、十分な逃走手段となる筈です」


「承知した。私は君がある程度距離を取り次第、後を追う。もしもの時の合流地点は先ほどの場所。‥‥その力とやらで、この島から脱出は可能か?」


「‥‥可能ですが、隣島が限界でしょう」


「‥‥十分だ」 

 

 アランは違和感に気がついていた。申し訳程度に罠を張ったとしても、敵の動きが消極的過ぎる。状況的に伏兵の可能性を示唆したものの、直感的にはそれは無いと判断していた。


『ガリア人女性のサーダ帝国兵‥‥何者だ?』


 言い知れぬ不気味さを感じながら、アランは飛び続けた。




 前後不覚になりながらも、立ちはだかる敵を爆殺して神殿にたどり着いたミランダは、ガルザームによって敢え無く倒されてしまっていた。

 今は彼が作り出した結界魔法で冷たい地面に押し付けられたまま、アリエルの隣で失神している。アリエルもまた目覚める気配は無い。


 ガルザームとミーシャは森からの敵襲を警戒していた。 

 

 突如として、森の奥から巨大な風の刃が幾つも飛来した。


「‥‥!?」


 ミーシャは脚部を部分強化することで、その場から跳躍して回避し、ガルザームは留まりながら、結界系魔法『盾魔法』を展開。


 バシュッと黄色い半透明の盾に、風の刃が衝突する。僅かな時間差で立て続けに飛来した刃がさらにガルザームの盾魔法と衝突した。


「ぐっ‥‥!」


 ガルザームと盾との相対距離は変化することはない。故に、彼は盾ごとその場から吹き飛ばされた。


 衝突の衝撃でバラバラと石造りの地面がめくれ上がる。砕けた石や砂埃が舞う中を一つの影が掛けた抜けた。噴出系の風魔法を使ったアランである。 

 

 ガルザームの正面に張られた盾を回り込み、彼は鉄鞭のような剣を叩きた。


 ガンッ


 寸前の所でガルザームは盾魔法を形成。何とかアランの攻撃を防いだ。

 同時に、先に展開していた盾をハンマーのように横殴りに叩きつけようとした。ガルザームの意図を察知したアランは後退して間合いを取りながら空気の圧縮弾を形成。合計12個のそれを次々と放った。


 盾をドーム状に変化させたガルザームは、襲いかかる圧縮弾を防いだ。着弾と共に破裂する圧縮弾によって体が上下左右に揺さぶられる。


 相対距離が一定となる盾魔法の弱点を突いた攻撃だ。直接的なダメージは無くても、頭を酷く揺らされる。ガルザームは思わず膝を付いた。 

 

 行動不能となったガルザームにアランが続けて必殺の一撃を加えようとした時、ミーシャが背後から襲いかかった。


 彼女はガルザームを囮に使ったらしかったが、アランが気を抜くことは無く、不意打ちは失敗に終わった。


 ギンッと鉄と鉄がぶつかり合う。


 内在系魔法で身体強化したミーシャと、剣術と風魔法を巧みに組み合わせたアランが、何度となく剣を激しくぶつけ合った。





 アランが風の刃を飛ばすのを合図に司は森の中からアリエル達に向かって駆け出した。


 走りながら、転移の魔法陣を展開。司の目前の魔法陣から、一個の巨大な盾が出現する。傭兵達から奪った盾を一つにしたものだった。まるで小舟のようなそれは司の体を覆い尽くすには十分過ぎる大きさで、とても生身の人間一人が扱えるものではない。


『コーデリア!!』


 そう司が叫ぶと、その巨大な盾はスルスルと走る彼の足元に下りてきた。司はサッとその上に飛び乗る。内側の取っての部分に手をかけて膝立ちになった。

 走るよりも遥かに速く飛び抜けて行く。


【武器操作】


 現段階では、合計二つの武器を魔力による不可視の手で操る能力だ。

 本来は触れずに武器を操作する筈の能力を司は移動手段として応用した。操作主はコーデリアであり、司はボードに乗るかのようにバランスを取るだけで良い。 

 

『良く思い付くわね!! まさかこんなやり方があるなんて!!』


 コーデリアが感心して声を上げた。


『頼むから集中してくれよ ‥‥このまま二人を拾って任務完了だ』


『ええ!!』


 コーデリアの声には期待による興奮があった。


 比較的余裕のある司はアランを横目に見る。ガルザームが行動不能であることを確認する。もう一人には意外と手間取っているようだが、アランが圧倒している。順調だ。


 猛スピードでアリエル達の横に到着した司は、素早く彼女らを担ぎ上げ盾に乗せた。


 少し窮屈だが問題ない。


『よし!!』


 盾に飛び乗った司は再び森に向かって飛び立とうとした。


 バシュッ


 背後から聞こえた音。


 振り返るとアランが女の胸に深く剣を突き立てていた。いくら超人的な力を持つ魔力保有者でも、あの剣ならば肋骨を砕くばかりか、心臓を潰し背骨を折ることくらい造作も無いだろう。瞬殺だ。

 だが、司は予想外の光景を目の当たりにする。


 死んだ筈の女が腰から短剣を引き抜き、アランの首を掻ききろうとしたのだ。

 アランは剣を手放し回避する。短剣の先がアランの肩を切り裂いた。


『何‥‥あれ!?』


 コーデリアは意味不明な光景に驚愕した。


 視界の端に再起するガルザームが映った。


『コーデリア!! 今は俺達の成すべきことに集中しろ!! アランさんはきっと大丈夫だ!!』


『‥‥うん』


 司は森の中へ一目散に飛び込んで行った。




『‥‥何だ。この女は何なんだ』


 アランは確かにミーシャの心臓を破壊した筈だった。だが、女は現に生きている。


 ガランと彼女の胸から剣が落ちた。


 そこには‥‥


『水‥‥!?』


 アランが刺し貫いた箇所が水になっていた。


 ミーシャが驚くアランの様を見て微かに笑った。


 パシャという音と共にミーシャの姿は消えた。彼女が立っていた所には帝国兵の士官服だけが残されていた。


 ドンッと背後から衝撃。アランの体が吹き飛ばされた。


 彼がいた所には、全裸のミーシャがいた。


 再び、パシャという音。


 地面を転がったアランが何とか立ち上がると、既に目前に彼の剣を携えたミーシャがいた。


 ザシュッ


「‥‥ガッ」


 アランの右腕が肩から切り飛ばされた。

 アランはそのショックが脳に届くより速く風魔法を展開した。風の刃がミーシャを切り裂こうとする。だが、それが当たる寸前にミーシャの姿は消えた。


 左手で剣を掴み、アランは噴出系の風魔法で飛翔した。


 空中から地上を見る。


『ガルザームがいない!!』


 恐らく奴は司を追ったのだろう。


『不味い‥‥流石に血を失い過ぎた』


 肩からはドバドバと血が流れ出ていた。アランはポケットから取り出したポーションを口に含んだ。擬似的に水魔法使いの回復魔法を再現するための液体だ。忽ち出血は収まる。


 その時、地面の一角にあった水溜まりの水面が泡立ち始めた。やがて激しく泡立ち盛り上がりながら、水は人の形を作り出した。水溜まりから上半身だけのミーシャが現れた。


『‥‥この女は正真正銘の化け物だ。ここで押し止めねば間違いなくコーデリア様を害する存在になる。幸い奴に空中戦は出来まい。地の利はこちらにある。ここからなぶり殺しにする』


 アランは強烈な圧縮弾を何十個も形成しミーシャに向かって放った。


 数と力で押せば、上空にいる自分の方が有利な筈だった。しかし、アランの思惑は大きく外れる。


「なっ‥‥!?」


 ミーシャは圧縮弾を回避しながら上空に向かって伸び上がって来たのだ。下半身は一本の水の束だった。雨水だけでなく海からも水を吸収して、さながら大蛇のようになっていた。

 アランは真の地の利がどちらにあるか悟った。


『この姿はまるで‥‥!?』


 上半身は美しい女、下半身は大蛇。南大陸の奥地に生息されるという魔物。伝え聞く名は『ラミア』


 アランはミーシャの瞳を目にした。氷のように冷たい青い瞳孔は爬虫類のように細くなっていた。





『ダメだ‥‥振り切れない』


 司は背後から迫るガルザームを見て言った。まだ相当遠いが、徐々に距離を詰められているように感じる。アランが合流するまで逃げ続けるという選択はあるが‥‥


『どうするの‥‥司!?』


『‥‥迎え撃つ。アリエルとミランダをどこか安全な場所に隠そう』


 司は嫌な予感を覚えていた。今は積極的に攻勢に出る方が良いと思った。


『‥‥あそこ!!』


 コーデリアが崖の上に見える木を指して言った。


 司は背後を確認する。

『まだ大丈夫だ。隠す余裕はある‥‥コーデリア!! 崖の上まで連れて行ってくれ』


『うん』


 司はアリエルとミランダを支える。二人して仰向けのまま寝ていた。酷く衰弱しているが、二人とも目立った外傷は見られない。


 崖の上に到着した司は盾を木の枝の間に寝かせて置いた。


『‥‥【武器創造】』


 盾の表面に革を張った。闇夜の中でも目が利く魔力保有者であっても、これを見つけることは困難だろう。 

 

『さて、【武器創造】で鞘入りの大剣二本を用意。転移させて』


 コーデリアは司の要請に素早く応えた。スッと大剣の柄が魔法陣から出現した。


 

 

『‥‥どうするの?』


『奇襲をかけ、そのままガルザームを海岸まで引き連れて行く。そこに開けた場所がある筈だ。‥‥さぁ、飛ぶよ』


『えっ? ‥‥って、うわぁぁぁぁ!?』


 コーデリアが叫び声を上げる。


『おっ?』


 全く偶然だが、ちょうど真下の崖を駆け上っていたガルザームと目があった。

 落下しながら司は魔法陣から二本の大剣を引き抜いて、ガルザームを挟み込むかのように振り下ろした。


 ガギンッと咄嗟に展開させたガルザームの盾魔法と鞘に入ったままの大剣がぶつかり合った。

 当然空中に投げ出されたガルザームはそのまま落下して行くが、司はくるりと回転しながらコーデリアに剣の操作を任せた。


『‥‥よっと』


 司は大剣の上に立ち上がって乗った。まさしくボードである。


『あっ‥‥ダメ。司、これ制御難しい』


『大丈夫‥‥そのままゆっくり森の奥に下降して、バランスは俺が取るから』


『うん‥‥』


 ソロソロと司は奥に下って行った。



「がはっ‥‥」


『今のはコーデリア王女か‥‥?』


 一方、崖下の地面に強かに打ちつけられていたガルザームは呆然としていた。


「全く‥‥噂とは信用ならぬものですね。‥‥随分とお転婆であらせられる」


 熟練さた結界魔法の使い手であり、水の魔力を持つガルザームは落下の衝撃を盾魔法で弱めた上、治癒魔法で素早く回復していた。

 立ち上がって泥を払ったガルザームはコーデリアの後を追った。





 アランは苦戦していた。


 彼は己の知る限りあらゆる攻撃をミーシャに加えた。だが、攻撃を受けた部分は一緒で水となってしまう。まさに暖簾に腕通しだ。ならばと蛇のような長く巨大な胴体を切り裂いてみたが、こちらは息を吐く間もなく繋がって再生してしまう。


「不死身の化け物と言うわけかっ‥‥!?」


 アランは完全に手詰まりだった。不幸中の幸いはミーシャが内在系を得意とする魔法使いで、水魔法は『形態変化』しか満足に使えなかったことだ。もし発露系が得意だったならば、既にアランは殺されていただろう。

 タコの足のように海上から伸びて来る水の束が次々と襲いかかる。


『チッ‥‥!』


 アランも森の奥に逃げ込むと言う選択肢はあった。だが、森には傭兵や冒険者がいる。この状態で多勢に無勢は避けたい。それに連日の嵐のせいで森の中にも水は豊富にある。この状況を改善出来るとは思えなかった。


『このような大規模な魔法そう長くは続きはしない‥‥、しかし私の魔力も残り少ない』


 水流を何とか回避しながら風を纏ったアランはミーシャの本体に向けて突撃した。


 左手に持った剣の先端に空気を圧縮した。サイコロのような正六面体の空気塊が形成され、アランの持つ魔法剣に数え切れないほどのヒビが入る。圧縮弾の数万倍の圧力がかかっているのだ。


 鞭のようにしなる水流の束がアランの接近を阻むが、身に纏った風の障壁に弾かれて霧散した。


 アランはミーシャの本体に向けて剣を突き出した。


「『穿て』」


 空気塊が炸裂した。


 全方位に発散する筈のそれは、しかし一方向にのみ唸り渦巻きながら伸びて行く。


 竜が大蛇を頭から喰らうかのように、竜巻がミーシャの本体諸とも蹂躙し尽くした。


 ストっとアランは防波堤の上に降り立った。もはや空中に留まるだけの魔力はない。


 アランとミーシャの死闘によって、神殿は跡形もなく消し飛んでいた。


 アランは感知能力を使って索敵をするが、ミーシャの魔力を感じ取ることは出来ない。


 一度大きく息を吐いたアランはコーデリアを追う。


『【武装せし姫神】の力は魔法ではないからな‥‥転移魔法陣の痕跡を追うしかない‥‥「がっ」


 ドスっという音。


 背中の一点に酷く冷たい感覚。


 さらに、ぐじゅりと何かを捻ったかのような音。


 口の端からダラダラと血が流れ出した。


『‥‥【武装せし姫神】‥‥魔力‥‥感知不可能‥‥半神化‥‥ガリア人の女』


「‥‥抜かったな。アラン・コンフォールド」


 

 

 その声はミーシャのものだった。


 背中から刃が抜ける感触と同時に、アランは荒れる海に引き落とされた。

次話『武装戦姫<完>』

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