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12.武装戦姫〈1〉

【7/8】本文修正・サブタイトル変更

「ミイラ盗りがミイラになる‥‥私の故郷の言葉です」


 じっと顔を伏せていた司は、アランに視線を移しながらそう言った。


「墓荒らしが逆に墓に埋められることになるという諧謔ですよ」


 アランの顔が険しく歪んだ。


「何を言っている? ‥‥いや、言わなくて良い。それをこの私が許すとでも思うのか?」


 威圧的な口調で、アランはそう言った。


「‥‥」


 司は応えなかった。巨木の枝の上で2人は無言のまま睨み合った。

 雨は小降りになっていたが、風はまだ強かった。轟々と鳴る嵐の中でも、この場だけが奇妙な沈黙に支配されていた。


 先に均衡を崩したのはアランだった。 

 

 スッと、アランの右半身が流れる。


 先読み。


 司はそう称してもおかしくない速さで動きを感知。


 絶妙なタイミングで、身体の中心をズラす。


 鳩尾に入れられる筈だったアランの拳が空振りになった。


 同時に、彼の死角に逃れた司は彼の手首を掴み取り、関節をキメる。そのまま右腕全体を制圧した。


「ぐっ」


 アランは膝を付く。とても生理的な反応だ。

 例えば目に物が近づけば、自然と目蓋を閉じるのと同様に、骨折を恐れた身体が、自然と安全な姿勢を求める。

 いくら超人的な身体能力と回復力を持つ魔力保有者とは言え、身体構造は人間と変わらない。身体は力学から逃れられない。 

 

「アランさん。‥‥敵が知らない此方の強みが2つあります。一つは五条司の存在。一つは【武装せし姫神】の力。今のコーデリアは貴方が思うほど無力ではないんです。‥‥協力してもらえませんか?」


 司は腕の拘束を解いた。


 アランはひとまずコーデリアに突然の蛮行を詫びてから司に話しかけた。


「手荒な真似をして済まなかった。‥‥確かに司殿は強い。姫様は無力ではないかもしれない。‥‥だがな。姫様の命を危険に晒す訳にはいかんのだ」


 アランの言葉には、悲痛な響きが含まれていた。


「‥‥では、見殺しにして生き延びますか? あの日の犠牲は仕方無かったと言いながら‥‥ 笑って生きて行くことが出来ますか?」


 司は質問をした。否。詰問と言うべきか。


「‥‥それが、王族だ。何を犠牲にしても生き抜き、血を存続させることが義務なのだ」


『‥‥』


 コーデリアが唇を噛み締めて俯いた。


 アランの言うことは一面では正しい。否、この世界の常識だ

 【王】それは血の王座に座る魔物。数多の犠牲を名誉と称し、笑うことの出来る罪深い怪物。高貴さ故の罪だ。

 人は誰しも怪物を飼っているのかも知れない。犠牲の上に成り立たない生など無い。犠牲にするからこそ生きる資格を持つとさえ言えるだろう。

 結局ミランダ達を救うため、血が流れる。犠牲を強いる。

 コーデリアは勿論それを理解していた。


 だが、それでも‥‥


『‥‥私は、私は怪物になりたくない』


 心中に怪物を飼うこと、怪物そのものになること。それとこれは話が別だ。コーデリアは人間として生きたいと言う。罪悪感は彼女の心を殺し続ける。

 錯覚だとしても、それは一種の生存本能だ。ただ生存を渇望して生きるだけが生ではない。死に迫って生きる生もあるのだ。

 言わば死して生きる生。それは対極を一として見出す長谷川家の家訓にも通じる。つまり、司の信念でもある。

 

 

「‥‥アランさん。ここで戦わなかったら、コーデリアの心は死んでしまう。貴方が守りたかったのは、伽藍の心を持つコーデリアでは無かった筈だ」


 司は既に気がついていた。アランの言う王家の義務など建て前に過ぎないことを。彼の本心はただ単純にコーデリアの身を案じている。

 アランは臣下と言うよりも、むしろ父親であるかのような感情を抱いている。

 だからこそ、彼が守ろうとしてきたのは、王族としてのコーデリアでは無かった筈だ。


 アランはグッと唸った。図星だ。目に迷いがあるのを司は見て取れた。


『アラン‥‥』とコーデリアが言う。そして、その後に続く言葉を司は逐一声に出して言った。不思議なことに声色や語調まで自然と再現出来た。


「‥‥アラン。お願いよ。2人を見捨てた私を私は許すことが出来ないわ。私は私を殺してしまうのよ」


 突然、コーデリアの口調で話出したため、アランは一瞬驚いたが、そのまま風船が萎むかのように溜め息を吐き、肩を落とした。もはや是非も無かった。


「姫様はお父上と似て意外と強情でいらっしゃる。‥‥分かりました。協力致しましょう」


 司とコーデリアはホッとした。


「ありがとう。アラン」


 「いえ、それに‥‥」とアランは呟く。


 そして司も思わず背筋を凍らすような獰猛な声色で、口を開いた。


「いい加減、堪忍袋の緒も切れていたところです。奴らは思い知らねばならない‥‥いかに大きな代償を払うことになるのかを」


 途端にアランの雰囲気が変わった。

 比喩ではなく、アランが纏う空気が泥水のように濁って重たくなった。

 司は冷や汗をかき、コーデリアに至っては震えている。


 どうやらアランは必死に怒りを抑えていたらしい。

 司は多少彼の本心を読み違えていたようだ。


「では。参りましょう」とアランが告げる。


 司の胴に腕を回したアランが、巨木から飛び降りた。


 まさにその時。


 神殿の方角から爆発音が響き渡った。



 神殿からコーデリア達が脱出してから暫くのことだ。


「‥‥ぅぐ‥‥っ」


 ミランダは地下牢ではなく、神殿施設の外で目覚めた。激しい雨の冷たさが肌に染みる。


 彼女は状況を理解出来ないでいた。


『‥‥姫様』


 コーデリアは祭殿にいると、あの青髪のガリア人が言っていた。


 無惨に引き裂かれたままのエプロンドレスを手繰り寄せながら、ミランダは立ち上がった。

 疲労。栄養失調。睡眠不足。彼女の身体は限界を迎えていた。

 だが、執着とでも言うべき感情が彼女の身体を支えていた。


『今、参ります‥‥』


 酷い頭痛でまともに頭が働かなかった。

 ミランダは重たい身体を引きずるようにして、ふらつきながらも歩き始めた。


 首にかけられていた首輪はいつの間にか無くなっていたが、そのことに気がつく余裕など彼女には無かった。

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