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11.脱出〈下〉

『コーデリア‥‥』


 司は次に何と言うべきか言葉に迷った。


『ツカサ! アランに伝えて。アリエルやミランダを助けに行かないと‥‥!!』


 暫く思考した後、こちらを怪訝に見つめるアランにコーデリアが目覚めたことを伝えた上で、彼女の願いをそのまま口にした。


 雨風に揺さぶられた木々が騒々しい音を立てる中、司達の間に沈黙が流れた。


「‥‥なりません」


 アランは短くそう言った。苦渋に満ちた表情であった。


 コーデリアは一瞬絶句した。


『‥‥な、何を言っているの? アラン。‥‥あの男が、アイツが2人を‥‥!! 今ならまだ間に合うわ‥‥!!』


 コーデリアの声は悲鳴に近い。


 司は、アランにチラリと目配せすると、コーデリアの説得に乗り出した。


『コーデリア、君も分かっている筈だ‥‥今ここで何をするべきか、何をしてはならないのか。せっかく拾った命を捨てるような真似をしてはならない』


『‥‥』


『コーデリア?』


 もう一つの世界。地平線の彼方まで広がる永遠の蒼穹と水面の世界。拳を握り締めたコーデリアが下を向いている姿が脳裏に映った。

 無言を貫いていたコーデリアが、激情を抑えるかのように細く息を吐いて、キッとこちらを睨み付けた。


『それでも行きます』


『その結果、アランと俺の命を危険に晒すことになる。それでも構わないのか』


『ごめんなさい。それでも‥‥行きます』


 コーデリアは唇を噛み締めた。両手で水色の髪をぐしゃりと掻き乱し、泣きながらそう言った。

 今のコーデリアには状況を打破するための力がない。全く持って無力な存在だ。それでも、彼女は行くと言った。懇願するでもなく、明確な意志を持ってそう言い募ったのだ。


『間違いなく死ぬよ』


 違う。とコーデリアは呟いた。瞳に怯えの色があった。蛮勇ではない。彼女は間違いなく最悪の結果を知っている。それでもなお、言葉を口にした。


『生きるためよ。アナタは言ったわ。ただ漫然と生きているだけでは、生きるとは言わないと‥‥』


 スッと息を吸い込んで、コーデリアは叫んだ。


『ここで、ここで逃げたら、ここで戦わなかったら、私の心はもう生きてはいられない‥‥!! 今度こそ私は死体になってしまう‥‥!!』


 この場所が彼女にとっての墓場になるのだと、そう言った。


 独善以下のただの我が儘と言って良かった。助けることが出来るか出来ないかではなく、罪悪感から逃れたる為に行動したいと言うのだ。彼女の自己満足のために、司とアランが命を危険に晒す道理はない。


 しかし、同時に司は胸が掬われる思いをした。

 ズドンと胸に風穴を開けられ、そこに清涼な風が通り抜けたような気がした。

 可能性などと言う体の良い価値観に頼った死生観など霞むほどの鮮やかさが、そこにあった。

 普遍的で合理的な言葉などには無い。ただ思いに任せた言葉の何という鮮やかさ。


 例えば、司にとっての大切な人々。母親、姉、勝正、絢音そして夏樹は彼にとってもまた生きる意味そのものなのだ。もし、この人達の命を見捨てることがあれば、きっと司も生きてはいられない。


 既に司は心理的にはコーデリアの味方になっていた。


 加えて‥‥


【武装せし姫神】


 司とコーデリアの頭の中に、幾つかの情報が流れ込んで来た。未知の知が、自分の意志判断や観念に関わらず、既知の知になる。

 司は最早慣れたものだが、コーデリアにとってはそうでなかったらしい。若干混乱している彼女に司は言う。


『海神ソルの依り代だ。こちらからは接触出来ないが、偶にこうして必要なことを教えてくれる』



 では、彼女もコーデリアに賛成しているのか? と司は思った。


 それに、かつて彼の師匠は言ったのだ。


――恐れを知らぬ者を勇者とは言わない。それはただの蛮勇だ。真の勇者は恐れを知る者だ。恐怖の中でも、前に進む意志を持つ者だ。良いかい、司? 強さと弱さは対極には存在しない。弱さの先に強さがある。弱者こそ真の強者になり得るのだ。


――犯罪者や屑のような人間ほど弱い心を持っているような気がします。彼らもまた強者になり得る弱者なのですか?


 そう尋ねた司の意識にあったのは、彼の父親の存在だ。


――応。彼らもまた弱者だ。だが、自分の弱さから逃げて来た者達だ。それは弱者である以上に卑怯者である。真に強者の対極になり得るのは彼らだろうね。


――卑怯者‥‥


――大切なものは己の意志だよ。


――俺は強くなれるでしょうか?


――君が己の弱さから目を逸らさぬ限り、君が弱者である限り、君は強くなれる。


 そう言ってから、長谷川勝正は朗らかに笑って言葉を続けた。


――まぁ、そう深刻な顔をしなさんな。先祖代々の家訓とは言え、常日頃からそんな事を考えていたら、心を病んでしまうよ?


 それを聞いて、司はずっこけた気分になった。


――シンプルかつポジティブ。私はこれで良いと思う。 

 

――‥‥?


――全ての知性は物事をシンプルにするため、ネガティブは気分的なものだけど、ポジティブは意志によるものだからね。何か選択に迷った時に、これを思い出して欲しい。



『シンプルかつポジティブ』


 司は呪文のように呟いた。


『‥‥シンプルかつポジティブ?』


 コーデリアが不思議そうな顔をしてオウム返しした。


 ここで戦わなければ、コーデリアの心は死んでしまうと言った。それは、司にも言えることなのだ。

 ここで戦わなければ、全部嘘になってしまう。と司は思った。師匠からの教え、大切な人々との関わりで得た掛け替えのない信念。それらを守ることは彼にとっても命をかけるに値することだった。


『君は2人を救いたいと言った。それは気分なのか、意志なのか?』


 コーデリアは自分に問いかけるかのように目を瞑ってから答えた。


『意志です。命にかけても、他人の命を巻き込んでも、何が何でも救いたい』


 司は吹っ切れたように笑った。 

 

『文字通り、俺と君は一心同体だ。一緒に戦おう、コーデリア』

次話『武装戦姫』

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