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第3話

 太陽の眩しさと、雀の歌声で僕は目を覚ます。カーテンを開けて、寝ぼけている頭を起こして、パッと、朝ごはんを食べて学校へ行く準備を終えて家を出る。


 朝の通学路は学生と通勤するサラリーマンで溢れ返り、世間の騒がしさがそこらじゅうに転がっていた。


 僕はこの喧騒と忙しなさが好きだ。一人なのに一人じゃない。変な感覚が常にあって、ふわふわと宙に浮いているみたいで。言葉にするのは難しいけど、確かに胸の中にある感情は僕を形づくる欠片。


 そうやって、一人で浸っていたら背中を強く押されて、恐る恐る振り返ると煩いぐらいに笑っている君がいた。


 「おはよー!」

 「おはよ、朝から元気だね」

 「元気が一番だよ」


 君は指を立てて、陽光を背にニカッと眩しく光る。思わず目を手で覆い隠してしまいそうになる。瞳の奥深くに燦然と煌めく星のような熱は、僕の瞳を掴んで離してくれない。


 「あ、てかさ、今日一限目から数学だって最悪だよね」

 「いや、それね。一限目は国語とかの方が嬉しい」

 

 何気ない日常の切り取り。意味を持たない会話、あれがいい、これがいい、わがままだけを垂れ流す幼稚でどうしようもない言葉は僕らの頭上をふよふよと漂う。


 アハハ、と風鈴が凪いだような涼やかな君の声が心臓に届き、梅雨前の陰気さが無くなって少し先の夏を感じさせる。


 他愛の無い会話を空気に溶け込ませて、学校へ着くと何も無かったかのようにそれぞれの学校生活を過ごす。


 昼休みになって、あそこに行くと先に君が待っていて「遅い」と何故か僕に怒りをぶつける。理不尽に怒られた僕は君の横に座って、静かにお弁当を食べ始める。


 「ねえ、君ってなんでこの季節に転校してきたの? もうそろそろ卒業だって言うのにさ」


 視線をゆっくりと君の瞳に移して、僕は問いかける。

 君は、瞳をぱちくりと閉じたり開けたりする。昨日と今日の仲だから、教えてくれないかなと、思っていたけど君はゆっくりと呼吸して話し始めてくれる。


 「お父さんの転勤で転校することになってね」

 「前の学校の人と別れるのは悲しくなかったの? ほら、そっちの方が二年間の思い出があるわけでしょ?」

 「むしろ、私にとっては有難かったというか……なんというか」


 ごにょごにょと言葉を濁して、明確に話してくれない。視線を下にして、横顔には侘しさが張り付いている。


 「どういうこと?」

 「ここからは有料コンテンツだからお金を払ってください」

 「お金ってそんなのないよ」

 「じゃあ、教えてあげない」


 いーっ、と口角を上げてそれ以上は僕に教えてくれることはなかった。


 踏み込まれたくない理由でもあるのだろうか。線を引いて、これ以上は入ってこないで欲しいと言葉では語っていなかったけど、僕にとってはそう言っているような気がしてただ君の顔を見つめる。


 「あ、そんなことよりさ、オススメしてくれた小説全部読んだよ。すっごい面白かった」

 「もう全部読んだの?」

 「うん。思った以上に面白くて、気付いたら全部読み終わってたんだよ。おかげで寝不足」


 君はまぶたを擦りながら、緩く欠伸をする。よく見ると、うっすらと隈ができていた。


 「あれ、本当に面白いよね。雛が自分の殻を破ってさ、新しい世界を生きるシーンが本当に良くてさ。涙というよりかはさ、じんわりとするタイプだよね……ってごめん。一人で喋りすぎた」


 僕はペラペラと聞かれてもいないことを喋りすぎてしまった。悪い癖だな。好きな物を語るとなったら、止まらなくなって喋りすぎてしまうのは。息を深く吐いて、出しすぎていた言葉を胸の中にしまい直す。


 「いや、分かるから気にしないで続けてほしい。もっと聞かせて」


 君ははたんぽぽのような柔らかな微笑みを浮かべて、僕の瞳を真っ直ぐに見る。


 心臓の奥が静かに鼓動して、綿毛が溢れ返る。止めていた言葉は溢れて、酸素を吸う暇もないまま、僕はひたすらに紡いだ。言葉が雪のように解けて、穏やかに君は頷きながら聞いてくれる。


 一通り喋り終わって、息を吸って呼吸を整えて君の透き通る瞳と僕の瞳は見つめ合う。


 「本当に好きなんだね」

 「僕の人生を変えたといっても過言じゃないよ」


 雛鳥に出会って、僕は文字の世界を知ったんだ。

 それまでは、文字が並んでいるだけの呪文書か何かだと思って見ることはなかった。


 だけど、読んで知った。僕が避けていたのは、想像力を掻き立てられる素晴らしい空想の世界だったということに。魅了されるのは、時間の問題で気付いたら目で文字を追う日々が始まっていた。


 必然的に僕は「小説家」という夢を抱くようになって自分が魅了されたように、自分も誰かを魅了したい。そう思うのは自然なことで、何も不思議なことじゃなかった。


 でも、誰かに語ることはしなかった。馬鹿にされてしまうのではないか、身の丈にあった夢を持ちなさい、とか心の無い言葉に襲われて傷つくことを恐れて言うことを辞めていた。


 でも、君だけは違っていた。


 「ならないの? 小説家」

 「なれるならなりたいけどね……」

 「いいじゃん、なってよ。私がファン一号になるよ」


 真正面から、夢を受け止めてファンになってくれると。なんだか気恥ずかしくて、素直になれず悩むそぶりをする。


 「君が? ん〜、ちょっとなあ」

 「なんでよ! いいでしょ、別に!」


 肩を強めに殴られてじんわりと痛みが走る。

 嬉しさを噛み殺して僕は「わかった、わかった。君が一号だよ」と肩をさすりながら言う。


 「信じられないなあ……」

 「本当なのに、じゃあ指切りげんまんでもしとく?」

 「名案だね」


 小指と小指を交わして、不確定な未来の約束をする。先が分からないことは怖いはずなのに、君との約束には恐れが無かった。安らぎのような心地良さが、血液を巡って二酸化炭素となる。

 穏やかな気持ちが夢を語ることを後押ししてくれて、抱えていたはずの「恐怖」の二文字は泡となって消えていく。

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