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第13話

 今日、二度目の君の家。僕はエントランスで待つと言ったけど、君がどうせなら家に来てよ、と言うからまた上がらせてもらうことになってしまう。


 君が鍵をさして元気よく「ただいまーっ!」と廊下に叫ぶと奥の方から君のお母さんが「凪! 薫くんと約束があるなら川に行かないの! それにそんなに濡れて!」と怒りながら出てくる。


 「まあまあ、落ち着いて」


 君が宥めるように声のトーンを落として言うけど、僕から見たら、どう考えても悪い方は明らかだった。


 後ろにいる僕に気付いた君のお母さんの声は和らいで「あら、薫くんも来てたの? 暑かったでしょ、お茶でも飲んでいって」ともてなしてくれる。


 「凪、あなたは直ぐにお風呂行ってきなさい」

 「じゃあ、えっとお邪魔します」


 この真夏日に二人乗りをしたことで、僕の体力はごっそりと失われていた。お茶を飲ませてもらえるのは正直有難くて言葉に甘えることにする。


 リビングはエアコンが効いていて、吹き出ていた汗がひんやりとする。お茶が置かれて、グイッと飲み干すとカラカラに干上がっていた喉が潤う。


 「ご馳走様です」

 「あ、そうだ。薫くん、スイカでも食べない?」

 「スイカですか?」

 「そうそう、うちの人が職場の人から沢山貰ってきてね。でも、食べきれないからどうかしら?」

 「そういうことならお願いします」

 「じゃあ、持ってくるから待っててね」


 運ばれてきたのはルビーのようにきらりと輝く美しいスイカだった。


 手を合わせて、スイカに大きくかぶりつく。ジュワっと広がる甘美。甘さの濁流が口の中を翻弄して、喉を通過し胃の中で暴れ回る。口がベトベトになっても、手がベトベトになっても、かぶりついて皮を少しだけ齧った時、僕はやっと食べるのをやめた。


 「美味しかったです」

 「良かった。それにしても、手がベトベトだね。お皿洗うところで洗ってきていいよ」

 「すいません、ありがとうございます」


 僕は立ち上がって水道で手を洗わせてもらう。タオルで手を拭いて、また机の前に座るとお風呂場から君の声が響く。


 「おかあーさーん! ちょっと来てー!」

 「あら、何かしら。薫くん、ちょっとごめんね」


 立ち上がってお風呂場に消えていく姿を見ながら、僕は一人リビングに取り残される。妙にソワソワとしちゃって、落ち着かない。時計の針が鮮明に聞こえて、何もしなくていいのに、何かをしなくちゃならない衝動が襲ってくる。静かな空気が流れて、窓から陽光が差し込む。


 「お待たせー!」


 静寂の空気を切り裂くように、君は勢いよく扉を開けた。声に僕は驚いて、君の姿を見てもう一度驚く。


 金魚の柄をあしらった紅色の浴衣。髪の毛を結び、唇は艶やかに紅く染っている。


 とても似合っていて、日本絵画から飛び出してきたようで僕は見惚れてしまった。


 「どう、似合っているかな?」


 君が一回転する。美しくて、なんて言葉にしたらいいのか分からなくて、喉の奥から言葉はなかなか出てきてくれない。


 ――僕の世界が君色に染っていく。


 「あ、うん。凄く似合っているよ」


 いつも見ているはずなのに、いつもの君じゃない。いや、君は君なのだけど。上手く整理出来なくて、頭がこんがらっていく。それほどに君は綺麗だった。


 「……本当? 良かった」


 君はへにゃりとして、僕の手には汗が握られていた。エアコンが効いていて涼しいはずなのに。


 「ねえ、薫くん。うちの人の甚兵衛でも着ていく?」

 「え?」


 君のお母さんから出てきた提案に僕は困惑を隠せなかった。今日の格好はこの日のために気合を入れてこしらえた物だが、確かに君の着物と甚兵衛は映えるかもしれない。


 しかし、これは父さんから貰ったもので、スイカまで頂いたのに、そこまでしてもらうのは流石に気が引けてしまう。


 僕がどうしようかと悩んでいると「一応持ってくるわね」と返事を待たずに君のお母さんはどこかへ行ってしまった。


 「ごめんね、お母さん押しが強いから」

 「……そうだね」


 君がそれを言うか。なんて言いかけたけど、グッと堪える。少しすると君のお母さんが紺色の甚兵衛を持ってくる。体に当ててみると、サイズはピッタリだった。


 「うん、サイズもいい感じだね。着ていく?」


 父さんには悪いけど、ここで好意を踏み躙るのも悪いので、僕は着ていくことにする。お風呂場でチャチャッと着替えさせてもらう。鏡に映る自分を見ると、そこに居たのは夏祭りに染った僕が居た。


 着替え終わった僕は着ていた服を手に持って、リビングに行く。


 「あら、ピッタリでいい感じね。着ていた服はまた今度取りに来たらいいね」と君のお母さんが言う。


 君は僕の方を見て、特に何かを言うことなく固まっていた。君のことだから何か言ってくると踏んでいたから、この反応は想定外で僕自身も少し戸惑ってしまう。


 「さっ、凪と薫くん、もういい時間だから行ってきたら?」

 「あ、うん。そうだね……早く行こ!」


 君のお母さんがそう言うと、固まっていた君は息を吹き返して強引に僕を引っ張る。


 「あの……! 甚兵衛ありがとうございます!」


 急に引っ張られった僕はよろけながらも、君のお母さんにお礼を言って、鞄を手に家を後にする。

次回最終話になります、ではまた。

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