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第10話

 悩みを打ち明けあった次の日、僕らの日常はまた変わらず続いていく。あの秘密の共有スペースは憩いの場という枠を超えて、もはや無くては困る存在と変貌していた。


「ねえ、君は小説家になるんだよね?」


 お弁当を食べていると君がそんなことを僕に聞いてきて、箸を止める。


 今まではなりたいけど、なる気はなかった。僕には不相応の夢だと決めつけて、壁を作っていたから。

 でも、最近知ったんだ。人が作った壁なら壊せるってことに。だから、僕は君に。


「うん、なるよ」と力強く決心を込めた声色で言う。


「かっこいいね」

「君はなりたい夢とかないの?」

「私? ん〜、学校の先生」

「どうして?」

「泣いている子の傍に居たいんだ」


 光を宿したビードロの瞳が、これまでの過去を払拭し踏み台にするかのように、強く、逞しく、夢を語る。


 泣いている子の傍に居たい。それは自分の痛みを誰かの痛みを癒すための力に変換して、絆創膏になるということ。君はきっと夢に向かって一直線に走るんだろうな。


「いいね。君に向いてると思う」

「本当?」

「嘘なんかついてないよ」


 疑心の目線を向けられるけど、僕は何一つとして嘘はついていない。君ならきっと、過去と未来を掴み取れるはずだから。


 そうやってカレンダーの日付は目まぐるしいスピードで過ぎていき、気付けば金曜日になっていた。


 今日頑張れば、土曜日が待っている。皆の心はどこか上の空で、日曜日に待っている祭りが感情を加速させ、思いを馳せる。

 教室でも祭りの話題は出て、誰と行くとか、誰に告白するとか、各々が計画を練っていた。


 言葉を耳に入れながら晴れた空を教室の空気から浮いて、外ばかりを眺めていた。喧騒が耳を貫いて、汗ばんだ背中が気持ち悪い。ぼーっと、時間だけが悪戯にすぎていく。


「ねっ、何そんなに外見てるの?」

「……びっくりした」


 横から突然声をかけられて僕はビクッと肩が跳ねて、透き通った甘い香りがした。


「別に何も見てないよ、ただ外見てるだけ」

「風流ってやつ?」

「別にそんなんじゃないよ」

「なーんだ、違うんだ」


 授業と授業の間にある十分だけの短い休み時間。遊ぶにはあまりに短くて、水筒でお茶を飲んで授業の準備をしたら後は、ボケっとするのが当たり前。


 でも、あの日から僕と君はその休み時間でさえも喋るようになっていたけど、外を眺める癖は中々やめれなかった。そうやって、教室での距離が近くなって今まで以上に関わるようになった僕ら。


 委員会では相変わらず君はお菓子を食べたり、頓珍漢なことはするけど咎めることもなく一緒に食べたりと、悪い影響も少しばかりはあったかもしれない。


 それでも、君からの影響は僕の世界の彩りと見えるものを増やしていった。


「ねえ、図書室ってさ本当に人来ないんだね」

「ん、そうだよ」


 君は机にうつ伏せながら、顔だけはこちらに向ける。

 君が図書委員になってからまあまあの日数が経ったが、それでも人が来たことは一度もなかった。ずっと、二人だけの空間が続き、君は信じられないといった様子で、僕に言う。


「私さ、本当は君が適当なこと言ってると思ってたんだよ」

「なんと失礼な」

「いやでも、図書室に人が来ません。なんて信じられる?」


 確かにその日会ったばっかりの男に「人がここには来ない」なんて言われてすんなりと信じれるか、と言われたら信じれないかもしれない。


 僕は一通り思考を済ませたあと、君に「ん、まあたしかに?」と返す。


「でしょ? でも、それが本当だったとはねえ」

「誰かに来てほしかった?」

「最初はね。でも、今はいいかなあ」

「どうして?」

「君と二人で喋れるから」


 酷く動揺して、顔を背けてしまった。


 真っ直ぐに、まじりっけなしの言葉は心臓に深く刺さって、頭を悩ませる。


 こんな時、気の利いた返事の一つでも言えたらいいのに。


「うん、そうだね」


 考えに考えて、捻り出せたのは絞りカスみたいなもので、情けなさが襲ってくるけど君は嬉しそうに笑っている。カーテンの隙間から光が床に模様を作って、生ぬるい風は火照る頬を冷ます。


 時間が過ぎて、別れの夕焼け。いつもこの時間に僕と君の最後は訪れる。カラスが鳴いて、山の向こうが朝焼けのように燃え上がって、背中を見送る。


 当たり前になったこの光景はいつもの繰り返しで、少しだけ空虚な心を産ませる。僕も家に帰ろうと、見えなくなった背中を思い出しながら、踵を返す。


 すると、風鈴の声が遠くの方から聞こえてくる。


「あー、ねえ!」


 振り返ると走って僕の元へと駆け寄っていている君がいた。


「どうしたの、そんな慌てて」

「いや、祭りの日どこで待ち合わせるか決めてなかったなと思って」


 息を絶え絶えにしながら、そのために戻ってきたのかと僕は納得する。でも、君があまりにも肩で息をしていたから近くの公園に寄ろうと提案をして、僕らは公園に行く。


「それでどこで待ち合わせにするー?」


 ブランコを漕ぎながら、君は聞く。僕は柵に座りながら見守る。


「ん〜、僕が君の家に行くよ。その方が確実だし」

「迎えに来てくれるの?」

「どうせ行くところは同じだから。十六時ぐらいに行くよ」

「じゃあ、家で待ってるね」


 キィっ、と鎖が軋む音がしてブランコを足で止めて、柵に座っている僕に近付いてくる。


「忘れないでね、約束」


 差し出された小指は、スポンジのように柔らかくてすぐに壊れてしまいそうな程で、そっと小指を絡ませる。

 栗色の髪が肩で揺れて、ニヤッと口角を上げて笑う。


「明日は会えないから、一日空いちゃうね」

「……だね」


 明日は君とは会えない。いや、今までもそうだった。

 なのに、どうにも言えない感情がずっとあって君の横顔を眺めてしまう。綺麗に通った鼻筋、淡麗なフェイスラインはいつ見ても人形のようで美しい。


 今更だけど、僕とは釣り合わないような。きっとこんなこと言ったら酷い剣幕で僕に「そんなことは言わない!」とでも言うのだろうな。


 そうやって、勝手に一人で頭の中で想像をしていたらクスリと声に出てしまって、不思議そうに君が僕の方を見る。


「なんでもないよ」

「変なの」


 僕らは会話をすることなく、横並びで夕焼けを眺めていた。沈黙すらも愛おしく、心地よくてずっとこのまま続いてくれたなら良いのに、と吐き出す空気にそっと乗せる。


 時を止めてこのまま、なんてことは無理だって分かっているけど空想を願わせてしまうほど、この時間が続いて欲しかった。


 でも、時間は強大な力で、僕みたいなちっぽけな人間がどうにか出来るほどのものじゃない。宵が近付き始めて、空が群青色になって薄らと見える月が太陽との交代を済ませようとしていた。


「じゃあね」

「うん、バイバイ」


 二度目の別れの挨拶、三度目はない。

 僕はゆっくりと歩いて、空気に浸る。


 ふと、空を見上げるとさっきまで薄かった月が存在感を示すようになり始めて、星が瞬き、夜が始まりだす。

ではまた。

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