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【完結】七人の訳あり王子と、八番目の薬草姫  作者: 木風


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第八話 第一王子の秘密②

全員の視線が一斉にベルへ集まる。

空気がぴんと張る。

問いそのものより、ベルがためらわずにそこへ踏み込んだことに驚いたのだと分かった。


「なぜだ」

「触診します」

「触るな」


レオンハルトの声は低い。

拒絶の形をしているが、怒りではない。

むしろ——困っている響き。

見せたくないのだ。痛みか、弱みか、それとも別の何かを。


ベルは一歩も引かなかった。


「触らないと分かりません。殿下の手は、震えの原因そのものです」

「決めつけるな」

「決めつけていません。確かめます」


言い切ると、ルーペルトが舌打ちした気配がした。

誰かが息を呑む。

執事長も口を挟みかけているのが分かった。

それでもベルは、目の前の手から視線を逸らさない。


沈黙が落ちる。


レオンハルトはわずかに顎を引き、指先に力を込める。

その仕草だけで、彼にとって手袋を外すことがどれほど無防備な行為か伝わってくる。

剣を抜くより、命令を下すより、ずっと生々しい種類の無防備さ。


「……ベル様」


執事長が低い声で言った。


「殿下の御身は——」

「守りたいなら、まず原因を特定してください」


ベルの声は冷たく聞こえたかもしれない。

けれど、それは感情ではなかった。

急がなければならない時の、必要な速度だった。


執事長が言葉を失う。

レオンハルトは少しだけ目を閉じた。

諦めたのか、腹を括ったのか、そのどちらとも取れない短い沈黙のあと、左手で右手袋の縁をつまむ。


そして、ゆっくりと引き抜いた。


外れた瞬間、ベルは息を呑んだ。


指先が乾いている。

節の周りに細かな赤み。

掌の中央には、薄い発疹。傷ではない。擦れでもない。

外から乱暴に傷んだ皮膚ではなく、内側から荒れている手。

しかも右手だけではない。左手より明らかに症状が強い。


そして匂いが、確かに強くなる。

革に染みた油。

その奥に、苦味と、かすかな金属臭。


——これは薬だ。

いや、違う。

薬として使える形をしていても、今この人の身体に起きていることだけ見れば、毒だ。


ベルはレオンハルトの手首に指を当て、脈を取った。

速い。浅い。

表面だけが急いでいて、芯が追いついていない脈。

皮膚は冷たいのに、指先だけが熱を持っている。


「いつからですか」


ベルが静かに尋ねると、レオンハルトの睫毛がわずかに揺れた。

答えない。

けれど、その沈黙は否定ではなかった。


答えないことが、答えだった。


「今日だけじゃないですね」

「……関係ない」

「関係あります」


ベルは淡々と言った。

責めるためではなく、逃がさないために。


「手が震える。署名ができない。剣が握れない。眠れない。判断が鈍る」

「それでも——」

「それでも、ではありません」


ベルはかぶせた。

部屋の空気がまた張るのが分かったが、止まらなかった。


「あなたが倒れたら、この一か月が終わります」

「…………」

「あなた一人の体調じゃない。王位継承も、遺言も、ここにいる全員の立場も巻き込むんです」


そこで初めて、レオンハルトの視線がまっすぐベルに返ってきた。

試すような目でも、叱るような目でもない。

言い逃れがきかない場所まで来てしまった人の目。


ベルはその視線を受け止めたまま、静かに言い添える。


「だから、関係あります。隠していいことじゃありません」


言葉が、部屋に落ちていく。

それは単なる病の説明ではない。

王の器とは何か、この一か月の中心にいるべき人間が倒れるとはどういうことか——その現実を、ベルは誰より容赦なく言葉にしていた。


フロリアンが息を呑む。

さっきまで場をつなごうとしていた軽さは、もうどこにもない。


「兄上……」

「黙れ」


レオンハルトが短く言った。

怒っているのではない。ただ、これ以上誰かの声で自分の均衡が崩れるのを止めたかったのだと分かる声。


ベルはもう一度、レオンハルトの指先を見た。

赤みの出方。乾き方。発疹の位置。

この反応は、皮膚から入ったものの症状。

口からではない。呼吸からでもない。

触れ続けることで、少しずつ身体の内側へ入り込んだものの痕。


「殿下。この手袋、毎日使っていますか」

「喪の装束だ。必要なら使う」

「誰が用意しました」

「……仕立て係と侍従」


答え方が短い。

けれど誤魔化してはいない。ベルはそこに、少しだけ視線を和らげた。


鞄を開け、小さな瓶を取り出す。透明な液体。

旅の途中で作った、簡易の中和剤。灰汁を薄め、酢を少量混ぜたもの。

刺激はあるが、皮膚に残った脂溶性の薬を落とすには使える。

森の家では、薬にも毒にも触れる。何かを扱う手を守る知恵は、母から先に叩き込まれていた。


「水を。温いので」

「すぐに」


侍女が慌てて水差しを運ぶ。

ベルは布を濡らし、液を数滴落とした。酸い匂いがかすかに立つ。

部屋にいる全員が、その小さな動作を見ていた。


「失礼します」


ひと声かけてから、ベルはレオンハルトの指先を一本ずつ拭った。

最初はそっと。様子を見るように。

次に少しだけ強く、掌の中央、指の付け根、爪の縁まで丁寧に。

拭うたびに、苦味を帯びた油の匂いが少しずつ薄れていく。


レオンハルトは動かなかった。

顔は硬いままだ。顎の筋だけがわずかに張っている。

痛みを堪えているのか、触れられること自体に耐えているのか、一見しただけでは分からない。

それでも逃げなかった。

まるで——この手当を、必死に受け入れようとしているみたいに。


「痛いですか」

「……平気だ」

「平気じゃない顔です」


ベルが言うと、ルーペルトがまた鼻で笑った。

だがその笑いも長くは続かない。

拭い終えた瞬間、レオンハルトの震えが、ほんの少し弱まったからだ。


完全ではない。

まだ指先には細かな揺れが残っている。

けれど、さっきとは違う。誰の目にも分かる程度には、はっきり変化があった。


フロリアンが低く呟く。


「……効いてる」

「中和と洗浄です。根本治療ではない。けれど、原因が『手』にあることは確定です」


その言葉に、部屋の空気がまた一段変わる。

不調をなだめる段階ではない。

原因を探る段階へ入ったのだと、全員が理解した。


ジークムントが静かに言った。


「毒か」

「毒に近い薬です。皮膚から吸収される。少しずつ神経に効くタイプ。急性じゃない。だから気づきにくい」

「致死性は?」

「量と期間次第です。すぐ死ぬ類ではない。でも、だから厄介です」


ベルは手袋を見たまま続けた。


「手が震える。眠りが浅くなる。集中が切れる。判断が鈍る。少しずつ進むから、疲労や心労だと思い込みやすい」

「…………」

「しかも今は秘喪です。寝不足も緊張も、全部もっともらしい言い訳になる」


レオンハルトの指が机の縁を強く押さえた。

怒りではない。飲み込む力だ。

吐き出したいものを、喉の奥で押しとどめている人の手。


「……誰にも言わなかった」


低い声。

ベルの耳にだけ落ちるほど小さかった。

けれどこの沈黙の中では、それでも十分に重い。


「言えば、弱みになる」

「弱みを隠すと、助けてもらえなくなります」


ベルの言葉に、レオンハルトの目がわずかに細くなった。

反発ではない。

理解した目だった。そして、その奥にほんのかすかな安堵が混じる。

一人で抱え込まなくていいと、今ようやく身体のどこかが理解し始めたような目だった。

ブックマーク、★★★★★、リアクション

よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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