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七人の訳あり王子と、八番目の薬草姫  作者: 木風


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第三話 七人の王子

扉が開かれた。


部屋は会議室のような造りだった。

長いオーク材のテーブルを中心に、革張りの椅子が並んでいる。

天井は高く、両側の壁には大きな窓があって、本来なら午後の光がもっと明るく差し込んでいたはずだった。

けれど窓には黒い喪の布がかけられており、光は薄い。

部屋全体がどこか沈んだ色調に染まり、磨かれた机の表面にまで、鈍い影が落ちていた。

王の死を悼んでいるのだと、説明されなくても分かった。


そして、そのテーブルの周りに座る七人の男性。

ベルが入った瞬間、全員の視線が集まった。


——七人。


思わず立ち止まりそうになるのを、ベルは必死でこらえた。

一人でも多いのに、七人。

しかも全員が王子だと、さっき聞いたばかりだ。


逃げたかった。


胸の奥がきゅっと縮む。足先が冷たくなる。

でも逃げるよりも、七つの視線の重さの方が勝った。

ここで背を向けたら、もう二度と真実に届かない。そんな気がした。

一歩、また一歩、ベルは足を前に出した。


「……誰だ」


最初に口を開いたのは、テーブルの上座——おそらく一番年上と思われる位置にいた男だった。

二十歳そこそこだろうか。

黒髪を後ろに流し、背筋をまっすぐに伸ばしている。座っているだけなのに姿勢に淀みがなく、まだ若いのに不思議な落ち着きを持っていた。

顔立ちは端整で、鋭い目が細くなる。

不審、というより、確認している目だった。感情より先に状況を見ている人の目だ。


「説明しろ」

「はい、レオンハルト殿下。こちらはベル様といいます。本日、王宮正門へ自らお越しになりました」

「なぜ通した。今日は外部の人間の入場を禁じているはずだ」

「それはそうなのですが、この方はこちらをお持ちでした」


執事長が、ベルの持つ封筒を示した。

テーブルの向こうで、複数の視線が一斉に封筒へ集中する。

その速さに、ベルはかえって息を呑んだ。全員、見覚えがあるのだ。


「それは」


別の声が上がった。

上座から少し離れた場所に座っていた、金色がかった茶髪の男だった。

細い目が封筒を捉えた瞬間、顔色が変わる。


「父上の封蝋だ」


かすかな声だったのに、部屋の空気を変えるには十分だった。


「はい。ガレウス三世陛下の封蝋です。内側に陛下の手で書かれたものが入っていると思われます。ただし、封は開けられていません。ベル様は一人でお越しになり、陛下から直接ではなく、お母上を通じてこれを受け取ったとのことです」


部屋の空気が、さっきまでとは別の意味で張りつめた。

七人の視線がベルに戻ってくる。

今度は単純な不審ではなかった。

警戒。好奇。疑念。驚き。計るような視線。

それぞれの色が混じり合い、まともに見返すのが難しい。

一番若そうな少年——十四、五歳くらいだろうか。栗色の巻き毛を持つ少年が、ぽかんと口を開けているのが視界の隅に映った。

その隣では、別の王子が肘掛けに指先を打ちつけるのを止めている。

誰もが、次の言葉を待っていた。


「封を開けろ」


黒髪の男——レオンハルトと呼ばれた人物——が静かに言った。

命令だったが、語気は荒くない。

むしろ抑えていた。荒げる必要がないのだ。この場では、彼の言葉だけで十分に重い。


「全員の前で」


ベルは頷いた。

封筒を持つ指先が、わずかにこわばる。

蜜蝋の封は思ったより固かった。でも指で押すと、パキッという小さな音とともに割れた。

その音が、妙に大きく響いた気がする。誰一人声を立てないせいだ。


封筒を開ける。

中には、折りたたまれた羊皮紙が一枚。


ベルはそれを広げた。


走り書きではなく、丁寧で、けれど迷いのない力強い筆跡だった。

インクは深い黒で、にじみもない。

まるで書いたばかりみたいに鮮明なのに、書かれた日付は——十七年前。


十七年。

ベルが生まれた年だ。


「……声に出して読んでもいいですか」

「構わない」


レオンハルトの短い返答に、ベルは小さく息を吸った。

喉を整える。羊皮紙を持つ手が震えないよう、意識して指先に力を込めた。

この場の全員が、自分の声を待っている。

そう思っただけで胸の奥が強く脈打った。


『この書簡を読む者へ。

わたしはヴァルディア王国国王ガレウス三世である。

この書を読む機会が生まれたということは、すなわちわたしが世を去ったということに他ならない。


ならば単刀直入に記す。この書簡の持ち主は、わたしの子である。

名をベルという。母親はアーデ、かつて西の魔女と呼ばれた女だ。

十七年前、わたしとアーデの間に生まれた子であり、この証明は彼女が生まれた際に立ち会った助産師および宮廷医師の証言書が別途保管されている。

ベルはわたしの血を引く正当な子女である。

以上を証明する。 ヴァルディア王国国王 ガレウス三世』


読み終えた瞬間、部屋が静まり返った。

さっきまで漂っていた疑念も、ざわめきの気配も、何もかもが切り取られたみたいに消えていた。

完全な沈黙だった。


ベルはおそるおそる顔を上げた。

七対の目が、一様に信じられないという表情でベルを見ていた。

いや、信じられないというより——確かめている目だった。

ベルの顔立ちを、目の色を、輪郭を、記憶の中の誰かと照らし合わせるような目だ。


「……目の色」


最初に動いたのは、赤みがかった茶色の髪をした男だった。

椅子を引く音も荒く席を立ち、ためらいなくベルに近づいてくる。

勢いのある足取りに、ベルは反射的に肩をこわばらせた。


「その灰がかった緑の目。父上と同じだ」


間近で覗き込まれ、ベルは一歩引いた。


「少し離れてもらえますか」

「確認してるだけだ」

「ルーペルト」


レオンハルトが静かに呼んだ。

それだけで、ぴんと空気が張る。

ルーペルトと呼ばれた男は露骨に舌打ちし、それでも逆らわず元の席へ戻った。


「——つまり」


テーブルの向こう側、今まで口を開かなかった青年が言った。

薄い銀色がかった金髪に、細面の顔。整っているのに、どこか冷たい印象を与える男だった。

その視線はベルではなく、まずレオンハルトへ向けられている。


「彼女は僕たちの妹、ということか」

「そういうことになる」


レオンハルトが答える。

低く、揺れのない声だった。だが平然としているようでいて、その目だけはさっきからずっとベルを見ていた。


「……遺言の準備を」

「はい」


執事長が深く頭を下げた。

その動きには迷いがなく、まるでこの展開すら覚悟していたようだった。


レオンハルトは改めてベルを見た。

まっすぐな視線だった。品定めではない。試すようでもない。

状況の中心に突然放り込まれたベルを、それでもきちんとここにいる一人として見ている目だった。


「ベル。座れ。今から父上の遺言を聞く。お前にも聞いてもらう必要がある」

「遺言……」

「ここへ呼ばれたのは、そのためだ。座れ」


命令口調だったが、不思議と嫌な感じはしなかった。

強いのに、突き放す響きではない。

ベルは空いた椅子を見つけ、そっと腰を下ろす。

テーブルの末端。七人の王子たちと向き合う位置だった。


逃げ場のない席だ、と一瞬だけ思う。

それでももう、目を逸らす気にはならなかった。


「金庫に入っていた遺言書がこれだ」


レオンハルトが持ってきた遺言書は、先ほどの書簡とは明らかに違っていた。

個人の胸の内を託した手紙ではなく、国そのものに向けて残された文書。

重い革の表紙には金の箔押しが施され、表には国璽が押されている。

見ただけで、それが冗談や思いつきでは済まされない代物だと分かった。


「代表して、俺が読む」


低い声でそう告げると、七人が頷いた。

反対する者はいない。予想していたことなのだろうし、この場で読む役目を担えるのが誰かも、最初から決まっていたのだろう。

ベルはそのやり取りを見て、少しだけ息を詰めた。

この部屋では、レオンハルトがただ年長なだけではないのだと分かる。


レオンハルトが文書を開く。

革と紙が擦れる、ごく小さな音だけがやけに大きく響いた。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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