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【完結】七人の訳あり王子と、八番目の薬草姫  作者: 木風


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第二十四話 第五王子の秘密①

書庫の空気は、薬草棚とは違う匂いがした。

乾いた紙。古い革。インクの残り香。

それから、王宮特有の『触れてはいけないもの』に近づいた時だけ、ふっと鼻の奥に触れる微かな鉄の匂い。


ベルがそこへ足を踏み入れたのは、頼まれたからではない。

ルーペルトの書類改竄騒ぎの余波で、書庫の出入りは絞られ、必要な文献を確認できる者も限られていた。

ベルが来たのは、あくまで薬草師として。

王宮庭園で育つ薬草の記録。土壌。栽培の時期。保管方法。

それを確かめたかっただけだった。


「ここ、空気が硬いね」


背後から、軽い声がした。


振り向くと、カシミールがいた。

薄い笑み。整った身なり。気取っているようで、力は抜けている。

けれど目の奥の光だけは、軽口で終わらせない種類のもの。

この人は、ふざけている時ほど本気だ。ベルは何となくそう感じる。


「……どうしてここに」

「偶然。と言いたいところだけど、嘘になる」


カシミールは肩をすくめ、書庫の奥へ視線を滑らせた。

棚と棚の間、閉じられた鍵付きの箱、手の届きにくい上段の記録。

まるで、ここにあるもの全部に薄く目を通しているみたいな視線。


「今、鍵が増えたでしょ。人が出入りするほど、情報が漏れる。だから絞る。絞ると、絞った先に『こぼしたくないもの』が残る」

「何を探してるの」

「何を探してると思う?」


ベルは嫌な予感がして、眉を寄せた。

答えを返さない問い。

こういう問いをする時の人間は、たいていもう自分の中で答えを持っている。


ベルはそれ以上追わず、手元の記録棚へ向き直った。

薬草の記録は東側の分類だ。棚の札を見て、指でなぞる。

乾いた木札。古い紙。背表紙の擦れ。

その背中に、カシミールの声が落ちてくる。


「ベルって、本名?」

「……急に何」

「急じゃないよ。ずっと思ってた」


ベルの指が止まった。

カシミールの歩く気配が近づく。

距離を詰めすぎないのが逆にいやらしい。

追い詰めるでもなく、逃がしもしない距離。


「森で暮らしてたんだろ?通称があってもおかしくない」


ベルは振り向かなかった。

本名、という言葉に胸がざわつくのを感じた。

『通称』なら、いくらでもある。

薬草師の娘。森の子。アーデの子……

村では他の呼び方をされたこともある。


でも、カシミールの言い方はそれじゃない。

ただの戸籍の名や、村での呼び名を聞いているわけじゃない。

もっと深いところへ、指先を差し込んでくる言い方。


ベルは棚から一冊の台帳を引き抜き、無理に話題をそらそうとした。


「私は薬草の記録を——」

「『真名』って聞いたことある?」

「……何それ」

「知らないふり、うまいね」


その言葉で、ベルの背筋がわずかに硬くなった。

カシミールは笑った。笑い声は軽いのに、視線は真剣だ。

試しているのではない。確かめている目。


「『真名』。魔女が持つ『もう一つの名前』。生涯で一人にしか渡さないやつ」


ベルはようやく振り返った。


「どこでそんな話を」

「本で。ここ。禁書ってほどじゃない。だけど、誰も読まない場所に置かれてる。読む必要がないからね。普通の人には」

「普通の人には?」

「関係ない知識だから。関係がある人だけが、たまにそこへ手を伸ばす」


カシミールは棚の札を指で叩いた。

ベルは喉が乾く。

彼が嘘をついていないことは分かる。

分かるけれど、どうしてこの人がそこへ手を伸ばしたのか、それが分からない。

分からないから、怖い。


「カシミール殿下」

「うん?」

「……何が目的?」

「目的は二つ」


カシミールは一拍置いて、少しだけ笑みを消し、そして指を二本、軽く立てる。


「一つ。恐らく全員が気が付いている。僕たち七人が、たぶん王の子じゃないってこと」

「……」

「二つ。君が『選んだ人』が王になるってこと」


ベルは声が出ない。

頭の中で、いくつもの言葉がぶつかって崩れる。


『七人が王の子じゃない』


でも、それを『たぶん』から『確信に近い形』へ押し上げるのは、まだ早いと思っていた。

早いし、危険だ。

危険すぎて、考えること自体を後回しにしていたところがあった。


「どうしてそんな結論に」

「文献がそう言う」

「文献が、そこまで言い切るの?」

「言い切ってはいない。でも、繋がる」


カシミールは、棚から薄い革表紙の本を抜き取った。

背表紙の文字は擦れて読みにくい。

長い間、誰にも必要とされなかった本の顔。

彼は躊躇いなく開き、該当頁を指で示した。


「魔女の『番』って概念。知ってる?」

「……知らない」

「魔女は生涯で一人。番にしか『真名』を渡さない。『真名』を受け取った側も、生涯その魔女としか子を成せない」

「そんな……」

「伝承かもしれない。誇張かもしれない。でも、王宮の記録と重ねると妙に噛み合う」


ベルは息を吸った。

紙の匂いが肺に入る。

古い知識が、現実の形を持って迫ってくる。

読んだだけなら荒唐無稽で済んだかもしれない。

でも、今の自分には済まない。

母のこと。王のこと。自分がここへ呼ばれた理由。

全部が、無関係ではいられない。


カシミールは淡々と続ける。


「父は僕の母含めて、七人の妃を持っていた。けど、妃たちは不思議と孕まなかった」

「……」

「父が君の母——西の魔女と呼ばれたアーデと出会って、『真名』を渡したなら、話は全部ひっくり返る」


ベルは本から目を離せなかった。

それは断定ではない。

でも、断定より悪い。

人の頭の中で勝手に繋がってしまう種類の言葉。


「その事実を隠すために、国と対立したことにして、西の魔女は行方をくらました」


カシミールの声は静かだった。

静かなのに、その一言は刃みたいに落ちた。


「代わりに『王子』が増えた。認知のない王子たちが、きれいに並ぶみたいに」


それは、噂としてなら聞いたことがある。

王妃たちが妊娠しなかった。代わりに、いつの間にか子が増えた。

けれど噂はいつだって、真実の輪郭をぼかしたまま流れる。

王宮では特にそうだ。体裁に都合の悪いことほど、誰かの善意や沈黙の中へ薄められていく。


「戦争孤児や遺児を引き取った、って話はあるよね」


カシミールが肩をすくめる。

軽い仕草だった。けれど、その軽さが逆にいやだった。

重い話を、軽く言えてしまう人の顔。


「それを王の子として育てた。王妃の安寧のために。王宮の体裁のために。——だから僕たちは『王子』だけど、『王の子』じゃない」

「……」

「少なくとも、そう考えると不自然なところが減る」


ベルは本を見つめた。

紙に書かれた文字は、冷たい。

誰かを慰めるための言葉ではない。人の事情も痛みも、紙は最初から知ったことじゃない。

けれどその冷たさは、妙に説得力があった。


「……それで、私が『選んだ人』が王になる、って?」

「ベルだけが王の血を引いてることになるからね」


ベルは絞り出すように言った。

カシミールは頁をめくる。指が迷わない。

拾い読みではない。ここへ来る前から、何度も同じ場所を往復した指だった。


「魔女の『真名』が絡む契約では、『選ばれた側』が鍵になる。西の魔女アーデが隠れた理由、分かる気がする」

「分かりたくない」

「でも、分かり始めてる顔してる」


ベルの胸に、母の声が蘇りかける。

でもまだ、形にならない。

温度だけが先にあって、言葉が追いつかない。

カシミールはベルの顔を覗き込むように言った。


「ねえ。ベルって本名?」

「……さっきも聞いた」

「大事だから」

「名前なんて、いくつもあるでしょ」

「呼び名じゃなくて、本当の方」


カシミールは笑った。


「君が『真名』を持ってるなら——君が誰にそれを渡すかで、全部が決まる」

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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