第三話
「皆、今日は僕が指示するよ」
明日、どういう風の吹き回しか、空がそんな風に、皆を纏めるように言った。
「うぜ…」「ふわりふわるるふわわ?」「絶望の味だな」
生憎、反応は芳しい物ではなかったけれど、空は笑顔を崩すことなく、受け入れていた。
「どうしたの、空くん。そう言うの好きじゃなさそうだったのに」
【魔法声年】黒羽根朱が、にやにやと笑みを浮かべながら、空を揶揄った。
「好きじゃないけどね。だけど、そろそろ、彼の不在時に指揮する人がいた方が良いと思ってね」
まあ、確かにそれはそうだと思う。不浄共鳴がいない時、僕たちはいつも、個々人が勝手に動いている。だから、いつも苦戦している。そんな時、誰かが音頭を取ってくれれば、それに越したことはない。
「…そんなに、上手く行くとは思えないけど」
僕は聞こえないように、小さく呟いて、空から落ちてくる宇宙人に向かって行った。
*
「さて、どこから行くか」
まずは出方を伺ってから、幸い、この場には後の先が可能なメンバーが揃っている。
「【消えろ】!」
だけど、現実はそんな風に上手くはいかない。こんなこと、初めて思った。
「ちょっと、僕の言うことを―」
「うるせえな!てめえの言うことを聞く道理はねえ!」
【魔法消年】の彼、飴喰廿楽が放ったその一言が、僕に突き刺さる。それが、僕に対する、率直な評価。二条院という姓を隠し、空と言う名での実績を隠し、この世界では彼らと然して差がない僕に対する、実に明快な評価。不浄共鳴との、明確な差。
「るぅ、らぁ!」
僕と廿楽の口論の間に、【魔法翔年】遠宮てとらが空に浮いて、そのまま超速度で落下して、宇宙人にかかと落としを叩きこんだ。
「すぅー、【おおおおおおおおお】!」
生じた隙に、黒羽根朱が大きな声を上げた。彼の魔法は、声を兵器にする能力。声の大きさに比例して、声の威力は増していく。
「空!」
「…了解」
今日は失敗だ。しょうがない、割り切ろう。さっさと終わらせて、明日頑張る。あげはが向かって行くのに合わせて、僕は魔法を発動した。
僕に残った魔法は、恐らく、対象の五感を妨害する物。実際のところ、あの宇宙人たちに互換なんてものがあるのかは分からないけれど、少なくとも、これを食らった宇宙人たちは皆、困惑して動きが短絡的で、粗末なものになる。
「はぁっ!」
だから、止めの一撃はすぐに済んだ。容易く宇宙人に触れたあげはの一撃で、宇宙人はあっけなく消え去った。
*
明日が来た。ジリリリとなる前に目覚まし時計を止めて、僕はひっそりと起き上がった。
息苦しい、息を潜めて支度をしながら、僕は何度思ったかも分からないその言葉を、また思っていた。
朝食を食べるためにリビングに向かって、僕はそれが間違いだったとすぐに気づいた。
「おはよう」
ひゅ、と喉の奥で音が鳴った気がした。父が、そこにいたから。
目の片隅に映る、山積みになったゴミや古雑誌の山。それらはすぐにぐるぐると回る僕の眩暈に侵食されて見えなくなって、中央に居座る、一番見たくない物だけに焦点が当たって呼吸はどんどん浅くなっていく。
「…おは、よう」
必死に吐き出した言葉は、上ずっていて、滑稽な程だったけど、幸い、そのおかしさには触れられずに、父は食べ終えたのだろう、空になった冷凍パスタをゴミ袋に入れて、そのまま、僕の目の前に座った。
「何だ、それだけで足りるのか?」
誰のせいだと思ってる。言いたくても言えない言葉を飲み込みながら、僕は曖昧な愛想笑いを浮かべて、パンに噛みついた。
「…何だ、その目は」
そんな努力も虚しく、僕の目は不満を隠しきれていなかったらしい。もしくは、父の被害妄想か、とにかく、父は唐突に怒りの矛先を僕に向けた。
父が拳をテーブルに叩きつけて、僕はぞわっとして、足が浮いて、テーブルに当たって、その勢いで皿が落ちて割れた。
「何度も言ってるだろ、全部あの女が悪いんだよ、あの女が全部悪いんだ」
父は、今のようになる前から、母と別れる前から、そう言って、母をなじっていた。父だけじゃない、祖父も、祖母も、それから叔母も、皆が皆、総出で母を苛めていた。
悲しいことに、僕は、その苛めが、必ずしも父側だけが悪いとは思えなかった。今に至っても尚。そうされるだけのことを母はしてきたし、最後には他に男を見つけて、僕を置いて出て行ったあの人のことを、僕はどうしても哀れには思えなかった。
「なんだよ、もう、あいつのせいだ、全部」
むしろ、父の方が、今では哀れだった。母が出て行って、分かりやすく、父は荒れた。あれだけ苛めていた癖に、嫌、だからこそ、か。依存していたのは父の方で、母を苛めることで自尊心を保っていた父は酒浸りになって、何も出来なくなって、仕事も辞めた。悪いことは続くもので、祖母と祖父は亡くなり、叔母とも疎遠になった。
泣き出して、僕のことなんて見えなくなった父を置いて、僕は家を出た。
泣きたいのはこっちだよ。ずっと、ずっと、誰も僕たちのことなんて見てくれない癖に、自分を見ろと叫ぶ親の姿を見せられて。僕たちをずっと嘲笑っていたあいつに育児放棄をされたのも頭に来る。ずっとずっと、全部に僕は泣きたいのに。
「臭」
泣くことも許されない毎日だ。行きたくもない学校で、息絶えそうな教室の中、意気砕く一言をぽつりと呟かれて、僕は心閉ざす。
居場所がない、行き場所もない。迷路のような、出口のない袋小路の中で、僕は一言、心の中だけで呟く。
明日なんて、来なければ良いのに。
*
「…そ、それが僕らの共通点だ」
小さな、小さな一室で呟く僕=不浄共鳴が住む独房。独房とは名ばかりで行き来は自由、されど出ることも入ることもない試験管の中、与えられたPCとモニターの前で座り、接続した情報を咀嚼。飲み込む毎日。
所詮、二条院空には分からない。自らの才に恵まれ、出会う人に恵まれ、環境にも恵まれたあの男には。明日が来なければ良いなどと言う、敗者の戯言が、分かるはずもない。
【ボス、準備出来ましたよ】
モニターに映ったメッセージ、叩くエンターキー、鳴る爆音。息を潜めて待つ、戸を叩く音、どうぞ、発する僕、鍵が開く。
「どうも、初めまして、ですね。ボス」
「…あ、ああ、助かった、エ、エルメウス」
「声変わりもまだだったんすね。うわ、軽。ちゃんと飯食ってます?」
細い女性=エルメウスに抱きかかえられながら、僕はNOをジェスチャーで伝える。車に乗せられて、僕は彼女から渡されたスマートフォンに、脳から飛び出る線を繋げた。
「てか、人体実験ってマジであるんすね。ウケる」
「じ、自分事だから笑えない」
二条院空だけじゃない。僕にも、彼らの気持ちは分からない。僕は一度も、絶望などしたことはないから。持っていないなら、この手で切り拓くだけだ。それだけの力は、持っているのだから。
そして、力を持っている僕は、成し遂げなくてはならない。自らの身で道を切り開けない、普通の人間たちに、手を差し伸べなくてはならない。
全ての人間が救われる未来を、作らなくては。
*
「く、く、あははははは!」
実に大層なおためごかしだな、不浄共鳴。全員が救われる世界?自分が救われたかっただけだろうが。
研究所に囚われていたあんたは、一人じゃ何もできない木偶の坊の癖に、嫌、だからこそ、他者を救うって言う、クソみたいな理想論振りかざして、自分を慰めてるだけなんだよ。なんで知ってるかって?そんなの―
「見てんじゃねえよ」
カメラを蹴飛ばして、踏みつけて、粉々に砕いた。はっ、九窓監視局め、良くもまあ俺なんかを見つけられたもんだ。でもまあ、残念だけど遅かったなぁ。もう、不浄共鳴の【接続】は貰ってる。
「そろそろ、次の狩場を探すとするか」
【魔法声年】改め、【魔法肖年】黒羽根朱。最早、魔法少年たちの能力は全てコピーした。
明日が楽しみだよ、全部ぶっ壊してやるのが。




