第一話
「そっちいったよ!」
「空、カバーお願い!」
真夜中、僕たちは自分の身体から離れた夢の中で、笑えるくらいに可愛い衣装に身を包んで、怪物と戦っていた。ある者はアニメみたいに魔法のステッキを使って、ある者は声を自由自在に操って、そして、僕は拳を振るって、怪物を倒していった。
「了解、任せて」
僕らは、魔法少年だ。空から、宇宙から落ちてくる敵と戦うために集められた、十人の魔法少年。
魔法掌年であり、魔法声年であり、魔法消年であり、魔法翔年であり、魔法晶年であり、魔法焦年であり、魔法衝年であり、魔法詳年であり、魔法傷年であり、魔法症年。僕らはそれぞれが、それぞれに適した固有の能力を持っている。
「動きは止めた、とどめお願い」
「よし、来た!」
魔法症年、空の指示を受けて、僕こと、【魔法掌年】大曲あげはは、手のひらを開いて、指を縮ませて、宇宙から落ちてきた怪物目掛けて、掌底を当てた。
*
「お疲れぃ」
宇宙人狩りが終わると、そう言って、【魔法声年】黒羽根朱はすぐにこの場を去って。
「…」
【魔法焦年】霧刻灼火は無言で消えていった。
「お疲れ様、あげは」
「うん、お疲れ」
いつも通り、【魔法症年】空と僕だけが最後まで残って、何となく雑談した。
今回は四人だったけど、そもそも基本的に僕らは、最低でも複数人で戦っている。
サポート専門の、魔法消年、魔法詳年。決定打がない、魔法傷年、魔法症年、魔法声年。僕ら、荒事専門の魔法少年だって、相性次第じゃ手も足も出ないことも少なくない。だから、僕らは互いに助け合って、何とか宇宙人たちを撃退していっている。
だけど、言ってしまえばそれだけ。そもそも知り合いですらなかった十人なんだ。別に仲良しじゃないし、そもそもまともに会話できる奴は片手で数えられるくらいだし、共通項は選ばれてという一点だけ。互いのことは殆ど何も知らないと言ってもいい。
この鳥かごに囚われた僕たちは、魔法少年に選ばれた理由も、何も知らない。
*
ジリリリリリリリリリ、ポン、止まる目覚まし時計。目覚める僕、起き上がって、食パンを一枚だけ食べて、学校に行く、朝の始まり。
「いってきまーす」
靴のかかとを踏んだ足を入れながら、誰に言うでもなく言って、僕は家を出た。
今日もまた、あの夢を見た。魔法少年、あれが夢なのか現実なのか、正直良く分かってないけれど。まあ、面白い夢だと、僕は思っている。
あの夢を最初に見たのは、一週間前、くらいだったと思う。君たちは選ばれたのだ、世界の為に戦いなさい、なんて大仰な命令も無く、魔法少年になってよ、なんてマスコットの勧誘もなく、ただ紙切れ一枚だけ置いてあって、それで僕たちの置かれてる状況が分かって、仕方なく戦っている。仕方なく、とは言ったけど、漫画とかアニメみたいなバトルが出来るのは正直楽しい。だけど。
「次は、四角、四角です」
電車から降りながら、僕はまた、あの夢のことについて考える。もし、あれが実際に起きていることだったら、正直怖い。命を賭けて戦うなんて、無給じゃなくても割に合わない。何のために僕らが選ばれたのかは知らないけど、僕たちに託すくらい、世界って案外ちっぽけなのかな、なんて思ってしまうよ。
*
「…よぉ」
また、真夜中。今日は、六人。呼ばれる魔法少年の人数はいつもまばらだ。なのに僕は毎日呼ばれてる、ってことはつまり、皆呼ばれてるってことだよね。別の所で戦ってるだけで。
「灼火くん、よろしく」
「…あぁ」
灼火くんは言葉数は少ないけれど、魔法少年の中ではかなり協調性のある方で、挨拶くらいは普通にしてくれる。実力も高いし、彼がいると安心できる。問題は残りの五人なだけで。
「何見てんだ、てめえ!」
【魔法衝年】狭間撃鉄。ずっとオラついてる。出会った最初の日からずっと、何かに怒っている。相手にしていられない。
「感じるな…星の涙が」
【魔法傷年】澪標水果。彼は平たく言えば中二病。自分でもきっと何を言っているか分からないから僕に分かるはずがない。
「…」
【魔法晶年】定鋼。彼は灼火くんから更に輪をかけた無口だ。というか、口を開いたところを見たことがない。名前を知っているのは、最初の紙に書いてあったから。
「きょ、今日の敵は、も、問題ない。いつも通りだ。俺の仮説ではま、まだ、安全圏だ。あ、あの御曹司が出るのは、ま、まだ先でいい」
【魔法詳年】不浄共鳴。恐らく、彼は僕とコミュニケーションを取ろうとしているんだとは思う。だけど、僕は彼の言葉を殆ど理解できない。彼の頭の中ではきっと成立しているはずの会話は、僕には通用しない。誰とも繋がらない。
「…来たか」
共鳴がそう、小さく呟いた瞬間、空の上から何かが落ちてきた。遥かに大きな、蠢く何か。
【オ、オオオオオオオオオオオオン】
見上げる程に大きい、巨大な軟体生物はそんな、言葉にならない叫びを上げながら、僕たちを威嚇する。思わず後退ってしまうほどの咆哮を受けても一人、冷静な共鳴はそれの解析に移っていた。
「こ、個体名、【テイターン】。遥かな巨体から繰り出す殴打はそれ自体が壊滅的な矛。遥かな巨体はそれ自体が難攻不落の盾。し、しかし、矛は鋼が、盾は水果で突破可能。止めは、灼火、撃鉄、あげはで、い、行け」
「…!」「傷をつけてあげよう、生誕の如く」
共鳴の指示と同時に、二人が走った。彼の指示は、常に正しいと、二人は知っていたから。そして、僕たちもその場で攻撃のチャンスを窺う。彼の指示が正しいことを、無論、僕たちも知っているから。
【オ、オオオオオオオ】
「…!!!」
振り下ろされる、触手の一撃。その一撃を、難なく鋼は受け止めた。これが、誰が何をしようとも砕けない、鋼鉄の身体になる、定鋼。故に、【晶】。
「舐めあえない傷をどうぞ」
そして、その隙に水果が触手に触れて、そこから血が雨のように噴き出した。これが、何にでも、触れた場所に傷をつける、澪標水果。故に、【傷】。
「おら、死ね!」
痛みに喘ぐテイターン、僕らは一斉に攻撃に向かった。
一番乗りは撃鉄、彼が手を振るうと、その先に空気の振動が見えて、血だらけの触手に届いて、触手が弾け飛んだ。これが手を振るうだけで、途轍もない衝撃を生む、狭間撃鉄。故に、【衝】。
「喰らえ」
更に、テイターンに攻撃が襲う。灼熱の炎が、巨体を覆いつくす程に大きな炎が、彼の全身を包み、全ての触手の動きが目に見えて落ち込んだ。これが、炎を生み出し操る、霧刻灼火。故に、【焦】。
「止め、行くよ」
そして、最後に到着した僕は、腰を落として、テイターンの足元に掌底を放った。これが、僕。手のひらを当てた相手に、途轍もない威力を与える、大曲あげは。故に、【掌】。
【オ、オ、オ、オオオオオオオオオオオオオオン】
僕が手のひらを当てると、テイターンは悶えるように蠢いていた。今頃きっと、あの怪物の内部は途轍もないダメージを負っているはず。
すると、テイターンは最期に小さく痙攣して、倒れ込んだ。全身から血を流して。
「お、終わりだ。ぜ、絶命した」
共鳴がそう言って、ようやく僕らはそれが死んだことを理解して、一息ついて、皆すぐにその場から消えていった。いつも通りとは言え、少し寂しくもある。折角、仲間なんだから、少しは喋ればいいのに。打ち解ければいいのに。
「す、す、少し、いいか」
「いいよ、何?」
僕も帰ろうかと思っていたけど、珍しく、そんな風に共鳴が話しかけてきた。
「き、君は、い、今のままで、大丈夫、なのか」
僕は、目を丸くして、それで、ぞっとして、理解した。そうだった、彼は魔法詳年だった。敵のことを何でも知れるってことは、つまり、味方のことだって。故に、【詳】、なんだ。
僕は言葉に窮して、唾を飲み込んで、視線があっちこっちに向かって、息を呑んで、ようやく答えることが出来た。
「―大丈夫、気にしないで良いよ」
そんな、嘘っぱちの言葉を。大丈夫なわけ、ない癖に。
*
深夜、魔法少年たちの戦いが終わった頃、誰かの部屋で電話が鳴った。
『も、もしもし。少し、いいか』
発信者は、不浄共鳴だった。電話を受け取った少年は、その通話相手に驚きつつ、慎重に尋ねた。
「…どうやってこの番号を?」
『お、覚えがあるだろう。お、俺は、元より異能者だ。接続、俺は、こ、この世の全ての情報にアクセスできる』
隠すでもなく、不浄共鳴は彼に自らの素性を打ち明かす。受信者は、驚くでもなく、自身の迂闊さを後悔して、唇を噛み締めた。
異能者なる存在は、受信者にとって、既知の存在だった。そも、魔法少年たちの扱う魔法という物は、実際のところ、その異能に近い。魔法詳年と言う名を持つ者が、その手の力を扱えるということは、彼にとって想像できるものだったのだ。
『だ、だから、一つ、お、お前に言ってやりたいことがある』
だからこそ、受信者は覚悟する。こちらの素性は割れている、相手の要求は飲まざるを得ない。焦りを必死で隠しながら、彼は続きの言葉を待った。
『いつまでも、傍観者ぶるな』
初め、彼は何を言われたのか、共鳴が何を言ったのか、理解できなかった。窘めるような口調で言ったその言葉の意味に気付いたのは、その続きを口にされてからだった。
『いじめ、虐待、ネグレクト、孤児、障害。そ、そんな奴らが集められて、纏まるわけがない。だ、誰かが音頭を、と、取るしかない』
これは事実、叱責だった。受信者は突き付けられた自らの責に耐えきれず、唇を噛み締めた。そんなつもりはなかった、と弁明の言葉を飲み込んで。
『お、お前は責任を持って、魔法少年たちを纏めろ。ま、魔法少年プログラムなんて物を生み出して、あいつらを集結させた、お前自身がな』
『【魔法症年】、嫌、二条院財閥次男、二条院空よ』
受信者、二条院空は受話器を強く握って、行き場のない苛立ちを抑えつけた。
5話くらいで終わると思います。よろしくお願いします。




